番組内容が中立でなければ放送局に対して「電波停止」を命じることができる
と言い切った
高市早苗総務相の「電波停止」発言。
最初は2月8日の発言だったが、それを皮切りに先週はたびたび彼女の発言がニュースとして報道された。
放送法4条にある「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」を根拠にして、総務相が電波法76条を元に放送局に対して電波の停止命令を出せるのかどうか。このことは長い間、政権あるいは総務省(以前は郵政省)と政府・与党の見解と、憲法学者やメディア研究者、放送会社、民放連、BPOなどの見解が対立してきた。
簡単にいえば、政府あるいは与党の自民党は戦後まもない時期を除いて、もし番組の内容が政治的に中立といえない場合などに「放送法4条を根拠として」放送法違反だと認定し、放送法違反の場合には電波停止命令を出せるとする電波法76条で「電波停止」を命じることができると主張してきた。
特に1993年の椿事件以降、そうした解釈を前面に押し出すようになってきて最近の安倍政権でこの解釈がことあるごとに強調されるようになった。
一方、多くの憲法学者やメディア研究者、放送会社や民放連、BPOは、放送法4条はあくまで法的拘束力を持たない「倫理規範」だとして、放送法4条と電波法76条を結びつける解釈を批判してきた歴史的な経緯がある。
この問題はいささか専門的でもあるので、おおいに議論すればいい。
高市総務相は2月8日に衆議院予算委でこの発言をした後、9日には閣議後の記者会見でもこの問題に触れて発言。同日の予算委でも同様の発言を繰り返した。さらに12日には、高市総務相の主張を政府全体のものだとする「統一見解」が発表された。
私が気になったのは、今回の高市発言をニュースでテレビ局がどう報道したのか。だ。
NHKはメインのニュース番組である「ニュース7」「ニュースウォッチ9」で2月8日も9日も12日もまったく報道せず。
放送局の存立にかかわる重大なニュースを露骨に無視したかのように報道しなかった。
他方、民放各社はフジや日テレも含めてニュースのなかで短く報道はした。
しかし、程度の差こそあれ、高市総務相がこう発言した、という情報を流すだけでこのニュースが持つ意味や影響などについて解説をしようとするものはほんの数えるほどしかなかった。
新聞やネットなどで「電波停止」発言が大きく報道され、「報道の萎縮」につながるのではないか、と懸念が広がっているのに当の放送局自身がこの問題を取り上げない。あるいは、取り上げても断片的に放送するだけでは視聴者には、何も伝わらないに等しい。
2月12日(金)、政府が「統一見解」を示した夜のテレビ朝日『報道ステーション』
この日のゲストコメンテーターは慶応大学教授で元総務相の片山善博氏だった。
「政府が統一見解を提出」。どういう場合に電波を止めるかでは「政治的公平と認められない例」として「国論を2分するような政治課題について、一方の意見のみを繰り返し放送するような場合」などとする政府見解についての説明があった後で片山氏が発言した。
「ちょっと議論がゆがんでいると思う。放送法は大事な法律で、放送の自律、セルフコントロール、それと表現の自由をちゃんと守るための。
それは戦前の大本営発表。それを垂れ流したことへの反省です。ですから権力からの自由を保障するための法律なんです。そのために番組編集については何人からも干渉を受けないということを保障している。
ただし、それは独りよがりになってはいけない。セルフコントロール、自戒。自らを戒めるルールがある。
それは例えば、善良な風俗を侵さないとか、政治的な公平であるとか、報道は事実を曲げてはいけない、とか、これは自らを守る規律です。それでもまだ独りよがりになる可能性があるので、そこで法律上各放送局は番組審議会を設けて外部の人を入れてチェックしてもらうということをやっているし、なおかつBPOを作ってさらにチェックしていきましょうということを自主的にやっている。ですから国家権力がどうこうという話では本来はない。
そもそも政治的中立性について、大臣も政治家で政治的な存在ですから。そもそも政党とか大臣は政治的。それはしょうがない。その人たちが政治的中立性をうんぬんするのが本来、おかしい。
もし政治的中立性を、というのであれば、かつての電波監理委員会のような第三者委員会でもって、客観的公平的にそれ(放送)を見ていくと・・・。これは諸外国でやっていますけど、そういう仕掛けが必要だと思います」
古舘伊知郎キャスター
「電波監理委員会のようなものに戻すというのは一つの考え方ですね」
片山
「そうです。これが本来あってもよかったと思うが、戦後なくしてしまった。郵政大臣、今は総務大臣がやっていますけど、これを本来戻す、というのも手法だと思う」
古舘
