在京キー局プライムタイム実写ドラマのジェンダーバランス

ドラマは社会の現状を映す鏡であると同時に、人々の「夢」を実現する「仮想現実」である。

少し前に、在京キー局の朝の情報番組の出演者、及び日本映画界の監督と脚本家について調べてみた結果について書いた(これまでの記事についてはこの記事の末尾にリストがある)が、ここまでくればやはりテレビドラマも、というわけで、在京キー局プライムタイム実写ドラマの出演者についてごくに簡単に調べてみた。

ドラマなどの娯楽コンテンツの出演者についてのジェンダーバランスを考える場合、報道の要素がある朝の情報番組や、直接消費者の目には触れない監督や脚本家などと少し事情が違うように思う。疑似恋愛の対象となることが少なくない俳優などの場合、異性愛者が社会の中で多数を占める状況を前提とすれば、想定される視聴者層と異なる性、たとえば女性視聴者が主なターゲットであるなら男性の出演者が求められるケースが多々あろうからだ。

その意味で、先の記事で紹介した、2015年の南カリフォルニア大学のグループによるハリウッド映画の調査に出てきたような、男性の出演者が女性より多いから問題だ、といった単純な考え方はあまり適切ではないかもしれない。とはいえ、人数や年齢は比較しやすい指標となるから、とりあえずやってみる。

私は、テレビドラマを含む娯楽コンテンツが人々の考え方に及ぼす影響は限定的だと考えている。むしろ娯楽として人の関心を惹かなければならない以上、ターゲットとする視聴者層に寄り添うものでなければならないだろう。それは視聴者をなんらかの方向(たとえば伝統的性別役割分担の肯定)に誘導するというより、視聴者の夢や願望を具現化するようなものとなるのではないか。

ともあれまずは調べてから、ということで、例によってお手軽に、Yahoo!テレビで2017年7月13日から19日までの期間に東京で放映されたキー局各社の実写テレビドラマを対象とした。以下の15作品。

コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-THE THIRD SEASON #01

フジテレビ

2017年7月17日(月) 21時00分〜22時24分

サラメシ「シーズン7 第12回」

NHK

2017年7月18日(火) 20時15分〜20時43分

火曜ドラマ「カンナさーん!」(1)

TBS

2017年7月18日(火) 22時00分〜23時09分

僕たちがやりました【窪田正孝主演!青春逃亡サスペンス今夜開幕】 #01

フジテレビ

2017年7月18日(火) 21時00分〜22時09分

過保護のカホコ

日本テレビ

2017年7月19日(水) 22時00分〜23時00分

刑事7人 #2/法務大臣邸に爆弾テロ発生!敵の要求は"冤罪の死刑囚"の再審!?

テレビ朝日

2017年7月19日(水) 21時00分〜22時09分

フジテレビ

2017年7月13日(木) 22時00分〜23時09分

ドラマ10 ブランケット・キャッツ(4)尻尾の曲がったブランケット・キャット

NHK

2017年7月14日(金) 22時00分〜22時50分

金曜ドラマ「ハロー張りネズミ」〜FILE No.1「代理娘」

TBS

2017年7月14日(金) 22時00分〜23時09分

土曜ドラマ 幕末グルメ ブシメシ!(5)

NHK

2017年7月15日(土) 20時15分〜20時45分

ウチの夫は仕事ができない #2

日本テレビ

2017年7月15日(土) 22時00分〜22時54分

おんな城主 直虎(28)「死の帳面」

NHK

2017年7月16日(日) 20時00分〜20時45分

愛してたって、秘密はある。 #1

日本テレビ

2017年7月16日(日) 22時00分〜23時25分

日曜劇場「ごめん、愛してる」 第2話 母への愛と憎しみ

TBS

2017年7月16日(日) 21時00分〜22時09分

警視庁いきもの係 #02

フジテレビ

2017年7月16日(日) 21時10分〜22時04分

プライムタイムは19:00 - 23:00の時間帯を指す。ドラマはこの時間帯以外にもいろいろ放映されているが、とりあえず今回はこれということで。

出演者はYahoo!テレビの番組ページに名前が載っているレギュラー出演者を対象とした。誕生日と性別は例によってウェブ情報と写真で判断している。年齢は2017年8月9日現在でのものである。子役は誕生日が公開されていないケースが少なからずあったので除外した。除外したのは15歳以下の出演者で、4番組5名であった。

