(2014年12月24日「ウェブ広告朝日」より転載)
電通で新聞やデジタル部門が長く、日本のインターネット黎明(れいめい)期にヤフージャパンの立ち上げなどに携わり、メディアレップ「サイバー・コミュニケーションズ(cci)」の社長も務めた長澤秀行氏。2014年5月にメディア関係者28人へのインタビューをもとに『メディアの苦悩』を光文社新書より出版した。マスメディア、デジタルメディアの双方に詳しい長澤氏に「メディアビジネスの今後」について聞いた。
■「スマホでニュース」がトレンド コンテンツ力に脚光
――2014年を振り返って、メディアをめぐるトピックを聞かせてください。
2014年は、3つの大きなトピックがありました。
まず、スマートフォン(スマホ)の急速な普及による情報流通革命です。スマホ用に最適化されたサイトやアプリが当たり前になり、今までより情報をたやすく手に入れることができるようになりました。スマホでとりあげられた情報がネット上で話題になり、ものすごいスピードで拡散したのが、今年の大きな特徴です。その結果明らかになったのが、「ニュース」というコンテンツが、実はきわめて強力なキラーコンテンツであるということです。
主にパソコン(PC)でネットが使われた時期は、コンテンツを流通させる力の強いヤフージャパンのようなポータルサイトが中心で、ニュース情報といえば、ヤフーニュースモデルの一人勝ちでした。ところがスマホの普及によって、スマートニュース等のようなニュースキュレーションアプリの影響力が急速に高まっています。11月26日にニールセンが発表した調査によると、同種のアプリの利用者数は、1位がスマートニュースの約386万人、2位はグノシーで約299万人、そして3位がヤフーニュースの約187万人という結果です。(あくまでニュース專門アプリベースでの数字ですが)
2つ目のトピックは、2013年に起きた半沢直樹ブームをきっかけに「やっぱり、テレビは強い」と再認識されたことです。これは広告主に大きなインパクトを与えました。いまや、スマホを片手に、テレビを見ることが当たり前の「ダブルスクリーン」時代になっています。といってもむしろスマホの方が、メインスクリーンになっているかもしれません。ドラマ『半沢直樹』は、コンテンツの面白さと、スマホ上でのソーシャルメデイアの持つ拡散力の相乗効果で視聴率40%をたたき出したのだと思います。
そして忘れてはならないのは、KADOKAWAとドワンゴの経営統合です。従来ネットの世界では、コンテンツの制作とディストリビューション(配信)のプレーヤーは分かれていました。ヤフーやグーグルのようなディストリビューションプラットフォームが強く、膨大な数のユーザーにコンテンツを知らしめる力があったからです。しかし、強力な映像コンテンツホルダーであるKADOKAWAとドワンゴの経営統合は、ネットの世界でも、コンテンツホルダーと情報流通を担うディストリビューターが一体になったことを意味します。この結果、ネットコンテンツの「直販体制」が整い、コンテンツホルダーに既存の流通プラットホームを介さないコンテンツ配信モデルが可能になリ閲読データの直接把握等有利な環境がうまれてきた事です。
――こうした現状を踏まえ、2015年にはどのようなことが起こるでしょうか。
今後は、スマホに出稿される広告に注目です。今はまだ、ネット広告のうち、スマホ広告の占める割合は10%にも達していません。これまでのPC広告のようなバナー広告やリスティング広告が、スマホではあまり効果的でないと言われています。これらの広告は企業のオウンドメディア(自社サイトなど)へ誘導する手段でしたが、スマホでは煩わしいものに感じられます。スマホは「バナーをクリックされるかどうか」という評価がつけにくいメディアなのです。LINEのスタンプ広告のようなスマホ独特のプロモーション活用の動きはありますがナショナルクライアントからはまだスマホはマ―ケテイングメデイアツールとして完全に信頼を得ているとは言えないと思います。
そこで私が注目しているのは、ネイティブ広告や動画広告です。
ネイティブ広告は、新聞広告に似ていて、じっくり読んでもらい、読者とのエンゲージメントを深める性質を持ちます。ネイティブ広告や動画広告の熟読度、読了,視聴状況やソーシャルメデイアを通じた拡散率を計測してみると、かなりの確率で読まれ、しかも深く読まれてシュアされていることがわかっています。そこにきちんと「PRやアド」とクレジットを入れて信頼性を担保すれば、ステマでなくコンテンツとしてきちんと読んでもらえるし、読者とのエンゲージもできるんです。メディア上の表現インパクトやブランディング効果に対して広告主からきちりと広告料金をもらえるようになれば、クリック至上主義の続くネット広告の状況は変わってくる可能性があります。私はこの動きでやっとネット広告が新聞広告やテレビ広告に追いついたと考えています。
一方、ネット広告独自の有位性である、データ活用がより盛んになるだろうということです。アドテクノロジーが発達し、ターゲティング広告によって、ネット上のユーザー端末の情報行動データを利活用できるようになりました。その一方で、個人情報をめぐる消費者保護も同時進行で考えなければうざいストーカー広告と評価されかねません。
