先日、欧州の新聞社の経営をネット広告という観点から、レポートにまとめてみた。以下は「日経広告研究所報270号(2013年8月号)」に掲載されたレポート記事に若干補足したものである。
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はじめに
多くの人々がネット上でニュースを読むようになった。新聞各社は読者と広告主をいかにひきつけるかに知恵を絞っているが、デジタル収入が購読料や広告料といった紙媒体の発行に伴う収入を補うほどには成長していないのが実情で、欧米諸国の新聞社は苦しい戦いを強いられている。
その打開策として、従来無料だったウェブサイトの閲読に課金制(いわゆる「有料の壁」)を導入するところが増えている。焦点は、新聞社の最大の売り物であるジャーナリズムコンテンツに、「ネット情報は無料」と解釈する利用者がおカネを払うかどうかである。
欧州大陸の新聞社のなかには、課金制を段階的に導入しつつも、オンラインのクラシファイド(classifieds)広告(日本で言う三行広告に近く、「売ります」「買います」「募集」などの広告を地域やジャンルに分類して掲載する)会社を次々と傘下に収めることによって、デジタル収入を増やそうとする会社も散見される。
ここでは、国境を越えたデジタル広告業界で収益を拡大しているドイツのアクセル・シュプリンガー社を中心に、ノルウエーのシブステッド社などによるネット広告会社の買収戦略を紹介する。
■欧州新聞界概観
まず、世界の新聞市場の中で、欧州の状況を見てみよう。
世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)が今年6月上旬発表した最新版「世界の新聞トレンド」(世界70余カ国で発行されている新聞の2012年の数字。業界規模で90%を網羅)発行部数は前年比で0・9%減少した。地域別にみると、アジアは増加したものの、北米(米国・カナダ、6・6%減)、西欧(5・3%減)、東欧(8・2%減)が全体の足を引っ張った。
2008年と比較すると、欧米諸国と他地域の差はさらに拡大する。北米は13・0%減、西欧は24・8%減、東欧は27・4%減と2ケタのマイナスが並ぶ一方、アジアや中東・北アフリカはそれぞれ10%前後の伸びを記録した。
広告収入をみると、07年までは伸びていたが、08年から下落に転じた。12年の全市場平均は2%減だったが、08年と比較すると22%の減少だ。紙の新聞の広告媒体としての地位は明らかに揺らいでいる。
一方、欧州委員会が作成した「新聞出版産業」リポート(12年発行)によると、欧州連合(EU)27カ国内の新聞社は約9000社(07年時点)にのぼる。これは雑誌も含めた出版業の1割に当たり、約30万人(フリーランスは含まず)が新聞社で働いている。
一日あたりの新聞発行部数は減少傾向にあり、05年の8500万部が09年には7400万部になった。
欧州諸国を新聞の発行部数の大きさで順に並べると、ドイツ(全体の28%)、英国(21%)、フランス(10%)、スペイン(8%)、イタリア(6%)、オランダ(5%)となる。
広告収入は07年まで伸びていたが、08年から下落に転じた。欧州新聞発行者協会の調べによると、新聞社収入の約5割を広告料が占める。この割合が85%近くに達する米国に比べて、欧州の新聞社の方が経営のバランスがよいと言われるゆえんだ。
■ドイツの新聞業界
ドイツ連邦共和国(人口約8100万人)では、毎日約2280万部の新聞が発行されている(12年第3四半期、独ABC調べ)。前年同期と比較すると、約82万部(3・5%)の減少だ。
ドイツ新聞発行者連盟によると、14歳以上の国民の70%が毎日、新聞を情報取得のため利用している。世界的に見ても、新聞がよく読まれている国と言えるだろう。
この連盟は298の日刊紙(総発行部数約1650万部)と13の週刊新聞(同約100万部)の利益を代表する団体で、地方色が豊かなことが特徴。全体の95%が「地方紙・地域紙」のカテゴリーに入る。
連盟のリポート(12年11月発表)によると、ドイツの新聞業の収入は、かつて広告が三分の二を占め、残りが販売・購読料だったが、01年から03年にかけての広告不況を経て、現在は比率が逆転した。11年の新聞界の年間収入は85億1000万ユーロと、前年の85億2000万ユーロをわずかに下回り(0.1%減)、広告収入は37億7000万ユーロと前年比で2・2%減少した。
広告市場全体に占める新聞広告の割合も徐々に小さくなっており、2000年には29%だったが、11年には20%強となった。
■独社、デジタル企業化を宣言
アクセル・シュプリンガー社(Axel Springer、以下AS社と略)は1946年、アクセル・シュプリンガー氏が出版業を営む父の後を継いで立ち上げた。欧州で最大手の複合メディア企業の1つで、ドイツ新聞市場では最大、雑誌市場でも国内第3位に入る。約1万3000人の従業員を雇し、活動拠点はドイツのほかハンガリー、ポーランド、チェコ、フランス、ロシア、スペイン、スイスなど34カ国。230以上の新聞・雑誌を発行し、160以上のオンラインサービスを提供、テレビ・ラジオ局も保有している。
ドイツ国内の日刊紙市場で23・6%のシェアを持ち、著名な新聞としては「ウェルト」(高級紙)、「ビルト」(タブロイド紙)、「ベルリナー・モーゲンポスト」(地方紙)、ポーランドのタブロイド紙「ファクト」など。ドイツ語版米「ローリングストーン」誌も発行している。
