3年前の3月11日朝。英国の自宅にいた私は家人に体を揺り動かされて、目覚めた。「日本で大変なことが起きたよ。大きな事故だ」。眠気がおさまらず、こんな言葉をぼうっとして聞いた。事故、大きな事故―?「東京でも、電車がみんな止まっている」。この言葉でベッドから飛び起きた。日本で電車が止まるほどの事故といえば、テロかもしれない。1995年3月20日の東京の地下鉄サリン事件を思い出した。
24時間放送のテレビをつけると、大きな波が住宅を根こそぎ動かしてゆく様子が映っていた。「まさか」と思いながら見ていると、画面にかぶさる解説の声は、日本の英字紙ジャパン・タイムズに勤務する友人エリック・デューのものだった。大きな災害が今まさに起きているという事実がしっかりと伝わってきた。
東京の実家に電話したがしばらく通じず、都内で働く家族が帰宅できたかどうかを心配すると同時に、テレビで何度も放映された津波の威力に圧倒されながら、情報収集で日が過ぎた。
その後の災害の広がり、原発事故、政府や原発関係者の対応などの一連の流れは日本にいる方のほうが良く記憶していらっしゃるだろう。
日本の外にいて感じたのは、世界中の多くの人がこの災害に高い関心を示し、継続した報道や支援のための資金集め、激励などに惜しみなく時間を使ってくれたことだ。私も電話やメールで友人、知人、親戚から多くの激励や支援のメッセージを受けた。
英国メディアは連日、被害の実態を報道し続け、現地に飛んで生の声を伝えた。特に印象に残っているのは民放チャンネル4の記者が被災地の1つに出かけ、避難所に作られた臨時の銭湯の様子を取材したエピソードだ。お風呂に入ることで、体も気持ちも新たにし、「日本人としての誇りを取り戻す」といった表現があって、ほろりとした。
■ メディア報道への透明性、高まる
普段はメディア報道、ジャーナリズムについて書いているので、本稿でもこの点について触れたい。
大きな災害や事件が発生したとき、国民の側は現状を把握したいと同時に、なぜこうした事態が起きたのか、将来どうやって防ぐべきかを知りたくなる。
私が英国から見た限りでは、日本では国民が期待していたほどには明確な情報がすぐには出ず、これに対する大きな不満感の表明がネット上ではよく散見された。ネット上の意見=国民の大部分の意見とはいえないだろうが、政府当局や東京電力、大手メディアに対し、さらなる情報公開を求める機運ができたとはいえよう。
2011年3月の災害発生時に現地で取材した、英エコノミスト誌の東京特派員ケネス・クキエ氏に同年末、話を聞く機会があった。
津波によって損害を受けた場所の説明を私にするうちに、クキエ氏の目には涙がたまってきた。現地取材をした後で、彼自身が人生についての見方が変わったという。
クキエ氏の日本の官僚やメディアに対する見方は厳しかった。「霞ヶ関(官僚)の愚かさ、政治階級の愚劣さ、日本国民のニーズにこたえることができない無能さが、震災を通じて表面化した」、「国民を失望させた」という。
メディアも例外ではない。「完全なメディアはない」としながらも、日本のメディアは「組織としてみると、まるで19世紀のやり方をしている」という。
「日本のメディアは日本国民を裏切っているのだと思います。つまり、『自由なメディア』がやることは、権力の監視です。日本のメディアはこれを実行していません。やっているふりをしているだけなのです。自分たちのことを『フリー・プレス』(自由な、独立した新聞、転じてメディア)」と呼ぶなんて、本末転倒といってよいレベルです、偽りの行為です。権力者の速記者になっているだけなのですから」。
同じくエコノミスト誌に勤める、アジア担当デスク、ドミニク・ジーグラー氏には災害から1週間後に話を聞いている。メディアについての評価のところのみを紹介すると、
日本の「メディアの変化の速度は非常に遅い。大手メディアは非常に慇懃すぎる。個人に対して慇懃すぎるのではなく、政治のエスタブリッシュメントに対してそうなのだ。非常に大きな弱点だ」、「例えば、大手メディアは政治エスタブリッシュメントがシグナルを出すのを待ってから、報道を行う。間違った形の関係だと思う。非常に不幸なことだ」
「大手報道機関のほとんどが、自分たちが知っていることあるいは考えていることを報道しない印象を持った。大手報道機関が制約を受けるのは、特に政治エスタブリッシュメントとの関係があるからだ。報道機関の所有者と権力者側との馴れ合い関係があるからだ。不健全な関係であり、時にはプロとしてのレベルに達しない報道になってしまう」。
二人の評価を呼んで、読者の方はどう思われただろう?「外国メディアの言うことだ、あたっていない」と思うだろうか。「いや、一理ある」と思われるだろうか。
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クキエ氏のインタビュー
ジーグラー氏のインタビュー