ツール・ド・フランス2014 第15ステージ レースレポート「200km以上逃げて最後で駆け引きに溺れたジャック・バウアー」

休養日の前の、移動ステージだった。スタート直後にマルティン・エルミガーが飛び出し、ジャック・バウアーが共鳴すると、プロトンは遠ざかっていく背中を温かく見送った。アルプスを抜け出して、風光明媚な南仏プロヴァンスを駆け抜けながら、「最初の100kmはのんびり」(新城幸也、ゴール後インタビューより)した雰囲気が漂った。主導権はスプリンターチームが握った。最大8分50秒のタイム差を与えたが、久しぶりのピュアスプリンター向け大集団ゴールへ向けて、きっちりコントロールを請け負った。

逃げが報われず、チームメートに抱えられるバウアー

休養日の前の、移動ステージだった。スタート直後にマルティン・エルミガーが飛び出し、ジャック・バウアーが共鳴すると、プロトンは遠ざかっていく背中を温かく見送った。アルプスを抜け出して、風光明媚な南仏プロヴァンスを駆け抜けながら、「最初の100kmはのんびり」(新城幸也、ゴール後インタビューより)した雰囲気が漂った。

主導権はスプリンターチームが握った。最大8分50秒のタイム差を与えたが、久しぶりのピュアスプリンター向け大集団ゴールへ向けて、きっちりコントロールを請け負った。アスタナ軍団は一歩引いたところで、マイヨ・ジョーヌのヴィンチェンツォ・ニーバリを静かに護衛した。

しかし、平和な時間を満喫する選手たちの前に、大自然の脅威が襲い掛かる。たしかに曇ってはいたけれど、2、3日前ほどは暑くもなく、第1週目の週末のように寒くもなかったはずだ。ところが道が南フランスの、平地に差し掛かると……、猛烈な強風が吹いてきた!

この地方はそもそも、山から海へと吹き降ろす「ミストラル」で有名な土地だ。しかも、この日はフランス気象台が、各地に強風警報を出していた。選手たちがせっせと走っているちょうど同じ頃、コースの北側ほんの50km程度の町で、突風で大木が根こそぎ倒されたほど。そして、もちろん、風、と言えば北クラシック巧者を揃えるオメガファルマ・クイックステップが動かないわけがない。残り70km地点。集団前方で突如、激しいダッシュに打って出た。プロトン内には恐ろしいほどの緊張感が走った。

「あの時、横風が吹き付けていた。数チームの選手全員が次々とプロトン前方へと競りあがっていくのが見えて、罠にはまってはならない、と気を引き締めた。風が吹いたら、絶対に前にいなきゃダメだからね」(ヴィンチェンツォ・ニーバリ、ゴール後テレビインタビューより)

2007年ツールで驚くべき分断を成功させた風巧者アレクサンドロ・ヴィノクロフ。その彼がマネージャーを務めるチームのリーダーが、風に翻弄されることはなかった。オメガに続き、ビーエムシー レーシングチームや、アージェードゥゼール・ラ・モンディアルも、同じように集団を引き千切りにかかった。総合5位のティージェイ・ヴァンガーデレンに3位ロメン・バルデを擁する両チームの目論みは、総合表彰台争いのライバルを引き離すこと。特にフレンチヒルクライマーは、16秒差で4位につけるティボー・ピノを、隙あらば千切ろうと狙っていた。

「まずは、罠にはまらないこと。それが最大優先事だった。その上で、もしもピノが後方集団に置き去りにされたとしたら、……とんでもないご褒美だったかもね。でも局地的な嵐だったから、攻撃は長続きしなかった。タラスコン(ラスト30km)を過ぎると、すっかり風がなくなったからね」(ジュリアン・ジュルディ、AG2R監督、ラジオインタビューより)

結局のところは、いずれの企ても実を結ばなかった。ただしエルミガー&バウアー組とプロトンとの距離は、一気に縮まった。ラスト50kmで1分45秒差。あとは定型通りに、集団スプリントへと進んでいくに違いなかった。

