加計学園問題は、安倍首相が長年の友人に対する不公正な利益供与を行なった政治的スキャンダルであることは論を俟たない。実は、この加計学園問題で注目された獣医学部の新設条件、いわゆる「石破4条件」から、軍学共同と関連した「生物化学兵器の研究」の拠点作りという新たな側面が浮上しており、今後はむしろこちらの方が大問題に発展する可能性がある。ここにその根拠を書いておきたい。マスコミも書いていない仮説なので信用されないかもしれないが、以下を読んで判断されたい。
岩盤規制
愛媛県今治市が2007年から「構造改革特別区域」という小泉政権以来続いている施策に獣医学部新設の申請をし、15回も却下され続けてきたことはよく知られている。申請却下の背景には、獣医師会が強く反対して強力なロビー活動を続けてきたことと言われる。事実、1966年に獣医学部が北里大学に新設されたのが最後で、1975年に全国の獣医学部の定員合計が930名になってから40年以上に渡って定員増もしていない。文部省・農林省(文科省・農水省)が足並み揃えて、獣医師の数は十分足りており、ペットや産業用牛馬の数も減っているから、増員の必要なしとして規制してきたのである。
2013年6月に安倍首相が「規制改革こそ成長戦略の1丁目1番地。成長のために必要ならば、どのような岩盤にも立ち向かっていく覚悟である」と言ったことから、「岩盤規制」の呼称が使われるようになった。そして、同年の12月に「岩盤規制をドリルで破る」との掛け声の下、「国家戦略特別区域」なるものを新たに設定し、いくつかの地域をこの特区に指定して規制緩和を行なうということにしたのである。ただこの時点では今治市はまだ特区に指定されていなかった。
石破4条件
2015年6月30日に「『日本再興戦略』改訂2015」が閣議決定されたのだが、そこに石破茂地方創生大臣の肝いりで「獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討」と題する項目が書き込まれた。これが「石破4条件」と言われるようになったもので、獣医学部新設要求への回答という意味であったようだ。4条件とは、
・現在の提案主体による既存の獣医師養成ではない構想が具体化し、
・ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり(新たなニーズのこと)、
・かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、
・近年の獣医師需要動向も考慮しつつ、
全国的見地から本年度内に検討を行なう、
である(このように箇条書きにしたわけではない)。これは、おそらく石破国家戦略大臣(地方創生大臣)が獣医師会・日本獣医師政治連盟からの要請を受けて、獣医学部を新たに作らないために書き込んだ条件と思われる(石破大臣が「練りに練って誰がどのような形でも現実的には参入困難な文書にした」と言ったとされているが、その後本人はそんなことは言ったことはないと否定している)。
加計学園の決定
その後風向きが変化していった。2015年12月に広島県と今治市の合同地域が国家戦略特区に3次指定され、2016年9月に国家戦略特区諮問会議(議長は安倍首相)において今治市の獣医学部新設要求が持ち出され、併せて文科省・農水省のヒアリングが行われている。この時期の前後において、文科省内で「総理のご意向」なるメモがいくつも回っていた(ことが後で判明した)。そして、2016年11月の諮問会議で「広域的に獣医師養成大学の存在しない地域に限り、新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行なう」と決議した。その決議を受けて、文科省が特例を定めて2018年度に1校のみ獣医学部の新設を認めることになり、2017年1月20日の諮問会議で加計学園に獣医学部新設を決定した、という経緯である。
この経緯を見れば、安倍首相は1月20日の会議で初めて知ったと弁明するが、それ以前から親友の加計孝太郎氏からの働きかけがあり、安倍首相はその要請を受けて文科省や顧問会議のメンバーに圧力をかけてきたと推測するのが普通であろう。私は今治市を特区に指定することを決めた2015年12月頃から安倍首相の介入が始まったのではないかと推測している。