上記方針に従って調べたところ、出演者は合計168名であった。うち男性97名、女性71名、比に直せば約1.4:1である。やや男性が多いが、あまり大きな差とは思われない。少なくとも、2015年の南カリフォルニア大学のグループによるハリウッド映画の調査では、セリフのある登場人物の男女比は2.3:1であったから、それよりははるかにバランスがとれている。参考までに付け加えると、総務省「労働力調査(基本集計)」(平成24年平均)による全国の労働力人口の男女比もおよそ1.4:1である。

出演者全体の平均年齢は39.7歳、男性42.5歳、女性35.9歳であった。平均年齢の差は6.6歳であり、やはり男性の方が高い。年齢幅でみてみると、男性出演者は20〜81歳、女性出演者は17〜75歳であって、上下とも数年ずつ男性の方が高めだ。60代以上の出演者は男性10名、女性5名であり、10代出演者3名はすべて女性となっている(ちなみに除外した子役5名はすべて男の子だ。このあたりにも何か背景がありそうだがとりあえず措く)。

とはいえ、差はあまり大きくない、というのが率直な印象だ。子役の男の子を計算に加えると平均年齢の男女差はさらに小さくなるだろう。前に書いた在京キー局の朝の情報番組では、出演者数こそ男女ほぼ拮抗していたが、平均年齢は10歳以上の差があったから、それよりはだいぶ小さい。

情報番組では、あらっぽくくくれば、何らかの専門知識や一般的知見などを備えた「賢い人」としての年配男性と、容姿を売り物にする若い女性という図式がみられたわけだが、ドラマではそうした年齢に紐づけられた「伝統的な性別役割分担」の要素はやや薄い、ということだろうか。

番組ごとに男女の出演者の平均年齢を散布図にプロットしたのが下の図だ。原点からの45度線の下側が、男性出演者の平均年齢が女性を上回っているもの、上側がその逆だ。全体として、45度線より下側に位置するものが多いのはご覧の通りだ。最も差が大きいのは『刑事七人』で男女出演者の平均年齢の差は23.0歳、『おんな城主直虎』の17.1歳と「ブランケット・キャッツ』の15.7歳がそれに続く。

在京キー局プライムタイムTVドラマの男女出演者の平均年齢

とはいえこれも、思ったより差が少ない、より正確にいえば、差が少ないものがけっこうある、というのが率直な印象だ。図上の45度線の上に位置する、つまり女性出演者の方が平均年齢が高いドラマは『ハロー張りネズミ』と『愛してたって、秘密はある。』の2番組。『ウチの夫は仕事ができない』も男女差0.7歳とほぼ45度線上で、ほとんど差がない。レギュラー出演者が男性1名のみの「サラメシ」を除く14番組中、男女差が±5歳のものは5番組、±10歳では10番組だ。

対象15番組のうち、主演俳優----ここではYahoo!テレビの番組ページの出演者リストのトップに出ている人----が男性であるドラマは11番組、女性であるものは4番組であった。主演俳優の平均年齢は36.6歳であり、男性は38.0歳、女性は31.0歳とやはり数年の差がある。ただ、年齢幅でみると、男性は24〜55歳、女性は25〜36歳と、明らかに女性の場合の年齢幅が小さい。

