9月2、3日に本サイトで「『イラン核合意』の行方」と題した記事を2本書かせていただきましたが、このたび「国際機関の部屋」を設置していただき、国連安保理のイラン制裁専門家パネルでの勤務を通じて見聞きしたこと(業務上入手した秘密は除く)を踏まえ、国際機関の現在や仕組み、実際の動きなどを書かせていただくこととなりました。国際機関といっても国連のような普遍的な機関だけでなく、UNHCR(国連難民高等弁務官)事務所などの専門機関、またEU(欧州連合)などの地域機関も合わせて視野に入れていきたいと考えています。
ハイレベル・ウィーク
さて、9月15日から第70回国連総会が開会し、9月28日からはハイレベル・ウィークと呼ばれる、世界各国から首脳が集まる国連総会演説が行われた。毎年行われる首脳級演説だが、今年はオバマ大統領だけでなく、習近平国家主席が初めて、プーチン大統領も2005年以来の出席ということもあり、世界的な注目が集まった。さらに、核合意を結んでから最初の首脳級演説ということで、イランのロウハニ大統領、イスラエルのネタニヤフ首相への関心も高かった。さらにこれまでは国連の正式な加盟国ではなく、国連本部に国旗が掲揚されていなかったが、今年からオブザーバーの旗も掲揚することになったので注目が集まったパレスチナ自治政府(国連ではState of Palestine)のアッバス議長は、事前に「爆弾発言」をするといって話題を作っていた(結局イスラエルの態度が変わらなければオスロ合意を破棄するという話で、やや肩透かしだった)。
しかし、一番の注目を浴びたのはローマ法王のフランシスコであった。ローマ法王が元首であるバチカン市国(国連ではHoly See)はパレスチナ自治政府と同様、オブザーバーの立場であるが、今回は首脳演説ではなく、その前に行われた持続的開発目標の会議で演説を行った。ローマ法王の国連での演説は5回目であり、国連演説の前のキューバ訪問、ワシントンDCでのオバマ大統領との会談や米連邦議会での演説も大きな話題になったため、国連総会議場が満員になるほどの大盛況だった。しかし、国連での演説は米議会でのアメリカ人の心を鷲掴みにするような演説ではなく、やや淡々としたものという印象を残した。
「サイドイベント」とは
さて、毎年行われる国連総会の首脳級演説だが、その演説の順番は儀礼(プロトコール)上の決まりがある。最初の演者は第1回総会からブラジル、続いてアメリカとなっている。その後、国家元首(大統領や国王)→政府の長(首相)→大臣→大使となっている。世界には政府の長が国家元首(大統領)である国が多いため、初日に主要国(米中露仏など)の演説が行われ、メディアや各国代表部の関心も高い。安倍首相はイタリアのレンツィ首相などと同様、2日目に演説したが、2日目以降は総会の外で2国間協議(首脳が集まるこの機会を使って日露首脳会談のような2国間の会議が無数に設定される)やサイドイベントと言われる主要国やNGO(非政府組織)が主催する会議が増える(これらの会議を「裏番組」と言ったりする)。そのため、メディアや各国代表団はそうした総会外のイベントに分散し、総会議場になかなか人が集まらない。ツイッターなどで安倍首相の演説の時は議場がガラガラだったと揶揄するツイートも見られたが、それにはこうした背景がある。
今回、サイドイベントとして大きな話題を集めたのは、中国が主催した南南会議(途上国同士の協力を推進する会議)とアメリカが主催したISIS(いわゆる「イスラム国」)と戦う有志連合の会議であった。中国の南南会議は中国が東南アジア、アフリカ、ラテンアメリカに進出する足掛かりとして、多額の援助を約束して中国の存在感を高め、国連の中で多数派を形成する試みと見られている。実際、途上国支援のため10億ドルの拠出などを発表した習近平主席の演説では議場から大きな拍手が巻き起こった。
シリア情勢をめぐる米露の応酬
