◆HPVワクチンは男性接種の時代へ
先日、アメリカがん協会がガイドラインを更新し、「HPVワクチン(≒子宮頸がん予防ワクチン)は女性だけではなく、男性への接種も推奨できる」という見解を発表しました。
オーストラリアでは2014年から男性のHPVワクチン接種に対しても公費助成を開始して、学校での定期接種が始まっています。世界ではいよいよ男性への接種という「次のステップ」に移行しようとしているようです。
男性へのHPVワクチン接種は、子宮頸がんの原因であるHPVの感染リスクを下げるばかりでなく、男性も罹患する尖圭コンジローマにも有効(※4価ワクチンと9価ワクチン)です。また、性感染症の予防や治療は男女ともに行うのが基本ですから、男性へのワクチン接種は当然のことと言えます。
実際、オーストラリアでは女性へのHPVワクチンの定期接種開始後の4年間で21歳未満女性の尖圭コンジローマ(違う型だが子宮頸がん同様にHPVが原因)の患者数が約90%減少し、それに付随して男性の罹患も大幅に減少するという現象が起きているとのことです。
◆懸念される子宮頸がんの「ガラパゴス疾病」化
ですが、日本では男性はおろか、女性に対しても副作用の懸念等から勧奨がストップしており、一向に再開の気配は見られません。60%以上あった接種率が既に数%まで低下しているという調査も出ています。
副反応を訴える63人の女性が裁判を起こしていること等もあり、国や自治体も完全に及び腰状態です。
確かに副反応の問題については様々な見解があり、専門の医療者以外は判断に悩むこともありますが、世界的な実例等も考慮すれば、私はやはり日本で言われている副反応の問題はエビデンスが脆弱だと感じています。
実際、WHOも2015年の声明で日本を名指しして「Policy decisions based on weak evidence, leading to lack of use of safe and effective vaccines, can result in real harm(脆弱なエビデンスに基づく政治的判断が、安全で有効なワクチンを接種しないというミスリードをして、真の被害をもたらす可能性がある)」と強く批判をしているくらいです。
他国のHPV感染における改善状況を見ていると、このまま勧奨が中止になった状態が日本で続けば、子宮頸がんが先進国で日本特有の病気「ガラパゴス疾病」になってしまう日も近いのではないでしょうか?果たして本当にそれで良いのでしょうか?
◆それでもワクチンが必要だと思う理由
もちろん副反応を訴えている女性へのケアは絶対に必要でしょう。原因究明も求められます。
ですが、その一方で、毎年亡くなる約3,000人の子宮頸がんによる死亡者が仮に「ワクチンを打っていれば...」と思っていたとしても、もうその必要性を訴えることすらできません。
確かに定期検診を毎年受ければ良いという意見もありますが、会社員ではなくなる等で定期検診を受けられる機会が減る場合も多々ありますし、定期的な検診を受けていてもがんの進行が早く、子宮を全摘出しなければならないというケースもあります。
ですから、より高い確率で罹患を回避するには、ワクチンの接種が必要だと思うのです。
また、私自身もHPVワクチンを接種しています(参照:『男性だけど子宮頸がんワクチンを打ってみた』)が、当事者の感覚としては、ワクチンを打っていると打っていないとでは安心感も全然違います。
特にHPV感染の機会となる性行為に関する安心感に関しては雲泥の差で、「ワクチン接種をしないで性行為に及ぶことは、保険に加入せずに車を運転するようなもの」と言っても良いのではないでしょうか?
◆受けられなかった世代の声、想像できますか?
なお、HPVワクチン接種の勧奨が中止になったままだと、受けられなかった世代の感染リスクは、受けた世代の2倍以上となるという調査も出ています。
もし、勧奨に反対している人たちが勧奨の対象とならなかった世代で、自分自身が子宮頸がんに罹患してしまったら、ワクチンの勧奨に反対した人たちのことをいったいどう思うでしょうか?
私なら許せないと思います。世界的に普及したワクチンを日本で実施しないというのは明らかな「不作為」に思いますし、自分たちの「リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」が損害を受けている「人災」のように思うからです。
いわゆる「ゆとり教育」の問題を見れば分かるように、当時それを奨励した大人たちやメディアは現在ではもはやどこ吹く風で、今度は「脱ゆとり」などと言っているわけです。無責任としか言いようがありませんが、HPVワクチンに関しても同様のことが起こっても不思議ではありません。
◆親はHPVワクチンとどう向き合うべきか?
おそらく「何となく副反応が不安だから」「周りの人たちも接種をしていないから」という理由で子供が受けることに躊躇している親も多いことでしょう。
ですが、自分の子供が副反応と言われているような症状になる確率よりも、子宮頸がんを罹患する確率のほうがずっと高いわけですから、後者のようなシチュエーションもしっかりと想像してから判断して欲しいと思います。
また、将来子供に「どうして接種してくれなかったの!?」と問い詰められるというケースや、望ましくないですが「HPVワクチンを接種していないハイリスクな人は恋愛・結婚・セックスの対象にするべきではない」という見方が生まれて、接種させなかった娘や息子が避けられるというケースが発生する可能性は十分に考えられます。
このような場合が生じた際に、親としてどう向き合うのでしょうか?
子供への接種をするかしないかを決める際には、「何となく」で流されるのではなく、是非そのような長期的な視点も含めてしっかりと考慮をして欲しいと思います。
なお、時代や社会的背景が変化して子宮頸がんに罹患する人が増えていますから、自分の経験則で判断するのはご法度です。
◆メディアリテラシーは賛成・反対以前の問題だ
子宮頸がんに関して副反応を訴える一部の人の現状は事細かに報じられても、実際HPVワクチンを接種したことで大きなメリットを得たという人の話をメディアで目にしたことはあるでしょうか?
また、子宮頸がんで亡くなる年間約3,000人の遺族の声や、検診を受けていても甚大な被害に遭った人の声が、どれほどメディアで取り上げられているでしょうか?
副反応を訴える当事者とその親に偏って報道されている現状は、明らかに偏向報道だと思います。私たちはしっかりとしたメディアリテラシーを持ち合わせてメディアに向き合わないといけないですし、偏った内容に関してはノーを言わなくてはなりません。
それはワクチンに賛成か反対か以前に、大人として求められていることだと思います。
どうか10年先20年先のことを考えて、何が一番当事者や子供たちにとって有益なことか、是非考えて行きましょう。
(2016年9月12日「勝部元気のラブフェミ論」より転載)