『007スペクター』―ピンチに負けない強い心が日本の経済・企業・個人を救う/宿輪純一のシネマ経済学(89)

今回もダニエル・クレイグが4度目のジェームズ・ボンドを演じたが、今まで以上に厳しい状況に追い込まれ、見ている方がハラハラする。

( SPECTRE / 2015)

世界で最も有名なスパイ"007"の最新作。映画化第1作『007 ドクター・ノオ』から24作目。『007 ドクター・ノオ』が1962年で、筆者が1963年生まれなので、筆者の人生とダブっていて思い入れも大きい。もちろん、筆者は全作見ており、007の大ファンである。

本作は、個人的には「シリーズ最高傑作」と確信している。実際、英国や欧州で前作どころか、映画史上最高記録を出すなど大ヒットでホットスタートしている。

007シリーズは映画評論家として長年書いてきた。このスパイ・シリーズがこのように長く続く理由は、まず、それぞれの作品のテーマをその時代の「政治・経済の状況」と合わせていること。また、続けてみるとよく分かるが、「女性の社会進出」とも合致していること(いつの間にか上司が女性にもなったし)などなどいくつも事由がある。

さて、今回もダニエル・クレイグが4度目のジェームズ・ボンドを演じたが、今まで以上に厳しい状況に追い込まれ、見ている方がハラハラする。前作同様、監督はサム・メンデスで、ボンドガール(ウーマン)はイタリアとフランスを代表する美女、現在、51歳のモニカ・ベルッチと、30歳のレア・セドゥ。

ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)に、少年時代を過ごした"スカイフォール(Skyfall)"で焼け残った写真が届く。ボンドはM(レイフ・ファインズ)が止めるのも聞かず、その写真の謎を解き明かすため、個人的にメキシコとローマを訪問。死んだ犯罪者の妻ルチア(モニカ・ベルッチ)と巡り合ったボンドは、お約束であるが、彼女と仲良くなり、悪の組織スペクターの存在を確信する。

一方、ロンドンでは国家安全保障局の新しいトップがボンドの行動に疑問を抱き、Mが率いるMI6の存在意義を問い始め、組織を潰そうとする。ボンドは、秘かなるQの協力もあり、スペクター解明の手がかりとなるボンドの旧敵、Mr. ホワイト の娘マドレーヌ・スワン (レア・セドゥ) を探し当てる。彼女と行動を共にして、核心に迫っていき、また、お約束であるが、その行程で彼女とも仲良くなっていくが・・・・。

悪の秘密結社「スペクター(SPECTRE)」は、そもそもの単語の意味は悪魔とか幽霊といったものである。作中のSPECTREは、実はSpecial Executive for Counter-intelligence, Terrorism, Revenge and Extortion(長い)の略である。日本語に訳すと対敵情報、テロ、復讐、強要のための特別機関である。また、スペクターのマークは"タコ"である。筆者がロンドンに勤務しているときに英国人は「タコは悪魔の化身」といっているのを聞いたことがあり、その辺の意味ではないか、と考えている。確かに英国人がタコを食べるのを見たことがない。

個人的には、車も好きなので、本作ではアストンマーチンDB10とジャガーC‐X75が登場するのも嬉しい。(ちなみに、DB10は この映画用に10台生産しただけで、一般に買うことはできない)この2台のデザインは最高であるが、本作のために閉鎖されたローマの街を疾走するのは、さらに堪らない。ちなみにアストンマーチンはフォード傘下からクウェートなどの投資家グループに売却された。ジャガーもまたフォード傘下であったが、現在はインド・タタ・モーターズの傘下となった。

007 ジェームズ・ボンドを見ていて、本当に心を動かされる、そして惹きつけられるのは、素敵なボンドガールやボンドカー、そして、秘密の小道具でも、シェイプアップされた身体や素敵な着こなしでもない、そのハラハラ・ドキドキのピンチを必死になって切り抜ける、その"強い心"ではないかと考えている。どんなときにも諦めない、ギリギリのところで、最後の最後まで頑張る姿ではないか。

その彼の強い心は、実はピンチの連続の生活を送る我々の励みなるのではないか。筆者は、経済学や企業戦略論の講義で「経済(国)も企業も個人も基本的な考え方は一緒だ」と教えている。そして、このジェームズ・ボンドのような、不利な状況でも脅威に立ち向かう強い心こそ、経済や企業や個人を救うのではないかと考えている。それはある意味、効率性や可能性や、前例などを超えた強い心である。物事を成し遂げるにはそれが必要なのである。彼は辛いからといって、さまざまな改革を決して先延ばしにしたりはしないだろう。

ダニエル・クレイグが、もしかしたら最後の007になるかもしれない、という噂があるのが、少し残念である。彼の前にボンドを演じたピアース・ブロスナンも4作で降りた。

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