そこで、ヤフー等JIAAの会員社は12月から、会員社サイトに掲載される行動ターゲテインブバナー広告に「i」マークのアイコンを表示させ、そこからユーザーがターゲテイング広告のしくみやプライバシーポリシーを確認できオプトアウト(行動ターゲティング広告を無効化)できる「JIAAインフォメーションアイコンプロジェクト」を始めました。これはアドテクによるインターネット広告のしくみを可視化してネット広告への消費者理解を深める日本初の自主規制の取り組みです。
■ 新聞社は若者を意識して リブランディングを敢行すべき
――マスメディア、ネットメディア双方の展望を聞かせてください。
明るい展望は、ネットにおいて報道、テレビコンテンツなどの良質なコンテンツに対する需要が高まり、コンテンツの取り合いが起こっていることです。一般的に、ネットの情報は真偽不明で玉石混交だと言われてきました。今は、良質なコンテンツ、それを取りまとめるキュレーションメディア、ディストリビューションするソーシャルメディアがそろいました。これは明るい兆しです。信頼性と取材力において、新聞とテレビはまだ圧倒的に強いです。
マスメディア、特に新聞にとって厳しいのは、なによりも若者の顕著な新聞離れです。既存の仕組みは変えられないと言って、販売網の維持に固執するのか、ネットだけで読む人をより重視して電子版の料金の整備に力を注ぐのか。ここが大きな分かれ目になってくると思います。『メディアの苦悩』でも強調しましたが、紙を購読してくれなくてもいいという考え方にシフトし、学生には電子版の無料IDを配るくらいの施策を行うべきです。今の若者は、紙とネットをセットで4千円も払ってはくれません。若年層を意識した料金体系をつくる決断をしなければ、新聞はシニアメディアになってしまいます。
もちろん、シニアターゲットのメディアへと振り切ってしまう手もあります。しかし、それでは広告の面でいずれ限界が来るでしょう。今、日本企業も、外資系企業もグローバル展開を行っています。新興国を中心に世界で最も購買力があるのは20~30代の消費者です。グローバル企業が、いつも日本市場に特化したシニア向け商品をリリースしてくれるわけではありません。そう考えると、資金力のあるグローバルな広告主ほど国外に活路を見出すようになり、シニアに特化したメディアからは離れてしまうでしょう。今こそデジタルを含めて、新聞広告のリブランディングを考えるべき時だと思います。
――長澤さんが、今注目しているのはどのようなメディアですか。
やはり「スマートニュース」等キュレーションメデイアですね。というより、スマートニュース等がヤフー等とどう競っていくか興味があります。これまで日本のネットのニュース情報はヤフー等の独壇場でしたが、ニュースアプリの隆盛でニュースコンテンツへの需要が高まります。朝日新聞をはじめ、強いコンテンツを持ったメディアが、この対決の力学をどう利用していくのかが気になっています。
もう一つ注目すべきは、LINEが今後どうなっていくのかということです。マーケティングの観点から、LINEはもはや有力なプロモーションメディアになりつつあります。LINEの強さは、実店舗へ人を誘導してくれるところです。これまで「人を動かす」、つまりコンビニなど流通の棚を押さえるのは、テレビのスポットCMの役割でした。これからはそれがLINEが加わる可能性が出てきた。LINEには国内に5千万人のユーザーがいます。だから、店頭の飲料や菓子などにLINEスタンプを付けるなどの施策が盛んに行われているわけです。これは今後、折り込みチラシにも大きな影響を与えるでしょう。
そして最後に押さえておきたいのが、日本テレビのネット動画サービスや「見逃し視聴サービス」に対する取り組みです。同社は、ネット配信で取得できる視聴者データに非常に注目しています。ソーシャルメディアも含めて、ネットメディアに早い段階から取り組んでいる放送局ですね。このようなうごきが単局毎にすすむのかNHKもふくめテレビ局共同事業でいくのか、コンテンツ流通プラットホームとの関係をどう考えるか、新聞各社がインターネットサービスに15年前にのり出した環境と相似の状況があります。ネットでも新聞社間競争を繰り広げるうちに読者はより便利なポータルメデイア等に流がれていきました。テレビネットでもテレビ局間競争を繰り返すのかより大きな競争環境を意識してネットでの事業拡大をはかるのか これは間接的に新聞にも影響をあたえるとおもいます。
――最後に、あらためて新聞に対してメッセージを。
私は、インターネット黎明期に、なぜ新聞社合同のポータルサイトを作らなかったのかと疑問でならないんです。90年代後半、電通のインターネット部門にいて、アサヒ・コム(現朝日新聞デジタル)など各新聞社のサイトの立ち上げに携わりました。あの時、各社が協力してポータルサイトを作ればよかった。そうすれば、他のポータルサイトに読者の閲覧データを握られることも、コンテンツ配信の実権を握られて収益化に苦労することもなかったはずです。それは自分の強い反省点であり「メデイアの苦脳」を書いた動機のひとつです。
スマホ上のコンテンツや広告はまだまだこれからです。30年以上、新聞に関わってきた者としては、コンテンツ力があるうちに、ネット上でしかるべきポジションを再構築してほしいと切に思います。コンテンツへの需要が高まる2015年がおそらく最後の勝負年になるでしょう。