Facebookの新機能「リアクション」は、Web上のコミュニケーションを変える。...かもしれない

この新機能発表を受けて、私が直感的に思ったのは「この新機能は、ひょっとするとWeb上のコミュニケーションを変えうるのでは」ということだった。
Haruka Tsuboi

1月14日、Facebookがより多様な感情を簡単に共有できる新機能「リアクション」を発表した。

インターネット上を見ている限り、この新機能発表は比較的好意的に受け止められているようだ。訃報や事件・事故に代表されるような「いいね」が押しづらい記事に対する、悲しみや怒りの表現が可能になったことは、確かにユーザーのニーズを捉えている。

これまでのFacebookの機能追加における方向性から考えても、特に大きな方針転換が起こったとは思われない。既にFacebookでは新規投稿の際、自分がどんな気持ちかを100以上の顔アイコンで表示できる機能がある。より適切な気持ちの表現が、記事の読み手側にもできるようになったということだろう。

ただ、私が直感的に思ったのは「この新機能は、ひょっとするとWeb上のコミュニケーションを根本的に変えうるのでは」ということだった。

具体的に何がどう変わりうるのか。それは「脊髄反射的な反応の減少」だ。

「脊髄反射的いいね」は消える?

ハフィントンポストのブロガーでもあるシロクマこと精神科医の熊代亨氏は、3年前に下記のようなエントリを残している。

時折、「「いいね!」を押しておけばいいや」というか、そこで考えるのをやめてしまうことがある。眼に留まった文章について、深く考えるのを端折ってしまう。

(中略)

たぶん私は「いいね!」「リツイート」「お気に入り」を、思考にピリオドを打つ句読点として無意識に使ってしまっている。

「いいね!」に慣らされて俺はバカになってしまいそうだ - シロクマの屑籠

私自身、深く考えずにいいねボタンを押すことは少なくなかった。そもそも、ワンクリックで気軽に押せるのがいいねボタンのひとつの肝であり、それは新機能が登場しても変わらない。新機能を使うには、PCではマウスオーバー、スマートフォンではボタンの長押しが必要で、今までのように軽くボタンを押せば普通の「いいね」になるからだ。

とはいえ、同じ記事に他のユーザーが様々な感情を寄せているのをみれば、単なる「いいね」ではなくどのようなリアクションを返すか、考慮する人も増えていくだろう。

ここに今回の新機能におけるポイントがあると考える。つまり、「リアクション」導入によって、ユーザーがコンテンツ一つあたりについて考える時間が増えていくのではないか、ということだ。

今回の新機能が、メディア配信の記事をFacebookアプリ内から直接参照できるという、もう一つの新機能「インスタント記事(IA: Instant Articles)」と同時に発表されたという事実を見過ごしてはならない。

メディア関係者の間では、メディアサイトに遷移しなくてもFacebook内でユーザー行動が完結してしまうことや、その分普通のFacebook記事よりユーザーの反応が良好である点ばかりが注目される。しかし、ユーザー視点で考えれば、この機能は「コンテンツ表示にかかる時間を短縮する」ものであり、「記事内で楽しめるコンテンツが、文字ばかりでなく音声・動画などバリエーションに富んだものになる」効果を持つものなのだという点を忘れてはならない。

コンテンツ表示にかかる時間(=ストレス)を軽減し、かつコンテンツのバリエーションを増やす「インスタント記事」。そして、それに対するリアクションも多様化させる「リアクション」。この2つを通じてFacebookが発しようとしているのは、「より深くコミュニケーションする仕組みを整えたから、ユーザーもひとつひとつのコンテンツと時間をかけて付き合ってください」というメッセージではないだろうか。

このメッセージどおりにユーザーの行動が変容していくとすれば、「脊髄反射的いいね」は減り、1つ1つのリアクションがより考えられたものになっていくことになるだろう。もちろん、ネガティブな反応が増えるというデメリットもあるかもしれないが、それは「いいね」というポジティブな感情の表現しか許されていなかった今までの状況が不完全だったと考えることもできる。

こうして脊髄反射的な反応が少なくなっていけば、不必要な炎上やミスコミュニケーションは減っていくだろうし、本心に近い場所でのコミュニケーションが行われるようになることで「Facebook疲れ」のような現象にも歯止めがかかるかもしれない。このような点で、私もまた、今回の新機能導入はポジティブなものだと考えている。

ただ、一点だけ気にかかる部分がある。「プラットフォームによる環境管理」という問題だ。

わたしたちの感情が「管理」されてしまう?

