ひとり親支援を続けてきた、認定NPO法人フローレンスの駒崎です。最近、ショックな事件がありました。
先月、長崎県諫早市の野中千晶さん(28歳)が、元夫(30歳)に2歳の息子を面会させるために出かけ、元夫に刺殺されるという痛ましい事件が起きました。
長崎女性刺殺:被害女性、子ども面会、長崎県諫早署に伝える- 産経新聞
元夫は、その後、男児がいた自身の自宅で首をつって死亡しており、自殺した可能性が高いとして捜査が続いています。子どもにとっては、父親に母親を殺され、父親も失ったのです。
なぜ、ストーカー的な夫に子どもを会わせなくてはならなかったのか。それは離婚時に、子どもを引き取った親が元配偶者に子どもを会わせる「面会交流」の取り決めがあったからです。
【面会交流とは何か】
面会交流とは、離婚後又は別居中に子どもを養育・監護していない方の親が子どもと面会等を行うことです。
例えば母親が離婚後に子どもを引き取った場合、子どもに会いたい父親のために、また子どもが父親に会いたい場合もあるので、裁判所が調停して、設定されます。
でも、今回みたいにストーカー的な夫だったら、夫が会いたいと言っても、会ったら危ないなら拒否すべきですよね。
それが、できないんです。
現在、家庭裁判所は「面会交流を原則行う」というスタンスになっているためです。
【面会交流の事実上強制】
なんでそんな馬鹿げたことを?と思われるかもしれません。
しかし、裁判所はこう考えています。
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「父母が離婚又は別居しても、子にとっては親であることは変わりはなく、非監護親からの愛情も感じられることが子の健全な成長のために重要である。
面会交流が実現することで、離婚や別居による子の悲しみや喪失感が軽減されることが期待できる。
そして民法改正の立法の経緯においても、子の養育・健全な成長の面からも、一般的には親との接触が継続することが望ましく、可能な限り家庭裁判所は親子の面会ができるように努めることが民法766条の意図するところとされている」
(出典:第6回 面会交流の調停・審判事件の審理 水野有子・中野晴行)
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裁判所と民法の意図することも分からないではないですが、あくまでも一般論としてはそう、ということに過ぎません。
モラルハラスメントやDVが疑われるケース(「高葛藤」という表現が用いられます)の場合、父母は強く対立し合っていますし、そういうケースの場合は、別れた父親(もしくは母親)に会わない方が、子どもの健全な成長に資することはいくらでもあります。
さらに、「民法766条の意図するところとされている」としていますが、民法766条(http://bit.ly/2llVWbW)には、このようにしか書いていません。
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第766条
1. 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2. 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める
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「面会交流は協議で定める。その場合は、子どもの利益を最優先しよう」と言っているだけで、「面会交流は子どもの利益だから最優先です」とは言っていないのです。
しかし、裁判所の中ではいつの間にかそれがすり替わってしまい、面会交流を原則的に推進しているのです。
証拠に、東京裁判所の裁判官だった細矢郁氏も、自らの論文で語っています。
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「東京家裁においては、以上(民法766条等)を踏まえ、子の福祉の観点から面会交流を禁止・制限すべき自由が認められない限り、(中略)面会交流の円滑な実施に向けて審理・調整を進めることを基本方針としている(中略)
このような面会交流事件の審理に関する基本方針は、現在の家庭裁判所の実務において広く共有されているものと思われる」(出典:「面会交流が争点となる調停事件の実情及び審理の在り方」細谷・進藤・野田・宮崎)
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そして、長崎で裁判所から面会を強制された母親は、ストーカーの夫に、刺し殺されたのです。
【海外で多発する、「面会交流に殺される」ケース】
このような離婚後の親子の「面会交流」の場での暴力・殺害事件は、実は米国、オーストラリア、イギリス、カナダなどでは決して珍しい事件ではありません。
例えば、2006年に離婚後の親子の面会交流を促進する立法を行ったオーストラリアでは、裁判所命令により実施した面会交流の場で、4歳の女の子、ダーシー・フリーマンちゃんが実の父親によって、橋から投げ落とされ殺害されました。
その動機は、「母親を苦しめたかったから」、そして、「妻に復讐したかったから」。この動機はフリーマン裁判の陪審員にも認定されています。
母親は、約2年間にわたり、父親の危険性について、裁判所や警察、医師に訴えていたにも関わらず、このような悲惨な事件を防ぐことはできませんでした。
フリーマン事件は全豪に衝撃を与え、当時の首相も哀悼の意を表し、国民運動が展開されました。
当時の政府が主導して、親が子どもに会う権利よりも、子の安全と福祉を最優先する趣旨の法改正が進められました。議会等の議論を経て、2011年には法律が改定されました。
しかし、残念ながら当初案よりも後退し、ダーシーちゃんのような悲劇を防止するには不十分との指摘が専門家からもなされています。
カナダでも同様の事件が多く発生し、広く報道されています。
アメリカではあまりに同様の事件の数が多く、メディアもとても追いきれない状況ですが、法廷命令による面会交流がらみの殺人事件が毎年、約70件も起きています。
1件の事件で一度に3人の子どもが父親に殺害された事件もあり、被害者の人数は実際にはもっと多く、内訳は父親による子殺しがほとんどです。
このように、裁判所命令による面会交流の場での、父親による母子殺しは、米国、オーストラリア、イギリス、カナダ等において頻繁に起きているのが現状です。
【DVが離婚後も続く】
離婚後も両親が子育てに責任を持ち頻繁に子どもに関わることで、子の健全な成長に資するケースももちろんあります。大半は、面会交流をしても良いケースでしょう。
しかし、どの社会にも家庭内暴力(DV)や虐待加害者は、確実に存在します。米国を例に取ると、ほぼ毎年1,300件にも上るDV傷害事件(新聞報道された事件のみ)が発生しています。
暴力に苦しみ、さらなる危険を察知して逃げ出してきた親子(多くの場合は、母子)にとって、離婚後も継続的に暴力的な片親との交流を強いられることは大きな負担であり、最悪の場合には命の危険を意味するということを、司法は、いや社会はもっと理解しなくてはなりません。
【「DVされても逃げちゃダメ」法案が提出予定】
さて、こんな深刻な面会交流の問題ですが、日本でも現状よりも更に、とんでもないことになろうとしています。
現在、「親子断絶防止法案」(http://bit.ly/2lvAhiJ)が、自民党の馳議員、保岡議員を中心として、今国会での成立を目指して準備されています。
この「親子断絶防止法案」では、8条で子連れ別居を実質的にソフトに禁止し、離婚後も親子の交流を原則的に義務づける法案となっています。
簡単に言うと「離婚の時に、子どもを連れて逃げちゃダメだよ。わかったかな?」という法案です。
これは、例えばDV被害者にとっては、死刑宣告を意味します。
さらに、「面会交流は原則的にしようね」(目的・第7条)とだめ押しです。
今でも面会交流は原則実施ですので、それを強化しようということですね。人は死んでいますが。
この法案が通ると、諸外国の経験から明らかなように、面会交流での殺人は増えていくことが強く懸念されます。
長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、面会交流の原則実施を掲げる家庭裁判所と、馬鹿げた「親子断絶防止法」案に反対の声をあげなくてはならないような気がするのですが、全国の皆さん、いかがでしょうか?
*親子断絶防止法を推進している議員の方々
・馳浩 自民党衆議院議員
TEL(代表)03-3581-5111(内線50812)
・保岡興治 自民党衆議院議員
(2017年3月2日「駒崎弘樹公式サイト」より転載)