石破4条件の変遷
問題は、石破氏がわざわざ掲げた4条件が今年になって変遷していることである。
【Ⅰ】2017年5月26日付きの彼のブログでは、上に書いた4条件をそのまま記載しているが、ここで彼は「4条件プラス全国的な見地に適合する公正・公平な決定であったかどうか、それが問われるべきであり、政府はこれを明確に立証すればいいのです」と書いている。これだけでは、客観性を装って厳しく言っているのか、これをクリアすればOKと言っているのか判別がつかない。
【Ⅱ】しかし、1週間の後の6月2日のブログに「国家戦略特区追記など」を掲げ、4条件の内容について具体的な追記を以下のように書いている。
- 感染症対策や生物化学兵器に対する対応など「新たなニーズ」が明らかであること、
- それが現在存在する国公立・私立の獣医学部や獣医学科では対応が困難であること、
- 特区として開設を希望し、提案する主体が「このようにして従来の獣医学科とは異なる教育を行なう」というカリキュラム内容や、それを行なうのに相応しい教授陣などの陣容を具体的に示すこと、
- 現在不足が深刻化している牛や馬、豚などの「産業用動物」の治療に従事する獣医の供給の改善に資すること、
と、元の4条件とは以て非なる4条件に書き換え、ここに生物化学兵器への対応を「新たなニーズ」として具体的に言及しているのである。軍事的利用を獣医学部新設の理由とすればいいではないか、とサジェッションしたものと考えるべきだろう。
【Ⅲ】そして2017年6月27日のHPイシバチャンネル(76弾)では、もっと踏み込んでおり(インタビュー番組なので)肉声で、「獣医学部認可の第1条件は、感染症対策や生物化学兵器対策など新しいニーズにこたえるもの。さらに、アメリカとかイギリスでは獣医の軍人がいる。軍馬だけでなく、牛や豚などへの生物化学兵器に対処するには獣医の軍人が要る」と、生物化学兵器対応のみならず軍人の獣医師養成という「新しいニーズ」を示唆しているのである。そのため「新しいニーズに対応するだけの教授陣、施設などが備わっていること、新しく獣医学部を創設しても獣医師全体のバランスに悪い影響を与えないこと」と付け加えている。
石破4条件の変遷をどう考えるか?
ある新聞は、石破氏が(獣医師会の意向を受けて)さらに難題を付け加えて(1校の認可は仕方がないが)獣医学部の新設がこれ以上続くのを阻止しようとした発言、だとしている。安倍首相を全面支持する立場から、さらなる規制緩和を推進すべきと言いたいがために、石破氏の4条件の変遷を批判していると受け取ることができる。
しかし私は、石破氏は国会で追及されて逃げ廻っている安倍首相に助け舟を出し、知恵を付けようとしているのではないかと思っている。石破氏は加計学園獣医学部の問題だけに閉じず、この機会に生物化学兵器研究の場を作るステップにすることを構想しているのではないかと考えるからだ。彼の核兵器に対する意見とも通底する。安倍首相もそれに悪乗りして「いくつも作ればいい」などと口走ったのではないか、と勘ぐっている。
加計学園問題の今後
23日にも、文科省の大学設置審議会は加計学園の獣医学部認可の結論を出すのでは、という報道がなされている。加計学園が公表している「獣医学部新設の目的」には、「人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究」が掲げられている。むろん生物化学兵器への対応などとは書けないだろうが、「人獣共通感染症」と「動物実験」という言葉は意味深長である。将来、生物化学兵器などの軍事研究に拡大し、あるいは軍人の獣医師養成に重点を移していく余地を残しているからだ。さて加計学園がどういう経営を行なっていくか、注視し続けねばならない。
当面は防衛省が関与しない形で(いずれ防衛装備庁も目を付け、「安全保障技術研究推進制度」の公募テーマとして掲げる可能性がある)、新しく軍学共同の先取りが始まろうとしているのではないだろうか。
【2017年10月22日08:34 一部を追記修正】