(MONEY MONSTER /2016年)
ジョディ・フォスター(53歳)がメガホンを取った「金融たてこもりサスペンス」。彼女は 『タクシードライバー』(1976年)の12歳の娼婦役でブレイク。1988年度 主演女優賞 『告発の行方』(1988年)と『羊たちの沈黙』(1991年)と2回もアカデミー主演女優賞を受賞している。監督としても『リトルマン・テイト』(1991年)、『それでも、愛してる』(2011年)で、監督としても高い評価を得ている。
俳優も『ER緊急救命室』や『オーシャンズ11』などのジョージ・クルーニー(55歳)と『プリティウーマン』や『エリン・ブロコビッチ』などのジュリア・ロバーツ(48歳)とガッチリ固めている。いい味を出している。
リー・ゲイツ(ジョージ・クルーニー)が司会を務め、その巧みな話術で株価予想を行う高視聴率の株式財テク番組「マネーモンスター」がその舞台。プロデューサーのパティ(ジュリア・ロバーツ)の指示を無視して、アドリブでリーが生放送でガンガンやる中、拳銃を手に男カイルが生放送中のスタジオに乱入してくる。彼は、リーが言った番組の株式情報を信じて投資をして全てを失ったとして、リーを人質にして番組をジャックする。さらに生放送中に自分を無一文にした株取引の裏の仕組みを教えろと迫る・・・。
このカイルもかわいそうな男で、電話で悪妻からひどく人格否定される場面では、人質も(見ている方も)共感が湧いてくる。この辺は『狼たちの午後』(1975年)にダブる。
さて、筆者は"金融"も専門で、若い頃はニューヨークのウォールストリートの米銀にも出向し、現在でもニューヨーク証券取引所やFRBニューヨーク(映画でも出てくる肌色の砂岩のビル)にも毎年訪問して意見交換している。ちなみにこのテレビ局が、まさにJPモルガン・チェース銀行の本店である。住所もOne Chase Plazaである。
この『マネーモンスター』の金融面はよくできている。その仕組みをネタバレにならない程度に"講義"のように解説しよう。まず大事な用語として:「HFT(High Frequency Trading:高頻度取引)」と「ダークプール(Dark Pool)」の2つがある。(このうちダークプールは、残念ながら日本語の字幕には出てこないが)
まず「HFT」であるが、システムによって数十マイクロ秒(1マイクロ=100万分の1秒)で取引を大量に繰り返す取引手法である。1テック(1セント)の幅で売買を繰り返し、安全に収益を上げる仕組みである。米国では取引所取引の約7割を占めている。ニューヨーク証券取引所も取り締まる予定はないが、個人の顧客は同じトレードができないこともあり、いぶかしく怪しんでいる。
この映画のベースになったのは、2010年5月に米株式市場で起きた「フラッシュクラッシュ(瞬間的な暴落)」であろう。ニューヨークダウがわずか数分間で1000ドル近く下落。HFTの悪影響が取りざたされた。14年3月には『フラッシュ・ボーイズ』という書籍も出版された。また「ダークプール」とは取引所外取引のことで、誰が売買しているかなど、その名の通り、手の内が見えない。全取引の約4割も占めている。
このように証券の取引は、取引所とダークプールと2つあるが、今回は、"人的(Finger Print)に"取引所におけるHFTのシステムを止め、その時に、取引所外のダークプールで売ったものであろう。8億ドルは大金(=約900億円)であるが、取引量も少ない(薄い)のであっという間に落ちる。例えバグであっても、止まっただけでは、市場は落ちない。おそらくはこのような仕組みである。
ちなみに、キャスターが「銀行預金より安全」といったことも問題。これは日本では断定的判断の提供に近いもので、「金融商品取引法」等に違反となる。本質的なところをいえば投資というものは自己責任で行うことが原則である。もちろんこのような市場操作は許されないが。しかし、株式財テク番組におけるこの断定的ないい方など、日本でも発生しないとは言い切れない。
実際に金融の仕事をした方でないと分かりにくいであろうが、実務としての金融業務は、"犯罪"の対応が必須なのである。金融周りでは、様々な分野で悪い人がいるので注意が必要なのである。身近な例でいえば(許しがたいことであるが)、現在(平成27年)でも振り込め詐欺は約400億円も発生し、なんと約14%も増加している。
そのために、現在、金融機関でコストが急激に増大しているのがコンプライアンス(法令遵守)業務である。マネーロンダリング(資金洗浄)もそうであり、たとえば新しい金融:フィンテック(FinTech)のビットコイン(Bitcoin)もマークされている。過激派組織「イスラム国」(IS=Isramic State)はビットコインでテロ資金を蓄えているとの情報も報道もされているからである。既存の銀行ネットワークを介さないビットコイン(仮想通貨)は当局の監視の目が届きにくい。G7伊勢志摩サミットでも議論され、日本の法律も改正された。
本作については、このように金融周りもしっかりしているが、それよりも"ストーリー"が良くできている。いうなれば、先が読めないストーリー展開を、金融周りの話で盛り立てる様な"相乗的な造り"になっていて、面白さが倍増している。
また、いうまでもないが、金融機関で働いている方、金融市場で投資をしている方、そして、最新の金融の勉強をしたい方は必見である。
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