「政権の考え方に添うような、喜ぶような放送することが政治的公平性だとは到底、思えません」
片山
「そうです」
2月13日(土)のTBSの『報道特集』。
スタジオ部分の冒頭で金平茂紀キャスターは「電波停止」発言についてコメントした。よほどの危機感だったのだろう。金平氏は元々TBSの社員記者で現在はTBSテレビの執行役員という立場だ。そういう、会社にどっぷり所属する人間が一ジャーナリストとして見解を述べるのはとても勇気がいることだ。
「こんばんは。『報道特集』です。高市総務大臣が国会でテレビ局の電波停止の可能性に言及しました。『表現の自由』の確保をうたった放送法の精神をどこまで理解しようとしているのか疑問の声が上がっています。
こんな脅しのような発言が大臣から出ること自体、時代が悪い方向へ向かっていることの証しではいでしょうか」
2月14日(日)のTBS「サンデーモーニング」。
高市総務相のこの発言をめぐる国会での質疑などがVTRで放映された後で、司会者の関口宏がこう言った。
「なんでこんなに神経質にならなきゃいけないのかなあ。そこが私には非常に不思議なところ・・・」
スタジオでは専修大学の山田健太教授の解説を「放送法は(戦後に)放送の民主化のために作られた放送の自由を保障する法律」「倫理規範であって法的拘束力はない」とボードに貼り付けてアナウンサーが説明した。
フジテレビ出身で中央大学教授の目加田説子さんがこう語った。
「表現の自由は憲法で認められている。それに政治権力が介入するのは憲法違反ですし、だからといって放送事業者が好き勝手にできるのかというと、できない。そこは公平性や公共性というものをきちんと尊重しないといけないのは言うまでもない。
先進国でその他の国は放送事業者に対して、自律的に公平性、公共性をきちんと担保するように促し、さらに市民の監視の目を入れている。
つまり、政府が介入するのではなく、それは自律的に事業者がさまざまな形で透明性を担保するという努力をしている。
そもそも電波は国民の共有財産。だから政府や時の政権の所有物ではないので
国民の公共の利益にどういうふうに資するのかを第一義に考えなければいけない。」
関口宏・司会者
「その電波を貸してあげて、あんたら商売している・・・。(だから)逆らうようなことは困りますよと・・・。なんかそういう考え方はちょっと違うなあと」
岸井成格コメンテーター(元毎日新聞記者)
「私はそうした高市発言は看過できないと思っている。
どうも政府批判、権力批判されることが偏向報道という思い込みがあるのではないですかね。
そういう意味では放送法の理想とか目的というのは、つまり権力から独立して言論、表現の自由をあくまで守っていこうじゃないか、その努力を放送局もしてほしい、というのが放送法。
そういう意味では行政指導がある、あるいは番組を止めちゃうなんてのはありえないし、あってはならないこと。
なんでそんなに神経質になるのか。
私の見るところ、去年の安保法制に対する反対のデモや集会がずっとあって、非常に厳しい(法律の)成立過程だった。あれを今度、参議院選挙前にやられたくないんですよ。だから安保法制反対のようなことをやってほしくない、というのを背景として私は感じます。この1年見ていると」
関口宏・司会者
「なんかこう、空気おかしいかな、という思いがしましたね」
「報道ステーション」、「報道特集」、「サンデーモーニング」は、それぞれ首相周辺の政治家や論客たちから「偏っている」という批判をたびたび受けている番組でもある。
しかし、今回の「電波停止」発言のような重大な事態にあって、まったく報道しないNHKは「偏っていない」のか?
あるいは
解説しないと何が何だかわかりにくい放送法の問題を解説せずに高市大臣がこう言ったなどの短いニュースを流すだけでスタジオでの解説をいっさいしない民放のニュース番組はどうか?
そういう逃げの姿勢の放送が圧倒的に多いことを考えると、番組のなかで解説しようとするだけで「偏向」だと呼ばれかねない今は実に困難な時代になったものだと感じる。また困難さのなかで視聴者にこの問題が持つ意味を伝えようとする報道関係者の覚悟は、貴重だしその重さを受け止めながらテレビの報道番組の現在を見つめている。
この「電波停止」について、政府の見解の他に放送法の多数派の学者の解釈などを加えて解説すること、それは「偏向」なのだろうか。
こういう大事なテーマをいっさい報道しないとか、あるいは伝えても、断片的に伝えるだけでいっさい解説しないという報道は「偏向していない」のだろうか。
もちろん、そもそも伝えないのだから、偏向という批判を受けようもない、という解釈で伝えないのだろう。
それをきちんと伝えないのは視聴者への裏切りのようなものではないかと思う。
(2016年2月17日 「Yahoo!ニュース個人(水島宏明)」より転載)