ゲンロンカフェでの対談イベント「井出明×渡邉英徳「悲劇を保存する――チェルノブイリと福島をいかに『アーカイブ』するか」」は明日6月28日(金)夜の開催です。ぜひご参加ください。
前回の記事では、福島における地震・津波による被害の実態について「東日本大震災アーカイブ」に収録された資料を例示しながらお話ししました。今回及び次回の記事では、福島第一原子力発電所事故における放射性ヨウ素汚染の実態を、コンピュータシミュレーションやビッグデータを活用して解き明かそうとする試みについてお話しします。
Project Hayano:放射性ヨウ素拡散シミュレーションのマッシュアップ
放射性物質汚染マップ、放射性セシウムと放射性ヨウ素の違い
「避難指示区域における土壌濃度マップ」を以下に示します。このマップは、原子力規制委員会「放射線モニタリング情報」ウェブサイトに掲載されているものです。
避難指示区域における土壌濃度マップ(出典元)
このマップから、放射性物質が大量に沈着した地帯が、北西部に向けて伸びていることを確認できます。なお、日本原子力研究開発機構(JAEA)の「放射線量等分布マップ拡大サイト」にはインタラクティブに操作可能なコンテンツも掲載されています。
このマップは放射性セシウムの地表面への沈着量を示したものです。セシウム134と137の半減期はそれぞれ約2年と約30年です。従って、原発事故発生から2年以上経過した現在でも、多くの放射性物質が残存しており、航空機などからモニタリングすることができます。
こうしたマップによって「福島第一原発から北西方向に、放射性物質の汚染地帯が広がっている」というイメージが一般に定着しています。
さて、チェルノブイリ原発事故では、主に放射性ヨウ素による被ばくの影響によって、多くの人々が甲状腺がんを発症しました。福島原発事故においても同様の危惧が持たれており、事故発生当時、放射性ヨウ素がどこにどれだけ拡散し、何人が被ばくしたのかについて、実態の解明が求められています。
しかし、放射性ヨウ素の半減期は短く、現在ではその大半が崩壊しています。例えばヨウ素131と133の半減期はそれぞれ8.06日、20.8時間です。現地における事故発生直後の実測事例は乏しく、前述した放射性セシウムによる汚染状況に比べ、放射性ヨウ素による汚染の実態は良く分かっていません。また、事故後の混乱した状況のなか、どこに何人の人が居たのかを把握することは困難です。
東日本大震災ビッグデータワークショップ、早野龍五教授の呼びかけ
2012年秋、グーグル株式会社、 Twitter Japan 株式会社主催のもと「東日本大震災ビッグデータワークショップ」が開催されました。このワークショップでは、震災発生直後にメディア上で発信された情報、歩行者・自動車の移動記録などのビッグデータがパートナー企業から提供され、9月12日~10月28日の期間中、参加した研究者たちによる分析が行われました。
私はこのワークショップ期間中に、早野龍五教授(東京大学)によって推進された「Project Hayano」に、マッシュアップ・インターフェイスデザイン担当として参加し「放射性ヨウ素拡散シミュレーションのマッシュアップ」を制作しました。また独自プロジェクトとして「マスメディア空白域の可視化マップ」も制作していますが、今回及び次回の記事では前者について説明します。
ワークショップのキックオフ・ミーティングの懇親会において、早野さんから参加者に向けて、ある呼びかけがなされました。早野さん作成のGoogleドキュメントに書かれた、ワークショップ開始当初の主旨を以下に転載します。
プロジェクト概要:
原発から放出されたヨウ素のプルームのシミュレーション及びSPEEDIのデータと、今回提供されるデータをかけあわせた分析を行い、次の災害に備える
目的:
1.事故直後,特に原発北西部と浜通りが汚染された3月15~16日の、放射性ヨウ素による住民の被ばく量を推定したい。
2.SPEEDIの情報を、次の災害の時にどうやって活用すればよいかを考えたい。
このプロジェクトは事務局の山崎富美さんによって「Project Hayano」と名付けられました。
私は早野さんについて、放射線被ばくについての知識を人々に分かりやすいかたちでTwitterを用いて発信してきたこと、放射線量の計測活動をボランタリーに継続してきたことを知っていました。これらの活動については「ほぼ日刊イトイ新聞」の対談記事などで知ることができます。
とはいえ私自身は、早野さんと直接の面識がありません。また所用で懇親会も中座したため、この呼びかけを直接耳にしてはいません。しかし、参加者のメーリングリストで流れてきた内容を目にして、何かできるはずだ、自分も力になれるはずだと直観し、すぐに「Project Hayano」に参加表明しました。
この呼びかけを目にした瞬間に、2011年3月以降、原発からの距離マップ、通行実績情報マッシュアップ、計画停電マップなどのコンテンツが、顔を合わせたことのないメンバーによるコラボレーションによって制作され、次々と公開されていった記憶が蘇ったからです。
実際、早野さんとのコラボレーションも、ほとんど顔を合わせることなく、メールやTwitter、Googleドキュメントなどを活用して進行していきました。以下に、Googleドキュメントに記された「Project Hayano」の参加メンバーを示します。
「Project Hayano」の参加メンバー
「Project Hayano」の成果、マッシュアップとインターフェイスデザイン
私が担当した役割について説明する前に、まず早野さんによる「東日本大震災ビッグデータワークショップ」最終成果発表の際のプレゼンテーション映像を掲載します。ワークショップ期間中に、何がどこまで明らかになったのかについて説明されています。
また、携帯端末のAuto GPS機能を用いた、事故発生後の福島における人の移動の推測について解説された論文(日本学士院紀要掲載)も、先日公開されました。そちらも併せてご参照ください。
●Ryugo S. HAYANO and Ryutaro ADACHI: "Estimation of the total population moving into and out of the 20 km evacuation zone during the Fukushima NPP accident as calculated using "Auto-GPS" mobile phone data"; Proceedings of the Japan Academy, Series B Vol. 89 (2013) No. 5 p. 196-199. (LINK)
さて、「Project Hayano」において、私はアーカイブズ・シリーズ制作の経験値を活かし、データのマッシュアップとインターフェイスデザインを担当することにしました。次回の記事では、公開された「放射性ヨウ素拡散シミュレーションのマッシュアップ」を参照しながら、原発事故発生直後の状況を推測し、このプロジェクトにおける「福島をいかにアーカイブするか」という側面について考えていきたいと思います。