逆にオバマ大統領が主催したISISと戦う有志連合の会議では、シリア問題が主要な議題となり、シリア国内におけるISIS攻撃に関して共同歩調をとることが議論された。これはアサド政権を支援するために戦闘機や軍事顧問団を派遣したロシアや、それを支援するイラン、イラクのシーア派民兵などのグループがシリア情勢の主導権を握らないよう、アメリカ主導でISISとの戦闘を進め、シリア情勢のイニシアチブを得ようとするものであった。そのため、オバマ大統領の国連総会演説はロシアを名指しで非難するものとなった。また、同じ演説でオバマ大統領は中国が海洋進出を進めていることも非難し、西側諸国対中露という図式が浮き彫りになった。
それに対し、プーチン大統領はアメリカをはじめとする西側諸国が中東情勢を悪化させたとして非難し、具体的な軍事行動をとり、アサド大統領を軸とするシリア和平を進めるべきと、明確な対立姿勢を見せた。また、欧米が科しているウクライナ問題をめぐる制裁を国際法違反とし、対決的な演説に終始した。しかし、その演説は議場の拍手を得ることなく、ロシアが不満をぶちまけただけのような印象を残した。
ネタニヤフ首相のパフォーマンス
過去の国連総会首脳級演説でも、靴を脱いで演台を叩くフルシチョフや時間制限を無視して喋るフィデル・カストロ、「悪魔の臭いがする」とアメリカを非難したチャベス、「9.11の同時多発テロはアメリカの自作自演」と決めつけたアフマディネジャドなど、他国を批判するときも派手なパフォーマンスをする首脳はいた。プーチン大統領はそうした歴史に残るパフォーマンスをしなかったが、イスラエルのネタニヤフ首相は、演壇に上がってから、「イランに核兵器を持たせる合意に対して国連は、あなた方は何もしなかった。完全な沈黙を守ったのだ」と発言した後、45秒にわたって沈黙し、議場を睨むというパフォーマンスを展開した。歴史に残るかどうかはわからないが、今回の首脳演説で最も話題となったパフォーマンスであり、また、傍聴席に来ていたイスラエル関係者を除けば、誰も反応しないパフォーマンスでもあった。
開かれなかった「安保理サミット」
国連総会首脳級演説の時期は、安保理サミットと呼ばれる安保理メンバー(常任理事国5カ国と非常任理事国10カ国)の首脳による会議が開かれるのが一般的である。昨年はISISなどのテロリストグループに参加する外国人戦闘員の管理を強化するという決議が採択されたが、今年の安保理サミットは開かれず、外務大臣による会議となった。というのも、9月はロシアが安保理議長であり(安保理議長は月ごとに交代する)、議題がシリア情勢であったため、アメリカとロシアの間で意見の一致を見ることができないのは明らかであり、首脳同士の会議が破綻すると米露の対立が決定的になったというイメージが作られて、国際社会に悲観論が蔓延する恐れがあることから、外相レベルでの会議となり、決議が採択されることもなかった(会議の概要はこちら)。
このように、アメリカを中心とする西側諸国と中露が対立し、多数の難民が流出し、深刻な国際の平和と安全の問題となっているシリア問題を解決する糸口すら見出すことが出来なかった今回の国連総会首脳級演説。国連総会は9月から12月までが会期であり、今年中に何らかの方向性が見出せるような雰囲気も出来ていない。国連は国際平和を実現するための機関ではあるが、主要国、特に常任理事国が対立する状況では実効的な役割を果たすことが難しい。
鈴木一人
すずき・かずと 北海道大学大学院法学研究科教授。1970年生まれ。1995年立命館大学修士課程修了、2000年英国サセックス大学院博士課程修了。筑波大学助教授を経て、2008年より現職。2013年12月から2015年7月まで国連安保理イラン制裁専門家パネルメンバーとして勤務。著書にPolicy Logics and Institutions of European Space Collaboration (Ashgate)、『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2012年サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(日本経済評論社、共編)、『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(岩波書店、編者)などがある。
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(2015年10月9日フォーサイトより転載)