新製品の発表で、人びとの注目を集めることが飛び抜けて上手なアップルですが、さすがに今回の、iPhone6やAppleWatchは事前におびただしいリーク情報が流れていたために、かつてほどのサプライズはなかったものの、アップルの今後の進路を垣間見る布石は十分に感じ取ることができたと思います。
Phone6は、ようやく、これまでハンディとなっていた画面サイズを広げたので、アップルがおそらくもっとも恐れているユーザー流出の歯止めにはなるでしょうが、それぐらいしか印象はありません。
しかし、Apple Payの機能やサービスを発表したことは、アップルが金融まで経済圏を広げることを宣言したことに他なりません。日本ではおサイフケータイがはやくから導入されてきたので、あまり注目されないことかもしれませんが、日本で生まれたというか、ソニーが生んだアイデアや技術を、アップル流に再発明し、サービス化したということです。まさにアップルらしさを感じます。
欧米では日常的なショッピングもクレジットカード決裁がほとんどです。ユーザーからすれば、Apple Payで、いつも持ち歩いているカードの紛失やスキミングなどのリスクを軽減できます。カードを紛失した経験があれば、その後のカード停止や再発行の手続きのわずらわしさは実感があるのではないでしょうか。しかし逆にアップルには高いセキュリティが求められることは言うまでもありません。
アップルがこのApple Payでどれぐらいの手数料を得るのかはわかりませんが、少なくともアップルにとっては顧客の囲い込みにはつながってきます。決済はApple Payという習慣が広がれば、顧客が他のスマートフォンに流れることはありません。
しかも重要なことは、ネットだけでなく、リアルな店舗での決済を実現することで、ユーザーひとりひとりが、リアルな世界で、どの店舗を利用したかのデータ蓄積も可能になってくるかもしれません。とんでもないビッグデータです。アップルがどこまで踏み込むかは未知数ですが、それも視野にいれているのかもしれません。そう考えるとなにが背筋がゾッとするサービスです。
もうひとつは、AppleWatchが、「Apple Watch」「Apple Watch SPORT」「Apple Watch EDITION」3モデルを登場させ、それぞれが38mmと42mmの2つのサイズが選べ、しかもベルトもバリエーションを持たせてきたことは、アップルの本気度を十分に感じさせます。
スマートウォッチをモノとしてみれば、市場がほんとうにどれくらい広がるのかは未知数ですが、あえてアップルが遅れてでもやってきたのは、特別な意図があるからだと疑ってみたくなります。
想像できるのは、やはりビッグデータです。人の健康状態などを計測しデータ化していけば、やがては病院とネットワークで結んだり、他のヘルス分野に進出することも視野に入れているのかもしれません。
スマートフォンの出荷台数のシェアで見れば、IDCの調査では、2014年の第2四半期に、サムスンは前年同期の32.3%から25.2%へと大きく後退し、またアップルも12.4%から11.9%にじりじりとシェアを落し続けています。
しかしアップルの強さは、ハードの出荷台数のシェアだけで見ると見誤ってしまいます。昨年にはすでに、アップルのiCloudユーザー数は3億人に達したという記事がありました。
アップルの戦略はハードを売ることよりも、アップルの経済圏にどれだけ人びとを囲い込むかに照準が当てられています。電子書籍販売や、音楽コンテンツの販売ではアップルも躓いているとはいえ、AppStoreの売上は順調に伸びてきており、さらに決済やヘルス分野に、その経済圏を広げようというのです。今回の発表はそれを十分に感じさせるイベントだったのではないでしょうか。
(2014年9月11日「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載)