デジタル教科書教材協議会を設立して3年になります。
当時、「2015年には一人一台の情報端末とデジタル教科書」を標榜するぼくたちには、絵空事という批判がありました。その後政府が決定した目標も、2020年。5年前倒しを叫ぶぼくたちには、ムチャだというお叱りがありました。関係の学会の重鎮には相手にされませんでした。
昨年、デジタル教科書を正規教科書にすべく法改正せよという提言を発したときには、身が危ないぞという声も聞こえました。重い発言力をもつかたが「デジタル教育は日本を滅ぼす」という本を書いたり、その後文科大臣になられるかたが「デジタル教科書はいらない」という書を出されたりしました。
それがどうやらこの1年で、転換したようです。
大阪市橋下市長が2015年度に域内の小中学校で一人一台を実現すると宣言。次いで東京都荒川区の西川区長が2015年内に実施する、と若干の前倒し。今年の6月には佐賀県武雄市の樋渡市長が2014年度の実施を宣言しました。首長が宣言するというのは、予算措置のめどがつき、地方議会が合意することを意味します。とても大きなことです。しかも、東京・大阪と地方都市とが揃いましたので、全国の都市が「ウチはできない」とは言えなくなりました。弾みがつくことを期待します。
政府では、「知財計画2012」で制度改正を「検討する」と明記されたことが嚆矢となり、IT戦略本部、産業競争力会議などでも一人一台が論議されました。「知財計画2013」では、検討のうえ「必要な措置を講ずる」、つまり法改正を含む実効策に移すという踏み込んだ表現がなされました。
与党も議員連盟が「教育のICT化に関する決議」として、一人一台タブレットPCの導入等5項目を提言したところですが、この決議作成にはぼくらも協力しました。
ゲリラが正規軍になった模様です。
ぼくらとしては、「デジタル教科書法案概要」を準備したり、先導100地域・100教員を募ったりして、運動を強化しているところです。
そんな中、6月17日、DiTTシンポを開催しました。慶應義塾大学三田キャンパスです。パネル登壇者はベネッセ新井健一さん、立命館大学陰山英男さん、韓国ITジャーナリス趙章恩さん、東洋大学松原聡さん、衆議院議員山際大志郎さん、CANVAS石戸奈々子理事長とぼく。
実は当初ぼくは「デジタル教育反対派への10の質問」というのを用意していまして、学力向上の効果不明、デジタルは紙のよさに勝てない、わかりやすさは思考力と無関係、画一的になる、読まなくなる、目が悪くなる、先生が使えない、コストがかかる、教育を産業にすべきでない、といったぼくらがよく受ける(けどやすやすと反論できる)デジタル反対論に対し、「じゃあアナログはどうなのよ?」という逆質問を、反デジタル派のかたにぶつけたいと思っていました。
やるだのやらないだの、いいだのよくないだの議論しているのは日本だけで、早くそこから卒業したい。やるリスクについて説明させられてきたのですが、もうデジタルを「やらないリスク」を問い返す場面であろう、と。
でも、国会議員の集まりでは声を荒げるようなかたに声をかけてみたのですが、ご登壇いただけませんでした。
まあ、そういうことなのでしょう。もう、そういう場面は過ぎていて、とっとと実効策を煮詰める地点に来ていたということなのでしょう。
で、パネルで出された議論が「要するに、いくら?」。一人一台を想定すると、一人いくらなの?という、ごく基本ながら、企業の思惑もあり、なかなか議論のテーブルに乗らなかった話です。
実は、これも直前の与党議連の席上で、「メーカは7万円というが、あり得ない」「タイは80ドルだぞ」「せいぜい1万円じゃないか」という、日本メーカが聞くと卒倒しそうな議論がたたかわされていたのですが、ようやくリアルな話になってきたわけです。
パネルで出された提案が「1人1年1万円」構想。それで端末と基本アプリが調達できるなら、ウチも一人一台を整備できるんだが、というある市長の申し出があったということが紹介されたのです。
どうでしょう。wifiタブレット+アプリ+サポートのセットを年1万円でリースする。1台1万円で売り切るのと違って、通信会社が提供するようなサービスモデルで、設計することはできないでしょうか。通信会社様、メーカ様、アプリ会社様、教材会社様、リース会社様、商社様。
このサービスモデルがいくつか揃えば、恐らくですが、いくつもの自治体が乗ってきて、地方の予算措置が進み、面的な整備が広がるのではないか。
「1人1年1万円」。これが次の運動アイコンになりそうです。
(この記事は8月29日の「中村伊知哉Blog」から転載しました)