私事で恐縮だが、最近古くからの友人に相談があるという理由で食事に招待された。面倒臭い話は正直余り好むところではないが、そうかといって無下にも出来ず、結局会って話を聞いて来た。相談の中身はというと、今年の4月に就職したばかりの二男が、仕事がちっとも面白くないし、実際に入社したらそれまで思っていたのと勤め先が随分と違っており、退職を考えているという事であった。決して茶化す積りではないが、厚生労働省の発表する、大学新卒の3割以上が3年以内に退職するというのは、成程こういう事だと、改めて実感として体験した次第である。
友人との話で印象的であったのは、友人の次男が実際の就職やそれ以前の就職活動の時点で対象となる企業について、きちんと調査をし、その結果に基づいて企業の全体像を俯瞰し、自分が就職するに際しての問題点を抽出するといった、所謂就職に際しての基本動作を何もしていないという事実であった。これでは、実際に就職してしまってから「こんなはずではなかった!」という、本人に取っても、また企業にとっても残念な結果になってしまう。失敗しない就職のためには、就活生には一定の洞察力が必要だと思う。今回は、二つの企業を参照しながら、「就活生に必要な洞察力とは?」のテーマで論考を試みたい。
■SONYに就職を決めたという最悪のケース
SONYは昔から就職人気企業ランキングの上位を独走して来た名門中の名門企業である。特に、1998年から2003年までの5年間は理系、文系双方でトップを独走している。遊びたい盛りの小学生の時代から塾に通い、中高一貫の進学校に進学し、名門大学からSONYへの入社を決めた人も当時は多かったであろうと推測する。SONYに職を得た大学生は10年ちょっと前の就職戦線での究極の勝ち組であった訳である。
その後10年強を経、彼らが30代半ばから後半という転職市場で潰しの効かなくなった年齢となり、会社の経営が極端に悪化し、将来についても五里霧中である。就活における究極の勝ち組と雖も、勤め先がこういう状況ではリストラから逃げる事は難しいだろう。果たして、転職市場で華麗な学歴やSONYで1千万円以上の年収を貰っていたという職歴が評価されるだろうか? 私は全くそう思わない。何故なら、彼らの殆どが赤字部門で飼い殺し状態に放置されているからである。
黒字部門であれば、更なる増収増益を目指し新商品の開発に象徴される様に外に向け打って出ざるを得ない。社員も「知恵比べ」、「アイデア勝負」、「スピード競争」という真剣勝負の場で絶えず真価を問われる事になり、生き残ろうと思えば、努力してスキルを身に付けるしかない。
一方、恒常的赤字部門においてはどうしても組織、部門の維持に優先順位が置かれる事になる。従って、開発や新たなチャレンジといった経費の伴う話には出血が増えるという理由で消極的になってしまう。従って、赤字部門に配属された若者は全く成長しない。繰り返すが、外からは大企業に勤務する会社員と見えても、実質は飼い殺し状態の訳である。SONYの経営者は赤字部門から速やかに撤退しなかった事で、会社だけでなく本来優秀な社員の人生を破綻させてしまったという事である。本当に業が深い。
人気企業としてSONYが持て囃された時に既にこの会社には陰りが出ていたと記憶している。世界を驚かす様な革新的な商品が生み出される事はなく、優良ビジネスは薄利ビジネスに、薄利ビジネスは赤字ビジネスに、といった具合にビジネスの中身がまるで坂道を転がり落ちる様に劣化していった。
当時の就活生の目を曇らせた原因は下記3点であろう。第一は世間体。SONYから内定を貰ったとなれば大学で友達の自分を見る目が違って来る。有体にいってしまえば内定を貰えない、或いはぱっとしない企業に就職せざるを得ない友人に対し優越感を持つ事が出来る。就職を心配していた両親も喜ぶ。そういったところではないのか?
第二は、小学校の塾時代から延々培われた「偏差値至上主義」であろう。塾は自分達の評価を上げるために生徒に少しでも偏差値が上の中学校に進学する事を強く勧める。生徒の親達もそれこそが我が子の幸せに直結すると勘違いしてしまう。こういう環境で育った子供は、その中高一貫進学校が本当に自分に合っているのかどうか? 自分の頭で考える事なく、合格した学校の中で偏差値の一番高いところに入学する。これが習い性になってしまい、大学も企業も「偏差値至上主義」で決めてしまう。当然の事だが、偏差値が当人の人生を保障してくれる訳ではない。
最後はマスコミの弱からぬ影響力である。マスコミは「マスゴミ」と揶揄される様に問題山積の業界である。一般大衆は大事なニュースよりも面白可笑しいニュースを更に分かり易く解説してくれる事を何時も望んでいる。そのためには、「デジタル時代」というキーワードがあって、その勝ち組「SONY」というのは、如何にも大衆受けするストーリーであった。SONYが大量に広告出稿している事でもあり、真実から逸脱した提灯記事がマスコミに氾濫したとしても何の不思議もない。結局のところ、必要な洞察力欠如によりSONYに職を求め、結果、人生を棒に振る事になった、という話に過ぎない様に思う。
■ライフネット生命保険の実体とは?