最もよく知られているのがビルト紙で、発行部数は300万―400万部だが、1部を3人で読むと仮定し約1200万人の読者がいると同社は見ている。
12年の年間売上高は33億1000万ユーロ(前年の31億8490万ユーロから3・9%増)にのぼるが、成長のけん引役は同22%増の11億7420万ユーロ(前年は9億6210万ユーロ)を達成したデジタルメディア部門だ。この大半が広告収入で、25・4%増の9億9200万ユーロ(前年は7億9120万ユーロ)を確保した。
同社は近年、売り上げの半分をデジタル事業収入にする目標を掲げており、12年は同比率が37・2%(前年は約33%)になった。04年当時、総収入の98%は印刷物発行によるもので、デジタル収入は残り2%だったことを考えると、急激な変身を遂げていると言えるだろう。
12年の紙媒体発行に伴う収入は前年比3・5%減だったが、広告収入は同9・4%増加した。
AS社のデジタルメディア部門は3本の柱で構成されている。
1本目は「コンテントポータルとほかのデジタルメディア」だ。収入は前年比27・8%増の3億8740万ユーロ(前年は3億300万ユーロ)。ビルトやウェルト、そのほかウェブサイトからの収入となる。
2本目が「パフォーマンスマーケティング」で、同4・4%増の4億5660万ユーロ(前年は4億3720万ユーロ)。オンラインマーケティング会社ザノックスなどの収入だ。
3つ目の「アクセル・シュプリンガー・デジタル・クラシファイド(Axel Springer Digital Classifieds、以下ASDC社)」は12年にAS社が70%、国際的投資会社グローバル・アトランティック社が30%を出資して設立した会社で、各国に散らばる傘下のネット広告企業を統括する。売上高は48・9%増の3億3000万ユーロ(前年は2億2180万ユーロ)。傘下にはフランスが本拠地のセロジャール・コム(不動産のサイト)、求人会社トータル・ジョブズ・グループのステップストーン、ドイツの不動産売買サイト、インモネット・デなどがある。
最高経営責任者(CEO)のマティアス・デップナー氏によれば、同社のデジタル戦略が成功したのは、オンラインの求人、不動産広告などが貢献した面が大きく、ASDC社を立ち上げて、同部門の成長スピードをさらに上げ、国際的な拡大を目指している。
クラシファイド広告戦略は、国際化と国内、地方化の2つの方向性を持つ。
ASDC社は12年10月、ドイツの地域情報サイトであるマイネシュタット・デを運営するアレスクラー・コムを買収した。マイネシュタット・デはドイツの1万を超える市町村向けサイトのポータル(玄関)サイト、月間平均6700万人が訪れる。マイネシュタット・デ社のポータルサイト利用者は、地元ニュースのほか、求職、自動車あるいは不動産の売買、その他クラシファイド広告を目当てにサイトを訪れる。
ポータルサイトには地域ごとのサイトが設定され、その地域独自の情報(都市・町の基本情報、余暇情報、イベント情報、映画の上演情報、ビジネスディレクトリーなど)が掲載されている。
AS社によると、買収の目的は地方広告市場への参入だが、マイネシュタット・デ社のブランド力確保と全国レベルでの広告展開の補強という狙いもあった。
AS社は、ネット専門の広告サイトを次々と買収している。
09年には欧州内の求人情報サイト大手ステップストーン社を1億1100万ユーロで、2011年には仏のセロジェールを6億3300万ユーロで買い取った。ステップストーン社は1996年にオスロで創業後、職探しサイトとして欧州内でサービスを拡大させた。ドイツ国内だけで毎月500万人を超える訪問者を誇る。
自動車専門広告サイト、オートハウス24デ(19.9%株を所有)、不動産サイトのインモネント・デ、書籍、電子本、音楽などさまざまな電子商取引サイトのブエシェル・デ(33・3%株を所有)、金融情報サイト、フィナンゼン・ネットなども傘下に置いている。
12年のステップストーン社による英トータル・ジョブズ社買収も、欧州内での拡大(国際化)、ネット広告部門の成長という両輪戦略のなかで重要な位置を占める。
トータル・ジョブズ社は英国でトップの職探しのサイトだ(ユニークユーザーは月間700万人)。1億3200万ユーロで買収し、欧州の求人サイト市場で強固な地歩を築いた。
AS社は昨年11月、ベルギーの不動産情報サイト、インモウェブを買収。サイトは月間240万人のユニークユーザーを持ち、13万600件余の情報を掲載する。
同月には、スイスの複合メディア大手リンギエ社と折半出資のリンギエ・アクセル・シュプリンガー・メディアが、ポーランドのグルーパ・ワン・ピーエル社の発行済み株式のうち75%を取得した。ワン・ピーエルはポーランドのインターネット利用者の70%にリーチすると言われる大手サイトだ。リンギエ・アクセル・シュプリンガー・メディアはポーランド、チェコ、スロバキア、セルビアといった東欧や欧州中部で新聞・雑誌事業の展開を目指している。
AS社は広告主に向けての情報開示にも力を入れている。ウェブサイトの場合、利用者の男女比率、年齢、教育程度、収入に加え、ユニークユーザー数、訪問(ビジット)数、ページ・インプレッションを公開している。(「下」に続く。ノルウェーとオーストリアのメディア、終わりに)
(この記事は2013年9月18日の「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載しました。)