ゴールまで40km。今度は突然、空から大粒の雨が叩きつけるように落ちてきた。1週間前に通過したばかりのヴォージュ山塊には、雹被害が発生していたから、雨だけというのはむしろ幸いだったのかもしれない。ただ路面は極めて滑りやすくなった。自らの落車を避け、さらには「もらい」落車を避けるため、総合有力者たちはプロトン前方に集結した。エスケープ追走はしばらく二の次で、慎重に、慎重にペダルを漕いだ。

ゴール前20km、雨がようやく上がった。スプリンターチームに再び制御権が手渡された。タイム差はいまだ1分25秒残っていた。

ここから、追走に、アタックに、カウンターアタックに、とてつもなく大忙しのラストがやって来る。風作戦は失敗に終わったオメガファルマ・クイックステップから、ミカル・クヴィアトコウスキーが単独アタックをしかけた(残り16.5kmで吸収)。ラスト5kmからはチームメートのトニー・マルティンが、自慢の独走力で特攻を繰り返した。またドイツナショナルチャンピオンジャージのアンドレ・グライペルを背負うロット・ベリソルの赤いジャージが、2人→3人→5人と前方に繁殖して行く一方で、ルーカ・パオリーニとアレクサンドル・クリストフ、たった2枚ながらカチューシャ紅白ジャージも存在感を放った。

肝心のエルミガーとバウアーは、ギリギリの綱渡りを続けていた。ラスト10kmで48秒。5kmで34秒。3kmで32秒。ここまで協力体制は決して崩れなかった。

「ゴール前6kmで、もうダメだ、って悟った。ところがゴール前3kmで、32秒差だと聞かされて、『逃げ切れるぞ』と考えた。おそらく、ジャック(バウアー)も、同じことを考えたに違いない。彼は全力疾走を止めて、『ポーカーゲーム』を始めてしまった。逃げ切りゴールに、よくあるパターンだよね。……もしもフィニッシュラインまで全力疾走していたら、上手く行っていたさ。おそらくね」(エルミガー、ミックスゾーンインタビューより)

キャノンデールも、ティンコフ・サクソも、ジャイアント・シマノも、こぞって追走に打ち込んだ。ユーロップカーも競り上がってきた。フラムルージュは、2km地点から逃げている2人が、ぎりぎり13秒リードで通過した。ラスト500mでも、いまだ、2人の姿は前方にしっかり確認できた。そしてライン直前350m。吸収が完了してもいないのに、メイン集団はスプリント体制に入り――。

「ツールはつくづく残酷だ。逃げ切れる、って最後まで信じていた。ラスト400mまでエルミガーの後輪に張り付いて、それから先はフィニッシュラインまで全力疾走した」(バウアー、ゴール後TVインタビューより)

がっくりと肩を落とし、たった今起こったことを上手く消化しきれないバウアーの横で、クリストフが片手を突き上げた。ラインまであと50mで、南半球ニュージーランドのルーラーは集団に飲み込まれた。代わりに北国ノルウェーの俊足が、第12ステージに続く人生2度目のツール区間勝利をさらい取った。雨が上がった後には、いかにも南仏らしい、強烈な日差しがニーム闘牛場を照らしていた。

「普段なら、こういったピュアスプリントは、グライペルとかキッテルに勝てないんだ。でも、グランツールでは、エネルギーが残っているかどうか、それが結果を大きく左右する。彼らよりもボクは、ずっと上手に山を越えられたから」(クリストフ、公式記者会見より)

そのグライペルは4位、キッテルは11位に沈んだ。フィニッシュラインギリギリで吸収されたバウアーは10位、エルミガーは16位だった。総合14位までは1秒もタイム変動はなく、当然のように、ヴィンチェンツォ・ニーバリが2度目の休養日もイエロージャージで過ごすことになった。

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宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

(2014年7月21日「サイクルロードレースレポート」より転載)

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