(ニューヨーク)-- 2008年にチベット族居住地域で起きた抗議行動(チベット騒乱)以降、中国政府は当該地域での弾圧を強めており、平和的に抗議活動を行う個人の拘禁や訴追、有罪判決が相次いでいる、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日(編注:2016年5月23日)発表の報告書内で述べた。中国国内法及び国際法で保障され、以前は容認されていたタイプの表現にまで当局の取締りがおよび、人びとが拘禁されている。こうしたケースの多くは、農村部や、これまでは弾圧の対象とならなかった社会エリアで起きている。
A unit from the Chinese People's Armed Police Force participates in a drill with riot gear at a military base in Shigatse, Tibet Autonomous Region, China on October 24, 2015.
© 2015 Reuters
ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国部長ソフィー・リチャードソンは、「中国政府は、政府を批判する平和的な反対意見を中国全土で取り締まっているが、チベットはその最前線だ」と指摘する。 「政府当局は全チベット系住民を潜在的な反体制派として扱い、チベット民族コミュニティ全体に監視の目を拡大しようとしている。」
報告書「冷血:中国の「治安維持」キャンペーンのもと拘禁・訴追されるチベット系住民たち」(全86ページ)は、2013年〜15年の期間中におけるこの地域の混乱状態や政治的な拘禁・訴追・有罪判決のパターンの変容が、政府が展開する「治安維持」キャンペーンの最新段階と呼応している実態を示す。こうした政策のもと、チベット系住民の村々や町は、かつてないほどの監視と統制にみまわれている。
チベット自治区(TAR)に関しては、ジャーナリストや研究者によるアクセス、および個人の観光が引き続き、ほぼ完全といっていいほど許されておらず、公式データもほとんど公開されていない。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査結果は、海外メディアの報道と中国政府や亡命者を情報源とする479件の事例データに基づく。本報告書でヒューマン・ライツ・ウォッチは、拘禁および量刑パターンの変化を特定するために、これらのデータを分析した。
これまで未発表だったこれらの記録からは、1回の抗議活動のためにコミュニティが支払わなければならない壊滅的な代償が浮き彫りになった。 2013年4月に「ある犯罪者をかくまった」という軽い犯罪の疑いで、チベット自治区チャムド市出身のラマ僧3人が裁判の末、有罪判決を受けた。これをきっかけにその他の被疑者捜索がはじまり、コミュニティ全域に当局の連座制懲罰や脅迫、弾圧の波が1年以上にわたり押し寄せることになった。主要被疑者の情報収集と将来的な抗議活動を抑止するために、大勢の地元チベット住民を拘束、脅迫、暴力の対象とし、他の住民にも政治教化や移動制限を強いるなどした。
被拘禁者の処遇に対する懸念は深刻なままだ。ヒューマン・ライツ・ウォッチが検証した一連の事例のうち、14人の被拘禁者が拘禁下で、あるいは釈放直後に死亡していることが分かった。
2011年に「治安維持」政策の一環として、チベット族居住地域全域の村々に数千人規模の政府職員が派遣された。その翌年には、政府批判を阻止する地方単位の対策が、これら職員によって開始された。対象となったコミュニティで、以前は無害とみなされていた多くの社会文化的活動家および環境問題活動家が、突如として中央政府による監視・処罰の対象となったのである。
一連のデータにある多数の被拘禁者および容疑者(14歳〜77歳)は、分離主義を提唱したということもなく、表現と集会の自由を行使しただけだった。単に村をめぐる決定で地方政府関係者を批判した、鉱山開発に反対した、言語の権利を提言した、抗議の焼身自殺をした人びとへ同情を示したといった理由で拘禁・訴追された人びともいる。暴力行為があった報告はないにもかかわらず、治安部隊が参加者に発砲した集会も数十ある。
今回の調査では過去の事例と異なり、都市部ではなく、政府が「治安維持」措置を実施している村落や小さな町、農村郷で政府批判者の拘禁が起きていることが明らかになった。本報告書ではチベット高原に広がる9つの「クラスター」地域を特定。これらの場所では、明らかに当局の措置に呼応するかたちで、抗議と弾圧のサイクルが繰り返されており、政治的な拘禁が増加し、比較的軽い罪に他地域よりも重い刑が下されるといった事態となっている。
479 cases of Tibetan detainees, by activity.
© 2016 Human Rights Watch
調査対象期間中に拘禁および訴追された人びとの大半は、地元コミュニティの指導者や環境問題活動家、社会文化的活動に関与していた村の住民だ。政府当局がこうした農村部のチベット系住民を政情不安への関与として取締まることは、過去30年ほとんど例がなかった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、ある村の指導者釈放を求める抗議集会7つを特定。うち5つの集会には100人以上が参加している。地元指導者の拘禁と、そうした指導者に対するコミュニティの大規模な支援の表明が、新しい現象となりつつあるようだ。
期間中の拘禁事例を分析した結果、コミュニティの指導者や宗教関係者、作家、または歌手といった社会的影響力を持つ人びとは、ひとたび拘禁されると通常よりも訴追される可能性の高いことが明らかになった。また焼身自殺への支持など、批判封じ込めのための政治的な優先事項とされた行為により拘束された被拘禁者も、同様に訴追される可能性が高いことも分っている。
前出のリチャードソン部長は、「『治安維持』キャンペーンの目標が、チベット系住民の間にくすぶる反対意見の一掃にあったのであれば、それは失敗に終わったと言える」と述べる。 「治安にむけた真の原動力となるのは、中国政府による権利の尊重と、地元の不満への理解と対応、そしてチベット高原全域における治安部隊の人権侵害の抑制である。」
(2016年5月23日「Human Rights Watch」より転載)