高齢者が出演するドラマといえば、2017年4月から放映されている『やすらぎの郷』が話題となったが、これも主演(出演者リストのトップ)は男性俳優だ。プライムタイムと比べて高齢者の視聴が多い時間帯のドラマであるから、それをあてこんだキャスティングであろうが、裏を返せば、プライムタイムのドラマの主要なターゲット視聴者層である中年女性に対して、高齢女性俳優が主演を務めるドラマは訴求力が小さいと考えられている、ということかもしれない。

もちろん、それぞれのドラマの中での役回りがどうなっているかままた別の話だ。これらのドラマを1つも見ていないのであくまで番組ウェブサイト等からの情報に基づく通りいっぺんの判断だが、『過保護のカホコ』で主人公を甘やかし就職ではなく花嫁修業を勧める母親や『ごめん、愛してる』で主人公を捨てて幸せな生活を送る母親など、専業主婦的な役柄の女性は登場する。ただしそれらはいずれも脇役であり、かつあまり肯定的には描かれていないように思われる。

むしろ、主役ないし主役級の女性が仕事をもって活躍するドラマが目立つ。『おんな城主 直虎』の城主はキャリアとしてやや特殊な例としても、『カンナさーん!』ではファッションデザイナー、『ハロー張りネズミ』では主人公の上司である探偵事務所長が女性だ。『コード・ブルー』では医師の男女、『愛してたって、秘密はある。』は司法修習生の男女が主役級となっている。

主役ないし主役級が専業主婦の場合も、『セシルのもくろみ』の主人公のように専業主婦が読者モデルになって活躍するもの、『ウチの夫は仕事ができない』の主人公の妻のように専業主婦だがバイトの面接を受けたりしているものなど、就業意欲はあるようにうかがわれる。

もちろん、より深くみればいろいろ別な要素もあるのだろうし、異なる見方をする人もいるだろう。しかし少なくとも、かつて「行動を起こす女たちの会」が批判した「ドラマに出て来るのは家庭的で従順な女性ばかり」という状況ではなくなっているようだ。

むしろ気になったのは、ドラマの中で描かれる女性のキャリアが、医療系や警察・法曹系(今期はないが教育系も定番だ)のような、ドラマとして独自のジャンルを形成する領域のもの(それらの多くが試験によって就くことができるものであるというのもポイントだ)を除くと、メディアやファッションなどの華やかな業界に偏りがちではないか、という点だ。

端的にいえば、『過保護のカホコ』の主人公の父が務める保険業界のような金融関連、あるいは商社、メーカーなどのような「地味」な業界が出てこない、ということだ。

テレビドラマとはそういうものだとなといわれればその通りだとは思うが、男性が主人公のものだと、たとえば銀行を舞台とした『半沢直樹』や、もっと前のものを入れれば商社が舞台である『不毛地帯』その他、一般企業を舞台にした人気作が少なからずあったように記憶している。そうした企業を舞台に女性がビジネス面で活躍するドラマは・・私が覚えていないだけかもしれないが・・ほとんど記憶にない(実際にはあるだろうとは思うが)。

テレビドラマが視聴者の「夢」を映すものだとすれば、そこに描かれる女性像には、女性たちの「夢」が反映している場合も多いだろう。

「伝統的な性別役割分担」に準拠した女性像が少なくなってきているのはそのあらわれだろうが、ではその代わりに描かれるキャリア像が、典型的に女性の憧れの対象になりやすい(と一般的に思われている)華やかな業界に偏りがちであるとすれば、それはあまり登場しない「地味」な業界において、女性たちがキャリア上の「夢」を持ちにくい状況にあることの反映とは考えられないだろうか。

テレビドラマと女性のキャリア観については、たとえば以下のような論文があり、2005年以降のテレビドラマについて、整合的と思われる見解を述べている。

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アリサ・フリードマン (2014)「日本のテレビドラマに見る女性のライフコース」. 国際日本文化研究センター 新領域・次世代の日本研究 [京都シンポジウム 2014]報告書113-125.

