ディズニーの映画『アナと雪の女王』が大ヒットしている。国内興行収入第3位に達したとか。
(産経新聞2013年5月30日)
ウォルト・ディズニー・ジャパンは30日、公開中のアニメ映画「アナと雪の女王」の興行収入が約203億7千万円に達し、「ハリー・ポッターと賢者の石」を抜いて歴代3位になったと発表した。1位は「千と千尋の神隠し」(304億円)、2位は「タイタニック」(262億円)
海外でも大ヒットは同様で、世界興行収入は歴代第5位の$12億19百万ドルに達している。ちなみに1位はアバター(27億8千万ドル)、2位がタイタニック(21億9千万ドル)、3位はアベンジャーズ(15億2千万ドル)、4位はハリー・ポッターと死の秘宝 Part 2(13億4千万ドル)。
「Frozen becomes fifth-biggest film in box office history」
(BBC 27 May 2014)
The Oscar-winning movie, which was released in the US in November, has taken $1.219bn (£723m) worldwide, overtaking Iron Man 3's total haul.
この映画についてはあちこちの人がいろいろ書いてるので、いまさら何を付け加えるということもないのだが、まあせっかく見たので個人的な感想文をひとくさり。
他の国はどうか知らんが、今や日本において、ミュージカル映画をディズニー系以外で見ることはほとんどない(インドとかだと今でも多いのだろうか)。ミュージカルは苦手だがミュージカル映画はけっこう好きなので、この状況はあまりいただけないわけだが、『アナと雪の女王』はいろいろと現代的な作りの割にしっかりミュージカルしていて、この健在感はうれしい。
この映画については、とにかく『Let It Go』の人気がすごい。あちこちでかかりすぎて、さすがにウザいという声も一部で出るまでになったり、いろいろネタにされたりもしているようだが、まあそれも人気のうちではある。
ミュージカルの歌には、独立して歌として楽しめるものと劇中のシナリオを前提にしないと意味が通らないものとがあるが、一押しになる歌はたいてい前者で、この歌もそうだ。歌詞も、ストーリーやシーンとの関連性はもちろんあるが、一般性をもった内容になっている。そういうある種のダブルミーニングが人気の秘訣というわけだ。周囲の目を気にせず自分を解き放つ、1人でも自分の道を行く、みたいなメッセージが心をつかむのは、現代ならではなのかもしれない。いろいろ我慢しているんだなみんな。
まあこれももちろんいい歌なんだけど、個人的に一番好きなのは『For the First Time in Forever』。
エルサとアナだとアナ派だというのもあるが(どちらが好みとかというより、おそらく自分自身がどちらかというとアナに近いタイプの人間だからだと思う)、要するに、ミュージカルっぽい曲、ミュージカル以外では聞けないような曲がいいのだ。この曲がミュージカルっぽいというのは、たとえば歌詞の内容がストーリーの流れと不可分にくっついていること(「サラダ皿が8000枚」なんていうのはこの映画を離れたらあまり意味をなさない)とか、2人が違う歌詞の歌を歌いながらそれがからみあうようなアレンジ(掛け合いの歌は他でもたまにあるが、2人が真逆の内容を同時に歌うみたいなのはミュージカル以外では考えられない)とか、そういうあたりだ。
『Let It Go』がエルサの解放された心とか決意とかをよく表現した曲であるのと同じように、『For the First Time in Forever』はアナの解放感と高揚感がよく伝わってくる。ずっと1人で過ごしていたのは2人とも同じわけで、特に事情を知らないアナが浮かれるのもまあわかる。エルサの重く沈んだ心との対比は残酷だが、姉の秘密を知った後、同じ曲のリプライズで歌われるように、その明るさをもって姉を救おうと奮闘するさまを見ると、能天気も捨てたものではないという気がする。どうも世間では眉間にシワ寄せてる方が立派というイメージがあるようだが(いや別にそれも悪くないけど)、楽天的であることはもっと高く評価されていいのではないかと思う。
ちなみに『Let It Go』に関しては、Idina Menzelの英語バージョンもさることながら、25ヶ国語メドレーのバージョンがよかった。いろいろな国のことばの響きがそれぞれ美しい。日本語バージョンの松たか子の歌が海外でも話題という話も聞くが、個人的にはフランス語、ハンガリー語、セルビア語、デンマーク語、ブルガリア語、フラマン語あたりのヨーロッパ系の言語がいい。
日本語吹替版も見たんだが、セリフはともかく歌は歌詞がいまひとつしっくりこない。これは訳者のせいではなくて、ミュージカルという性格ゆえかと思う。もともと音のつくりがちがう言語で書かれた歌詞を日本語にするのはたいへんな上に、ミュージカルだと歌詞の内容をあまり勝手にはいじれないからだ。再会を祝う『Auld Lang Syne』を『蛍の光』みたいな別れの歌にしたり、家に帰ろうとする歌である『Take Me Home, Country Roads』を家には帰らない歌にしちゃうみたいなことは、ストーリーがある以上もとより無理なわけで、どうしても歌詞が説明臭くなる。
『Let It Go』でも、「ありの~ままの~」の部分でのリップシンクを指摘する人は多くて、確かにそこはうまく訳したと思うが、全部そうなってるわけじゃないし。他のミュージカルでも日本語だとだいたい似たような感じになるので、そういうものなんだろうな。慣れれば気にならなくなるのかもしれないが。
映画全体に関していうと、「愛が凍りついた心を溶かす」というテーマはとても現代的だと思う。これに言及しているものをあまり見かけないが(気付かなかっただけできっとあるんだろうけど)、もともとのアンデルセンの「雪の女王」から引き継いだ数少ない(あと雪とかトナカイとかもあるけど)「原作の名残」でもあるわけだし、見逃しちゃいかんだろう。例はいちいち挙げないが、実社会で、何かへの恐れから心が固まってしまったようになっている人をよく見かける。『Let It Go』で周囲を切り捨てたエルサは、アナと心を通じ合わせることで、社会とのつながりを、そして自分自身を取り戻すことができた。説得を受け付けない頑なな心を溶かすものは、強制力や理屈ではないのだろうな、と改めて思う。
全体的に男の扱いがひどいとか、いわゆる伝統的なお姫様像とちがうとか、あれやこれやいう人はいるが、これも現代社会において、ディズニーのアニメ映画がメインターゲットとする層、つまり女性や女の子たちへのアピールを考えれば、別に違和感はない。もはや白馬の王子様を待つ時代ではないのだ。そもそも原作を、その時代の価値観やらに合わせて完膚なきまでに換骨奪胎するのが、ディズニー映画の伝統なのだし。
アニメーション映画の市場を切り開いたウォルト・ディズニーは、伝統的な2Dアニメのスタジオを閉鎖し、3Dアニメのピクサーを傘下に収めるなど、3Dへのシフトを進めてきた。その後2011年の最近『くまのプーさん』などで2Dアニメが復活したりもしたが、興行的にはあまり振るわなかった。今回の『アナと雪の女王』の成功は、ディズニーをさらに3Dアニメへとシフトさせることになるんだろう。表現形式や細かいあれこれは変わっても、ディズニーのアニメーションが健在であることは個人的にとてもうれしい。
というわけで、とてもいい映画だった。他の曲のことも含め、書きたいことはまだいろいろあるが長くなるのでこのへんでやめとく。DVDとかは7月発売だそうで、楽しみ。
(2014年5月31日「H-Yamaguchi.net」より転載)