BPOの「クローズアップ現代」に対する意見
NHKの報道番組「クローズアップ現代」のやらせ疑惑に関して11月6日、「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会(委員長・川端和治弁護士)がNHKを厳重注意した総務省や事情を聞いた自民党を激しく非難する意見書を公表しました。報道では「異例」とされていますが、これは異例ではなく放送の自由を守るためのあるべき姿です。
放送法は権力の介入を防ぐための法律
総務省は4月に放送法を根拠に「視聴者の信頼を著しく損なうもので、公共放送としての社会的責任に鑑み、誠に遺憾だ」とNHKに対して厳重注意を行いました。その際、NHKは「厳重注意の趣旨が明確でない」として、文書の受け取りを一度拒否し、夜になって受け取るというドタバタがあり、それを覚えている人もいるかもしれません。
BPOの意見書は、この総務省の厳重注意について誤解があると指摘しています。少し長いのですが意見書を確認してみます。意見書全文はBPOのサイトに公開されています。(参考:NHK総合テレビ『クローズアップ現代』"出家詐欺"報道に関する意見)
厳重注意の根拠は、放送法の「報道は事実をまげないですること。」(第4条第1項3号)と「放送事業者は、放送番組の種別及び放送の対象とする者に応じて放送番組の編集の基準を定め、これに従つて放送番組の編集をしなければならない。」(第5条第1項)との規定だとする。
しかし、これらの条項は、放送事業者が自らを律するための「倫理規範」であり、総務大臣が個々の放送番組の内容に介入する根拠ではない。
放送による表現の自由は憲法第21条によって保障され、放送法は、さらに「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。」(第1条2号)という原則を定めている。
しばしば誤解されるところであるが、ここに言う「放送の不偏不党」「真実」や「自律」は、放送事業者や番組制作者に課せられた「義務」ではない。これらの原則を守るよう求められているのは、政府などの公権力である。放送は電波を使用し、電波の公平且つ能率的な利用を確保するためには政府による調整が避けられない。そのため、電波法は政府に放送免許付与権限や監督権限を与えているが、これらの権限は、とも
すれば放送の内容に対する政府の干渉のために濫用されかねない。そこで、放送法第1条2号は、その時々の政府がその政治的な立場から放送に介入することを防ぐために「放送の不偏不党」を保障し、また、時の政府などが「真実」を曲げるよう圧力をかけるのを封じるために「真実」を保障し、さらに、政府などによる放送内容への規制や干渉を排除するための「自律」を保障しているのである。
出典:BPO:NHK総合テレビ『クローズアップ現代』"出家詐欺"報道に関する意見
つまり、放送の中立性は権力側が守ることだとBPOは指摘しているわけです。
いくらお金や設備があっても、国の免許がなければ放送することは出来ません。それは電波はそもそも国や政府のものではなく国民の財産だからです。総務省は国民にかわって免許を付与しているわけで、放送はその時の政権に都合よく、またプロパガンダに使われないようにしなければならないのです。
自民党は法の解釈を誤っている
BPOは自民党についても「圧力」と非難していますが、何があったのでしょうか。4月に自民党の情報通信戦略調査会がNHKとテレビ朝日の幹部を党本部に呼んで放送内容に関する事情聴取を行ったのです。これに対してBPOは、放送法には番組づくりは誰からも干渉されることがないと書かれているので、自民党には呼び出す権限がないと、指摘しているのです。
放送法は、放送番組編成の自由を明確にし「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」(第3条)と定めている。ここにいう「法律に定める権限」が自民党にないことは自明であり、自民党が、放送局を呼び説明を求める根拠として放送法の規定をあげていることは、法の解釈を誤ったものと言うほかない。今回の事態は、放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのものであるから、厳しく非難されるべきである。
なお、池上彰さんはこの事情聴取について、朝日新聞のコラムで、欧米の民主主義国で起きたら言論の自由・表現の自由に対する権力のあからさまな介入であるとして、政権基盤を揺るがしかねない事件になるはずだ、と言及しています。
自由だからこそ自主的な規律が求められる
では、なぜBPOが政府や自民党の介入を批判するのでしょうか。それはBPOが法により担保されている自由を自主的に守るように、業界に促す団体だからです。NHKや日本民間放送連盟とその加盟会員各社によって出資、組織されている任意団体で、その目的は以下のようになっています。
第3条 本機構は、放送事業の公共性と社会的影響の重大性に鑑み、言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対し、自主的に、独立した第三者の立場から迅速・的確に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的とする。
出典:BPO:規約・運営規則
つまり、放送は権力から守られ自由を与えられている、だが好き勝手をやっては困るので、自主的に団体をたちあげ自分たちで改善していきます、ということです。となると自浄能力が問題になります。Wikipediaには「業界関係者による組織のため、お手盛りである」といった項目が記載されているように、業界団体には身内への甘さが疑われます。今回の意見書ではどうなっているのでしょうか。
BPOは、NHKの調査報告書(参考:「クローズアップ現代」報道に関する再発防止策などについて)では、NHKの放送ガイドラインを根拠に「事実のねつ造につながるいわゆる『やらせ』」はないとしているが、このガイドライン自体が視聴者の感覚と乖離していると指摘しているのです。
このガイドラインの「やらせ」概念は視聴者の一般的な感覚とは距離があり、本来ならもっと深刻な問題を演出や編集の不適切さにわい小化することになってはいないかとの疑問を持たざるを得ない。 放送倫理の視点からさらに深い自己検証をすることが、NHKには期待されていたと言うべきであろう。
そして、審議の対象とした2つの番組にはいずれも重大な放送倫理違反があったと判断しています。NHKは意見を受けて「現在進めている再発防止策を着実に実行して、信頼される番組作りにあたっていきます」とコメントを出しています。より厳しくNHKは自らを律し、結果をだしていくことが求められます。
権力からの直接介入を防ぐために、自由を与えられた団体や業界は自浄作用を示す必要がある。これは放送に限らず、インターネットも同じです。ステルスマーケティングで揺れるネットニュースメディアと広告業界が、自浄能力を発揮しなければ規制が行われることになるでしょう。自由だからこそ、それを守るために血の滲むような努力が必要である。私たちはテレビ局やBPOの取り組みに目を奪われがちですが、本当に見るべきは権力側の動きです。自由が失われてからでは遅いのです。