こういったドラマはさらに多くの女性が高学歴、長時間労働を要するキャリアを選ぶようになってきていることに影響されている。以前の主人公とは異なり、これらの働く女性は会社にとってはなくてはならない存在である。しかし、会社や組織のリーダーではなく、その代わりにアート関連やフリーランスのキャリアを選ぶ傾向にある。チームリーダーとしてなら、教師や医療関係者など、女性にもずっと以前から雇用の機会が多かった職種についていることが多い。

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一方、派遣社員やアルバイト、パートタイマーなど、必ずしも社会的地位が高いとは思われていない職種で働く女性が描かれるドラマも少なくない。今期では『ウチの夫は仕事ができない』の主人公の妻がそれにあたるだろう。かつて人気を博したものでいえば、2007年の『ハケンの品格』、2011年の『家政婦のミタ』などがあった。

これらは職場で男性の下に置かれる立場の女性が威勢の良い啖呵とともに男性たちを圧倒していくというタイプのドラマだろうと思うが、これらもまた、多くの女性たちにとって身近な職場を舞台に、キャリア面で恵まれない(と自ら考えている)女性たちが描く「夢」のあらわれだろう。

まとめるとこうなる。現在在京キー局でプライムタイムに放映されているテレビドラマにおいて、ハリウッドで指摘されたような、男女の出演者数や年齢層の偏りは、さほど大きいとは思われない。女性がキャリアを追求する姿も数多く描かれている。しかし、その「キャリア」の内容に、やや偏りがみられる。この偏りは、私たちの社会の広範な領域で、女性のキャリアの可能性が男性と比べて限られたものにとどまっている現状を反映しているように思われる。

そうであるとすれば、私たちが取り組むべきは、個々のドラマの表現に細々とした文句を付けることより、社会の実態を改善するための声を上げることであろう。ドラマは社会の現状を映す鏡であると同時に、人々の「夢」を実現する「仮想現実」であるからだ。

上掲フリードマン論文は、「1980年代半ばに、民放テレビ局が、「トレンディドラマ」と呼ばれるジャンルを打ち出し」、「若い、未婚の働く女性をファッショナブルに見せるようになった」と指摘するが、それは明らかに1985年施行の男女雇用機会均等法の流れを受けたものであり、それはそれ以前から長い期間をかけ、数多くの先駆者たる女性たちが苦闘の末に勝ち取った成果だ。現実世界で女性のキャリアの可能性が開けたと女性たちが感じたからこそ、トレンディドラマが受け入れられる素地ができたのではないか。

現在提唱されている「働き方改革」は、男女問わず、「一人ひとりの意思や能力、そして置かれた個々の事情に応じた、多様で柔軟な働き方を選択可能とする社会を追求する」ものだ。実際にはそうなっていないがゆえに提唱されているわけだが、社会は少しずつだが変わろうとしている。

もちろん社会全体が一度に変わることなどありえないが、一部でもよい例が出て、広まっていく動きがみえれば、テレビドラマがそうした動きを見逃すことはないはずだ。新たなキャリア女性像(もちろん男性像も)を提示して、他の多くの人々に対して「夢」を広める強力なメッセージを発信してくれるようになるのではないだろうか。

駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義「メディア・コンテンツとジェンダー」に関する記事は以下の通り。

メディア・コンテンツとジェンダー 駒澤大学GMS学部2017年度「実践メディアビジネス講座I」シリーズ講義の開講にあたって(2017年5月31日)

「男女の戦い」と「忘れられた人々」(2017年6月5日)

「多様性」は厳しい:サイボウズ_大槻様の講義を聞いて(2017年6月15日)

在京キー局 朝の情報番組出演者にみるジェンダー(2017年7月4日)

15万人のスティグマ:AVAN代表 川奈まり子さんの話を聞いて(2017年7月7日)

メディアの「主体」と「客体」:猪谷千香さんのお話を聞いて(2017年07月25日)

日本映画界のジェンダーバランス(2017年08月09日)

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