朝鮮半島に高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」を配備して北朝鮮のミサイルに対応するというアメリカと韓国の決断に対し、中国国防部の報道官は7月末、「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と述べた。
この合意が発表されてから1カ月、専門家は中国の反応を観察した。そこから導き出される結論の一つは、迎撃ミサイルシステムで中国が受ける戦略上の影響を考慮した結果、中国の外交は北朝鮮の核武装にどう対応するか、再検討を迫られているという点だ。一方、THAADにより中韓関係は「一瞬のうちに破壊されうる」とした先の中国政府の警告からも、中国は韓国に経済的な報復措置を取るのではないかという見方もある。
こうした反応は、中国の国内、国際政策に対する考え方を十分に考慮していない。中国は北朝鮮に対し、即座に明確な反対姿勢は示さないだろう。 中国は金正恩政権の不安定化を恐れている。不安定化することでこの地域におけるアメリカの影響力がTHAAD配備を遥かに超えたレベルで拡大され、北朝鮮難民が中国に流入する事態に拍車がかかる可能性があるからだ。実際、THAAD配備後、北朝鮮の弾道ミサイル発射実験に対して国連安全保障理事会が非難声明を出すことに一時拒否したことからも、交渉は以前にも増して難しくなっていることがわかる。
中国は金正恩政権の不安定化を恐れている
THAAD配備で、中国の安全保障問題に関する信頼を韓国は失った。しかし両国間の経済的な相互依存がなくなるわけではない。韓国は中国との経済関係に不自然なほど依存しており、中国にとっても韓国は第二の貿易相手国であるとともに、海外投資の大きな資金源だ。中国は公的制裁により韓国に圧力をかけることを検討するとみられるが、特に国内経済が減速している中で、主要な経済関係を損なうことは中国にとって大きな痛手だ。
では中国はどのように対応するだろうか。中国の王毅外相が述べたように、THAADは「単に技術的な問題ではなく、純然たる戦略的問題」であり、戦略的な軍事問題には戦略的な軍事で対応するとしている。強力なミサイル防衛システムに対応する、とは、より高度な中国のミサイルをさらに攻撃的に配備するということだ。
THAAD配備で中国の軍事力にどのような影響を及ぼすかの分析はほとんどなされていない。さらにメディアは、ミサイル迎撃システムばかりに注目し、中国側から見た配備の影響を見誤っている。さらに、もう一つのTHAADの構成要素である、 AN/TPY-2レーダーについて触れていない。このレーダーはミサイルの標的の場所を確認し、迎撃ミサイルにその場所を伝える役割を果たすが、実は中国が最も関心を寄せているのはTHAADの迎撃ミサイルではなく、AN/TPY-2の持つ探知能力なのだ。
6月23日、ソウルでは北朝鮮の弾道ミサイル打ち上げのニュースに多くの人が見入った。(AP Photo/Ahn Young-joon)
アメリカと韓国は、THAADの配備は「北朝鮮の核および弾道ミサイルの脅威のみに対応」するものであり、中国のミサイルを対象としたものではないことを繰り返し主張してきた。しかしTHAADのレーダーは極秘裏に広域モードに切り替え可能で、アメリカのミサイル防衛の領域を広げ、中国がミサイルを発射した場合、アメリカに早期に通知されるようになる可能性がある。
アメリカ国防総省の意思とは関係なく、中国は、THAADの配備決定を、アメリカが中国との戦略的な安定を重視していない表れだと受け止めた。中国はAN/TPY-2の早期警告機能を無効にするミサイル技術を開発し、核および弾道ミサイルの信頼性向上に向けて努力するだろう。
韓国へのTHAAD配備に対抗し、中国が開発を加速させると思われるミサイル計画は2つ存在する。「HGV」(極超音速ミサイル)と、「MIRV」という名前で知られる、複数の目標をそれぞれ狙うことが可能な複数弾頭ミサイルだ。
戦略的な軍事問題には戦略的な軍事で対応する
中国はすでにMIRVを搭載したミサイル実験を行い、少数ながら配備を始めている。MIRVを中国が配備した場合、中国はTHAADのような最終段階でのミサイル迎撃システムにも対応が可能になる。最後の数分で一つのMIRVから複数の目標に弾頭が向かうためだ。その結果、韓国へのTHAAD配備がもたらす戦略上の優位は、どれほど早く探知しても迎撃が難しいMIRVによって相殺される。
MIRVではTHAADの迎撃能力を圧倒することが可能だが、HGVにより中国は迎撃自体を回避する力を持つようになる。HGVは超高速兵器の新種で、中国は秘匿されている開発中の極超音速ミサイル「DF-ZF」の実験に7回成功したとされている。従来とは異なり、上下する軌道を描きながら、従来の弾道ミサイルをはるかに上回る速度で進むDF-ZFのようなHGVは、アメリカの既存のミサイル防衛では探知も迎撃も極めて困難だ。
これまでの中国のHGV実験は準中距離および中距離で行われており、DF-ZFは地域ミサイル防衛システムを念頭に開発された可能性がある。アメリカの広範囲な軍事施設へ情報を伝えられるTHAADの韓国配備は、中国のHGV開発を加速させるだけでなく、アメリカに届く長距離ミサイルの開発に計画を拡大する動機となる可能性がある。前例のない速度のDF-ZFが運用されれば、朝鮮半島のTHAADレーダーによる早期警戒能力は事実上無力化される。
7月13日、ソウルのアメリカ大使館の近くで、THAADミサイルシステムに抗議する集会があった。(Chung Sung-Jun/Getty Images)
安全保障の専門家は早ければ2020年、遅くとも2025年までに、中国は極超音速兵器を配備すると予想している。AN/TPY-2を近いうちに配備すると明言したことに刺激された中国が、切迫して早期に高度なミサイルを配備する可能性が高まっている。同様に、中国は現存する核ミサイルをMIRVに転換することで弾道ミサイル防衛を上回る軍事力を身に着け、その段階で核弾頭の数を増やす可能性が高い。
もちろん中国のTHAADへの戦略的対応にも限界がある。最もわかりやすい要因は経済成長の鈍化だ。さらにジェフリー・ルイスが「最高のものを少しだけ」と最近評したように、中国には独特の軍事上の哲学がある。戦略上の必要性ではなく、一等国として見られたいという欲求や技術革新によって進んでいるミサイル計画だということだ。
このような不断の努力を重ね、かつてのアメリカとロシアのような無意味な兵器の備蓄や開発競争を避けながら、現在まで中国は効率的でより現代的な兵器を手にしてきた。このパラダイムは、軍事的緊張が非常に深刻化しなければ崩れることはないだろうが、韓国へのTHAAD配備は、中国のミサイル配備が徐々に、より戦略的に進められる最初の一歩となるかもしれない。
ハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。