なぜ東北に医学部新設?キーポイントは東京の医学教育〜医師不足には私立・国公立の学費の議論を〜

医師不足は日本全国で問題になっているはずなのに、なぜ、東北に限って医学部を新設する必要があるのか。私はまず、日本の医師の数を調べた。

昨年11月に下村博文・文科大臣が東北に医学部を新設する方針を表明した。医学部新設の機運が高まっている。

「医師が不足している。偏在している。医学部の新設が必要か否か。」そうした議論は私も耳にしたことはある。しかし、実際どの位不足し偏在しているのか、私にはよくわからない。

私は福岡市出身だ。福岡県は医師に恵まれている印象があるが、九州でみると医師不足は問題になっている。芸人のはなわの歌で田舎として有名になった佐賀県では、地域医療支援センターを新設するなど、医師不足の解消に取り組んでいると聞く。「どげんかせんといかん」の宮崎県も県の中心部に医師が集中し、医師不足に悩まされている。

医師不足は日本全国で問題になっているはずなのに、なぜ、東北に限って医学部を新設する必要があるのか。私はまず、日本の医師の数を調べた(1)。

世界的に見て、国の経済力・高齢化の進行などの医療のニーズの増加に対して、日本は医師の絶対数が少ない。日本の人口10万人あたりの医師数は237人。人口あたりの医師数が同じような国として、世界ではメキシコやポーランドが挙げられる 。これらの国の1人あたりのGDPはそれぞれ日本の4分の1程度だ(3)。また高齢化率は日本22.7%、メキシコ6.3%、ポーランド13.6%(4)と日本が突出している。

さらに、日本は医師の偏在も著しい。図1は、各都道府県の人口10万人あたりの医師数を示す。暖色が多く、寒色が少ない県だ。医師の分布は東京都を除き、極端な「西高東低」だ。

例えば九州は福岡県(298人)だけでなく、佐賀県(260人)、大分県(265人)、熊本県(277人)と全国平均よりも軒並み高い。中四国も同様だ。対して東日本は全体的に低い。

意外なのは、大都会と思われている関東が少ないことだ。茨城県(174人)、千葉県(178人)、埼玉県(154人)と全国平均を大きく下回る。

「病気になったら東京に行くから、関東は医師が不足しても大丈夫だ」という人もいる。ところが、関東を平均しても225人と全国平均を下回る。今後、この地域で団塊世代が高齢化するのだから、事態は深刻だ。

なぜ、こんな差が出来たのだろうか。次に各地域の医師の養成数を調べた。

図2は出身高校の所在地をもとに医学部に進学した数を18歳1,000人あたりの数で示したものだ(5)。全国では1,000人あたり7.2人が医学部に進学している(6)。

医学部進学者も西高東低だ。西日本では地方と呼ばれる県でも医学部進学者が多い。九州で人口が最も少ない佐賀県は18歳1,000人中13人が医学部に進学している(7)さらに、全国で人口が最も少ない鳥取県でも全国の平均を上回り、1,000人中7.6人が進学している(8)。

東日本は東京を除き、軒並み少ない。特に東北は中核都市である宮城県でも1,000人中5.5人と少ない(9)。

佐賀県には福岡県から高校へ通っている人もいるだろう、など県毎の事情もあるだろうが、総じて西日本は進学割合が高い。どうやら、医学部進学には地域格差があるようだ。

次に大学医学部の入学枠を考える。図3は大学の医学部定員数を、各都道府県の18歳人口1,000人あたりの数で表したものだ(10)。全国では1,000人あたり7.42人が医学部に進学出来る。都道府県別にみると埼玉県(1.79人)、千葉県(2.16人)など関東圏が少ない。また、静岡県(3.23人)、長野県(5.49人)、愛知県(6.03人)などの中部地区も少ない。一方、鳥取県(17.95人)、島根県(14.79人)など西日本の県は多い。進学数では少なかった東北も、医学部の定員数では宮城県・福島県以外全国平均を上回っている

医学部の入学枠を国公立大学に限定してみた。その結果を図4に示す。岩手県・栃木県・埼玉県の3県は国公立医学部がない。福島県・神奈川県・奈良県・和歌山県には国立大学の医学部がない。九州・中四国の全県に国立の医学部があるのと対照的だ。

関東は日本で最も人口が集中し、受験層も多いにも関わらず、国公立の医学部数が少ない。東京にある13の医学部のうち11は私立の医学部である。関東全体で考えると1000人中1.8人しか、国公立大学に進学出来ない。東京には塾・予備校が集まり、教育に熱心なイメージをお持ちの方もいるだろうが、東京から国公立の医学部に進学するのは至難の業だ。

医学部志望の学生にとって国公立大学の存在は重要だ。私立と国公立では学費が異なるからである。

国立大学に進学する場合、年間の学費は他の学部と同じく約50万。6年間の学納金は350万程度である。一方、私立大学は安いと言われる慶應義塾大学でも年間で約356万円、6年間で約2156万円を納めなければならない(11)。

日本の40歳代の世帯あたりの平均所得は678万円である(12)。平成22年の厚労省の調査では、1000万円以上の所得の世帯数は全体の12%に過ぎない。普通の家庭に生まれた高校生は、私立大学医学部に進学するのは難しい。普通の家庭に生まれた関東の高校生が、医師になりたい場合、地方の国公立大学に進むことも選択肢にいれなければならない。

現に、平成24年度のデータでは東北地方の医学部入学者のうち22%(13)が関東・信越地方からの入学者だった。一方、九州では九州以外からの進学者は全体の5%に過ぎない(14)。国公立大学の所在は学生の入学時の移動に影響していると言えるだろう。

西日本では地元の高校生が地元の大学に進学している。医師となっても、地元で働くことが多いだろう。

一方、他の地域からの流入が多い東北では医学生教育が地域の医師数の増加には結びつきにくい。関東から東北へ進学した学生は卒業後再び関東に戻るからだ。東北の医学部の枠に関東からの入学者が多ければ、東北の医師の養成が上手くいかないだろう。

日本の医師数は「西高東低」である。確かに東北は医師の数を増やす必要があり、医学部新設はその解決の一つの手段となる。しかし、医師不足を解消するためには、東北に医学部を新設するだけでは不十分だ。東北に定着する医師を増やすには地元出身の医学生を増やす、卒業生を地元で就職させる働きかけが必要になる。その仕組みを考える際には関東地方の問題を併せて考えねばならない。

関東には国公立大学が少なく、学生にとっては機会の不平等が起こっている。そのため、東北の医学部に関東からの流入が多い。この際、関東での医師養成数を増やすことも議論すべきだろう。同時に授業料負担についても考えねばならない。自治医大の様に在学中は学費を貸与する仕組みなど、参考になるかもしれない。

注目記事