ライフネット生命保険は上場して未だ2年という若い企業である。契約総数も20万強と微々たるものに過ぎないのだが、創業者二人のメディアへの露出度が高い事、エントリーした応募者に対して「重い課題」を課し、回答の提出を求めている事が好意的に受け取られ、市場で一定の存在感を獲得する事に成功している。穿った見方かもしれないが、一般に就活生は自分の「思考力」に自信がない。従って、こういう課題に直面すると尻尾を巻いて逃げ去る。そして、ライフネット生命保険に対し漠然としたコンプレックスを抱くと共に良い会社、立派な会社だと誤解してしまう。昨年、8741人のエントリーに対して課題に対する解答を実際に提出したのはたった70人に過ぎなかった事がこれを実証している。
最大でも5名程度しか雇わないライフネット生命保険に、1万人もの就活生が殺到すれば対応出来なくなってしまう。従って、何らかの参入障壁の設定は必要であるが、就活生の企業イメージを損なう、厚労省から指導・注意される様な展開は好ましくない。従って、「重い課題」の様に「思考力のある人材」を募集するという理屈で、就活生に良い企業イメージを植え付けると共に、やんわりお引き取り戴くというのは、実に巧妙なやり方である。但し、問題は同社にそんな事を要求する資格があるか否かである。就活生も企業からいわれっぱなしではなく、自分自身の頭で考え反論して欲しい。
■上場以来下がり続けるライフネット生命保険の株価
株式市場は極論すれば、人気投票、美人投票の場である。その企業を良いと思う人が悪いと思う人より多ければ、自然株価は上昇する。反対であれば下落する。極めて分り易いと同時に冷徹である。ライフネット生命保険の株価のチャートが冷徹且つ惨酷に同社に治する市場の評価を表している。
解説は不要であろう。綺麗な右肩下がりであり、2年間で上場時の@1,200円から三分の一の@400円にまで値を下げている。株式市場は同社の経営と将来に対し明確に「NO」を突き付けている訳である。
■何故ライフネット生命保険の株価は下がり続けるのか?
こういう時は、大体年次毎の有価証券報告書と前年度の決算説明を見れば成程な!と思う事が多い。直ぐに原因が分かった。上場して未だ2年というのに新規契約の獲得が鈍化しているのだ。ベンチャー企業は歴史のある老舗企業に比較して財務体質が弱く認知度が低い。従って、魅力は高い成長力という事になる。かかる観点から評価すれば、ライフネット生命保険は成長しないベンチャー企業という事になる、これでは投資家がそっぽを向くのは当然だ。これには流石に危機感を抱いたのか新商品と既存商品の値下げを発表している。しかしながら、この施策は諸刃の剣で、今後同社の収益構造を直撃する事は確実である。
保有契約件数の推移(件)
■ライフネット生命保険はTPPの嵐に耐えられるか?
先ず、TPPが合意に至るか否かであるが私は極めて楽観的に捉えている。11月に中間選挙を控えるオバマ大統領は何としても目に見える政治的成果が欲しい。従って、秋までの合意を目指すはずである。一方、安倍政権も今後「成長戦略」の不在を厳しく批判される展開となる。従って、早期の合意を目指しTPP加盟を「成長戦略」の中核に据えるはずである。従って、個々の案件で求める着地点に乖離はあるにしても、日米両国のベクトルは同じ方向を向いている。
仮にTPPが合意に至れば、巨大資本のアメリカ生命保険会社が提供する国内商品に比べ圧倒的に費用対効果が高いといわれる生命保険商品が怒涛の如く国内市場になだれ込む展開となる。国内企業に対してさえ苦戦しているライフネット生命保険が対抗出来るとは、私には全く思えない。
こういう具合に整理すると、私にはライフネット生命保険は就活生が対象とする企業とは全く思えない、という結論となる。さて、「就活生に必要な洞察力とは?」の本論に立ち戻らねばならない。それは、就活に際し、「世間体」、「就職偏差値」、「マスコミ報道」のバイアスを極力排し、企業株価推移、有価証券報告書、直近の決算書といった一次情報を自分自身で精査し、自分の頭で対象企業の実情を把握し、併せ問題点を抽出する、能力という事になる。そして、大学4年生にもなってこんな基本的な事すら出来ない様では話にならないという事も蛇足かも知れないが付け加えておく。