環境管理は、作家・批評家の東浩紀氏が、法学者ローレンス・レッシグの議論を援用しつつ定義した言葉だ。多少長くなるが、説明を引用しよう。

たとえば喫煙は、未成年の喫煙のように法で規制されることもあれば、レストランでの喫煙のように社会的規範で規制されることもある。市場もまた制約条件になる。タバコの値段が上がれば喫煙を断念する人々が増える。さらに加えて、タバコの技術的側面も条件になる。フィルタの有無や煙の量などに応じて、喫煙が可能な機会は増減する。この最後のものが、レッシグが「アーキテクチャ」と呼ぶ要素である。

(中略)

私たちの社会は、(中略)アーキテクチャによる管理へと確実に重点を移している。そしてその管理を可能にしているのは、膨大な情報を処理する機械群である。(中略)「アーキテクチャ」を「環境」と意訳して、今回説明したような意味での管理を「環境管理」と呼ぶことにしたい。この新しい権力は、人々の内面を経由することなく、生活環境を直接に変える。

東浩紀『情報自由論』第3回 初出:『中央公論』2002年9月号、中央公論新社

やや複雑な議論なので、ぜひ出典元を参照していただきたいが、つまり機械やシステムによる制限が人々の行動を管理してしまうのが「環境管理」だと私は理解している。

私が危惧するのは、感情に関する6種類の選択肢があらかじめ提示されることで、それ以外の感情を表現するという選択肢が失われてしまうのではないか、ということだ。

人間の感情は本来多様で、しかも一つの感情が心を支配するというよりかは「怒り65%、悲しみ35%」というように、複数の感情が入り交じる場合が多いだろう。しかし、それをインターネット上で表現するときは、6つ(あるいは8つ)のアイコンの中から、自分の心持ちに近いものを選択しなければならない。その場合、選ばれなかった感情はなかったことにされてしまう。

人は環境に左右され、行動を最適化していく生き物だ。この「感情を6種類から選ぶ」ことがあまりに定着してしまえば、インターネット上でのコミュニケーションはその選択肢の範囲内でしか行われなくなってしまうという未来は、私の過ぎた妄想だろうか。

議論のまとめと、メディアが目指すべきこと

Facebookの新機能について、想像の翼を広げながら論じてきた。しかし、ここまで読んでいただいてお分かりのように、この議論にはいくつかの仮定が積み重ねられている。

まず、この新機能がどれだけユーザーに受け入れられ、利用されるのかはわからない。大多数のユーザーはこれまでと同様「いいね」を押し続けるだけなのかもしれない。また、ユーザーが感情を表現する手段はこれからも拡張されていくという予測もあるだろう。

さらに、人口に膾炙したSNSはFacebook以外にもたくさんある。そのなかでFacebookに近しい感情表現機能を搭載しているのは、有名なものではクローズドSNSの「Path」ぐらいだ。

Twitterは昨年、「お気に入り」から「いいね」へ変更を行ったものの、リアクションは今もいいねボタンを押すか押さないかだけで行われる。海外の10代が使っている「Snapchat」にはボタンプッシュ式のリアクション機能はないし、動画SNS「Vine」や日本の10代の間で利用者が増えているMixChannel」にも、あるのはTwitterやかつてのFacebookと同じ、いいねボタンだけだ。そして、SNSを使っていない人もまだまだ存在している。

Facebook自身にしても、機能追加から4日経ったが、今のところ軽押しの「いいね」が利用されている割合が多い模様だ。ただしこれには、ユーザーがアプリケーションを最新版に更新していないがゆえに、新機能を利用できる環境になっていないという条件も含まれる。ユーザー行動の変容が本当に起こるかどうか、その可能性の有無に関しては、まだしばらく判断に時間が必要だ。

とはいえ誰にとっても重要なのは、ある新機能が生まれたときにそれを無条件に受け入れるのではなく、それをどのように使っていくかを立ち止まって思考することだ。それがITリテラシーと呼ばれるものなのだと思う。

最後に、今回の新機能がWebメディアに与える影響を考えたい。ただ、これは単純だ。元ギズモード・ジャパン編集長の大野恭希氏は、発表から数時間でこのように喝破した。

いいねボタンのバリエーションが増えたことによってコンテンツの価値がもっと可視化できるわけですよね

大野恭希氏Facebookより

そのコンテンツがどのように受け入れられたかが、よりわかりやすく見えてくる。逆に言えば、どのように受け入れられるかを深く考えてコンテンツを配信することが可能になっていく。

たとえば、単純な「PV数」「いいね数」「シェア数」などを目標とするのではなく、「『超いいね!』を◯◯個、『すごいね』を△△個獲得したい」「『うけるね』の比率が『ひどいね』の2倍以上になるように」などといった精緻な目標達成が可能になる。

あるいは、あるコンテンツが事前に予想した反応と異なっていた場合、今までは「いいね」量の多寡を数えたり、コメントを読んで逐一判断したりするぐらいしか手段がなかった。しかし、「なぜ」予想とズレてしまったのかの分析・検討も詳細にできるようになった。

要するに、より丁寧にユーザーの声を聞くことができるようになったのだ。それはとりもなおさず、より誠実なコミュニケーションが要求されるということにほかならない。これまで以上に真摯かつ粘り強い姿勢が求められることになる。

また、新しい試行錯誤の日々が始まる。

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