歴史的な白黒(モノクロ)の映像に「色」がつくだけでこんなに身近に感じられるのか。
単にリアルなだけでない。
遠い彼方だと感じていた「過去」が、私たちが生きている「現在」とつながってくる。
震災や戦争は大量に人が死ぬことだいうリアリティは、カラーになると、とたんに説得力を増す。
NHKのETVで放送された番組を見てそう感じた。
3月22日(土)に放送された以下の番組だ。
■「ETV特集 よみがえる色彩 ~ 激動の20世紀 アーカイブ映像の可能性 ~」
【再放送】2014年3月29日(土)午前0時45分(金曜日の深夜)
激動の20世紀は、出来事の多くが初めて映像に記録された「映像の世紀」と呼ばれ、さまざまな地域に膨大な映像が残された時代です。しかし、その多くを占める白黒の映像は、見る人に、出来事が「過去」のもので、「自分と関わりがない」と感じさせやすいとも言われています。
その意識をくつがえしたのが「白黒映像のカラー化」です。2009年、ヨーロッパで制作され、日本を含む世界の165か国で大きな反響を呼んだ番組「アポカリプス(邦題:カラーでよみがえる第二次世界大戦)」は、ナチスドイツの旗の赤から、日本兵が苦しんだジャングルの緑に至るまで、綿密な考証に基づいて当時の色彩を再現。第二次世界大戦の世界が、感触や奥行きを取り戻し、私たちの前に立ち現れました。
そして、現在NHKでは、フランスの制作会社の協力を得て、世界一の大都市・東京に関わる白黒映像をカラー化し、東京の100年を復元する番組を制作中です(2014年秋、放送予定)。 そこでETV特集では、色彩を復元するための最新のデジタル技術や、フランス人スタッフの試行錯誤、色彩がよみがえった東京の映像の一部を紹介します。さらに、ヨーロッパで続々と制作されるカラー化した番組を2本紹介し、その魅力を堪能しながら、白黒のアーカイブ映像の色彩を復元する意味について考えます。
映像のデジタル技術の進化で、かつては手作業だった白黒映像の「カラー化」は、カラー写真や色などの資料をちゃんと集めればコンピューターによって、かなり正確に出来るようになっている。特にフランスはそうした技術が進んでいるという。
番組では、まずフランスのテレビ局が第2次大戦の白黒映像を最新技術で「カラー化」させた、「アポカリプス」(2009年)という番組が登場する。敬礼するヒトラーの姿も、万歳する日本兵の姿も、爆発の瞬間も、火災の映像も、「カラー化」されてお目見えする。
ニューギニアを進軍する日本兵の映像も、カーキ色の軍服や肌の色、背景にある熱帯雨林の緑などが再現されたとたん、見ている私たちと「同じ人間」として認識され、戦争によって命を落とし地面に横たわる犠牲者たちも洋服の色や血の色もあることで、より身近に感じられる。
復元作業に携わっているフランス人の技術者はこう言う。
「モノクロ映像では遠い過去で出来事のように感じてしまいますが、それをカラー化するととてもリアルに感じられます。映像に映っているのは我々と同じように生きている人間なのです。」
1920年代のパリの映像に色がついたとたん、我々が観光でよく知るエッフェル塔やセーヌ川、モンマルトルなどが背景になって、当時の人間たちが生き生きとした表情を見せる。
1923年の関東大震災と1945年の東京大空襲。当時の人たちのすすけた顔の肌の色。着ている服の色。それが分かるカラーで登場することで見ている側に迫ってくる「力」は予想以上だ。
戦争に突入する前の昭和初期の東京・銀座を歩く女性たちのワンピースの色の鮮やかさ。
それは今の銀座の姿にも通じる鮮やかさだ。
2011年にフランスで放送された「アポカリプス・ヒトラー」という番組は、ヒトラーの白黒映像をカラー化したものだ。
色がついたヒトラーは、とたんに「歴史上の人」という彼方から、20世紀という「現代」を生きていた人物として身近な存在になる。
軍の手先として政治組織に潜入した頃のヒトラーがデモの様子をうかがっているような間抜けな映像も登場する。
「茶」で統一したナチス親衛隊のシャツ姿。
その腕の「赤」の腕章。
「赤」のナチの旗。
その真ん中にあるカギ十字の「黒」のマーク。
それらが鮮やかさに浮かび上がる。
ヒトラーの空からの遊説、アクション付きのシンプルな言葉による演説。
赤い旗が立ち並ぶ集団行進。
その迫力。
一糸乱れない一種の崇高な美しさ。
当時の人たちが酔っている様子がリアルに分かる。
当時のドイツ人の上流階級が娯楽を楽しむ様子もカラー映像で描かれ、それぞれの人たちが私的な生活をも楽しみながら、気がつけばヒトラーの台頭を許していた、という時代状況が伝わってくる。
ヒトラーが国民に対して演説で「勇敢さ」と「平和を愛すること」の両方を求めているシーンなど、まさに今の時代とも陸続きに感じられる。
白黒映像では今とははるかに遠い「過去」だと思っていた出来事が、カラー化で身近な時代として、ほんの数年前の出来事のように迫ってくる。
こうして見てみると、次第に立ち現れてくるのは、「過去」と「現代」との共通点だ。
ヒトラーの時代も、日本の戦前や戦中の軍国主義の時代も、そして現在も同じようにアリルな人間たちが生きていて、いろいろな欲望を持って私生活を送り、互いに「陸続き」であることが実感として伝わってくる。
カラー化は、白黒の過去とカラーの現代を分断されている、私たちの時代の認識を、「陸続き」にする効果があるのだ。
この効果は、突き詰めていけば、いろいろな可能性につながってくるかもしれない。
たとえば、原爆投下の直後にアメリカ側が撮影した広島や長崎の映像なども「カラー化」できれば、「核兵器」が持つ残酷さを日本だけでなく、加害国であるアメリカにも伝えることができるだろう。
現在、各地で被爆体験についてのマンガ「はだしのゲン」を子どもに読ませるかどうか議論になっている。
しかし、カラー化された映像で、「はだしのゲン」以上に、リアルに原爆や戦争というものを伝えられる可能性も広がってくる。
戦争体験が風化し、そのリアリティが伝わりにくい時代だ。
空疎な勇ましい主張も目立つ昨今、「カラー化された過去映像」はリアリティを取り戻す切り札になるかもしれない。
「カラー化」には、戦争や全体主義を抑止する効果もあるのかもしれない。
NHKは、「東京」の100年間の映像を色をつけて甦らせた番組を今年の秋に放送する予定だという。
たかが「色」とあなどるなかれ。
色がつくだけで、白黒でしか知らなかった場面や人物がこれほど身近に感じられるものかと自分でも驚くほどだった。
過去の映像の「カラー化」が、人々の歴史認識を変える時代がやがて来ようとしている。
(2014年3月26日「Yahoo!個人」より転載)