NHK『おはよう日本』の"歴史認識"特集を高く評価する!

NHKの『おはよう日本』の6月5日(金)のニュースは慎重でありながら、かつ、伝えるべきことは伝えよう、という意思を感じさせるニュース特集だった。
NHK

「きっとこの時期に放送することについて、番組の関係者は、普段の10倍くらい慎重に検討を重ねたに違いない」

そう思えるほど、慎重でありながら、かつ、伝えるべきことは伝えよう、という意思を感じさせるニュース特集だった。

NHKの朝ニュース『おはよう日本』が6月5日(金)の朝7時26分から放送した"歴史認識"をめぐる一連のニュースについてだ。

このニュースの肝心な部分は、5月上旬に欧米の知日派の学者たちが日本の歴史認識についてそろって出した「日本の歴史家を支持する声明」だった。慰安婦に関する"認識"などをめぐり、日本や韓国などの国内世論の現状を憂いている。

「声明」の中身については後で触れるが、1ヶ月も前に出た「声明」について全国放送のニュース番組であえて取り上げるには、それなりに納得性がある理由やニュースの自然な流れが必要だ。そうでなければ「偏向」などと批判されかねない。

この日、『おはよう日本』は「3段構え」で"歴史認識"を伝えた。

まず、第1弾。

"歴史認識"をめぐる報道の冒頭で「米政府高官ら "歴史認識めぐる日韓の対立懸念"」

というニュースだった。見事な導入だった。

韓国のパク・クネ大統領が6月14日から訪米するのを前に、米政府の高官や元高官が参加したシンポジウムが開かれ、そこで米政府のラッセル国務次官補が歴史認識をめぐる日本と韓国の対立に懸念を表明したとの内容だ。

キャンベル前国務次官補は、従軍慰安婦問題について、「法的な制度や言葉だけではなく、日本の人々と政治指導者たちが思いやりを持って関与してほしい」と述べた。

またアーミテージ元国務副長官は「歴史認識についての歴代内閣の立場を全体的に引き継ぐとしている安倍総理大臣に韓国側が歩み寄るべきだ」という考えを示した、という。

"歴史認識"をめぐって対立する日韓を米政府関係者が重大視していることを伝えた上で、

第2弾でいよいよ本丸である「声明」を紹介する。

「国際的にも関心が高まっている日本の歴史認識、そんななかで1つの声明文が注目を集めています」

とアナウンサーがつないで、先月初め、欧米の日本研究者たちが連名で発表した「声明」についての説明になる。

「声明」が、従軍慰安婦について"偏見のない清算を"呼びかけているとし、賛同する研究者が発表当初の187人から450人を超えるまで広がっている現状を伝えた。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ボーゲル、『敗北を抱きしめて』のジョン・ダワーら有名な研究者も加わっている。

第2弾のVTRは、

「"歴史認識"声明が問いかけるものは」という見出し

「日本の歴史家を支持する声明」の内容にくわしく触れている。

「戦後70年の日本の歩みは世界の祝福を受けるには、従軍慰安婦などの"歴史認識"問題が妨げになっている」

と指摘し、

「この(慰安婦)問題は日本だけでなく韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりゆがめられてきた」

という記述などを紹介した。

「しかし同時に彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません」

として

「過去の過ちについて可能な限り全体的で、できうる限り偏見なき清算」

することを呼びかけたものだと説明した。

記者たちは、呼びかけ人の一人である米コネチカット大学のアレクシス・ダデン教授にインタビューした。

「歴史問題と向き合うのは将来のため」「私たちは20世紀の歴史を正確に記録に残す必要がある、21世紀に過去の暴力を繰り返さないため」

とコメントした。

「声明」作成者の一人、ハーバード大のアンドルー・ゴードン教授は、

「歴史評価における偏狭なナショナリズムや言論に対する制限は日本だけの問題ではない」

とし、そのことを声明に盛り込めたと話す。

賛同した研究者たちは、日中韓の3カ国で「異なる意見を認めない雰囲気」が広がっていることを危惧したという。

日本で広がる"ヘイトスピーチ"、在日韓国朝鮮人への差別的な言動。

韓国における日本軍の"蛮行"に対する感情的な対応などを、欧米の研究者たちが懸念しているのがわかる。

ゴードン教授はインタビューで

「攻撃されることなく自由な発言ができるかという点で、今の雰囲気は過去に比べて制限されると感じる」

と話した。

日本人研究者もゴードン教授と親交がある五百旗頭真(いおきべ・まこと)防衛大学校前校長も

「戦争の過去についての自己批判をして、今の普遍的な価値をもって処すべき」

と「声明」を評価する。

一方、「声明」に賛同できないという研究者も登場している。

「日本官憲による組織的な強制連行はなかった」という立場の現代史家・秦郁彦氏だ。

「声明」が

「(慰安婦の数は)永久に正確な数字が確定されることはない」

と記していることに、

「永久にわからないと放り出してしまうのはどうかと思う」

とインタビューで異を唱えている。

朝日新聞の「従軍慰安婦報道」を早くから批判し、昨年の朝日新聞による検証のあり方にも厳しい姿勢を見せた秦氏を登場させたのは、バランス感覚ゆえだろう。

秦氏も含めた、多様な見解を示すという姿勢に徹したものだと思われる。

ゴードン教授は

「希望は、多くの日本人の学者や歴史研究家・市民に話し合ってもらうこと」

だとし、当時国がなんらかの声明を出すことで

「未来志向でありながら過去を率直に見つめ、東アジアの可能性が実るような道を見出すことを願っている」

と締めくくった。

スタジオではアナウンサーが

「ゴードン教授は『自分たちアメリカ人も歴史を完全に振り返ってはいない。過去の歴史問題に向き合うことはどの国にとっても難しいことだ』と話していました」

と、ゴードン教授の話を補足する原稿を読み上げた。

この後で、第3弾。

「東アジアの歴史の研究をめぐっては、日本、中国、韓国の学生たちが参加した新たな取り組みが始まっています」

として、3ヶ国の大学生による近現代史の共同研究を紹介している。

東京外語大の学生と中国、韓国の学生がインターネットで歴史認識についての議論する様子が紹介される。

旧満州地域を3ヶ国が学生が一緒に訪れて交流する予定なども伝えられた。

「声明」を出した欧米の研究者たちの願いが具現化しているような小さな営みを紹介したのだ。

それぞれが偏狭なナショナリズムにとらわれない本来、あるべき姿、というのを示す第3弾だった。

3段構えのニュースの構成も、よく考えられたものだった。

最後にアナウンサーが締めくくった短い文章も十分に練られたものだろう。

「歴史認識の問題は重い課題ですが、異なる立場を尊重しながら、私たち一人ひとりが歴史について考え、少しずつその溝を埋めていくことが大切だと感じます」

7時39分までの、およそ13分間。

「異なる立場を尊重」という言葉。

考えてみれば、ごく当たり前のことかもしれない。

でも、その当たり前のことをテレビで伝えることが難しい時代になっている。

外国人の研究者による「声明」をきっかけにしてでも、愚直に伝えていくしかない、という記者や制作者たちの心境がじんわりと伝わってきた。

こういう放送がたまにはあり、その背後で努力している人たちの汗が想像できるから、テレビがダメになった、偏向している、とか、誰かの言いなりだ、などとひとくくりに批判することが私にはできない。

ニュースは毎日毎日、血が通った人間たちが送り出しているのだ。

(2015年6月5日「Yahoo!ニュース 個人」より転載)

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