東芝「メモリ事業売却」でも炸裂するか「ウラン爆弾」--大西康之

WHが経営破綻し、海外原発事業から撤退することになった今となっては、ウランは完全なお荷物でしかない。

東芝の半導体メモリ事業売却が最終局面で迷走している。8月下旬には、「(従来からの事業パートナーだった)米ウエスタン・デジタル(WD)を軸にした日米連合への売却で大筋合意」と報道されたが、結局、売却先を決められぬままタイムリミットの8月31日を越えた。

メモリ事業の売却による債務超過の回避は危うくなった。仮にその関門を突破したとしても、東芝には第2第3の関門が待ち受ける。まだ報じられていないのは、原子力発電所事業に関連した「ウラン爆弾」だ。

「どうやって利益を稼ぐのか」

現状を説明しよう。東芝は2006年、約6600億円で米原発大手の「ウエスチングハウス(WH)」を買収した。これが約1兆4000億円の損失を生み、現在同社は5530億円の債務超過に陥っている。通常、銀行は債務超過の会社に融資をしない。融資を引き揚げられては倒産してしまうから、東芝は「2018年3月末までにメモリ事業を売って2兆円を調達し、必ず債務超過を解消します」と言って銀行をつなぎとめている。

銀行も自分たちが「東芝倒産の引き金を引いた」とは言われたくないから、「本当に大丈夫なのか」と怯えつつ融資を継続している。東芝メモリ売却で期限の2018年3月末までに2兆円を調達して債務超過を解消できなければ、その時点でゲームオーバー。東芝は経営破綻する。

調達できたとしても、次の課題が待ち受ける。唯一最大の黒字部門であるメモリ事業を売却した後の東芝が「どうやって利益を稼ぐのか」という問題だ。

2017年4月〜6月期の部門別営業損益を見てみよう。営業損益は967億円の黒字だが、そのうち903億円をメモリ事業が稼ぎ出している。メモリ事業が抜けてしまえば営業黒字は64億円しか残らない。

誤差の範囲と言ってもいい低水準であり、不測の事態が起きれば簡単に赤字転落する。営業利益を生み出せない会社が最終損益を黒字にするときは、資産を売却するのが常道だが、黒字事業だったメディカルとメモリを売り飛ばした東芝には、もはや売るものがない。再び債務超過に陥るのは時間の問題、ということになる。

売れなければ1兆円の損失

東芝が抱える時限爆弾は2つある。1つは、すでによく知られた米テキサス州フリーポートでのLNG(液化天然ガス)事業だ。東芝は米国のテキサス州で「サウス・テキサス・プロジェクト(STP)」と呼ぶ原発開発プロジェクトを進めていた。だが米国ではシェールガス革命で原油価格が劇的に下がり、電力市場における原発の価格競争力が大きく低下した。東芝への発注元である米国の電力会社は「STPを建設しても電気が売れないのではないか」と心配し始めた。

そこで、東芝に米国で原発を作らせたい経済産業省が目をつけたのが、天然ガスの液化事業だ。STPに近いフリーポートに天然ガスの液化プラントを作る。天然ガスの液化は莫大な電力を消費するから、STPは大口顧客を獲得することになり、事業のフィジビリティが上がる。経産省は東芝の背中を押して、フリーポートの天然ガス液化プロジェクトに出資させた。出資の見返りに、東芝は2019年から20年間、毎年220万トンのLNG権益を獲得した。

しかし東芝がフリーポートに出資した後、資源バブルが崩壊してLNGの相場は急落。市場にはLNGがだぶついており、東芝が獲得するLNGは売れない可能性がある。仮に全く売れないとすると、東芝は1兆円近い損失を計上することになる。

完全なお荷物

さらに東芝は、LNGより厄介な爆弾を抱えている。原発の燃料であるウランだ。東芝はWHを買収した翌年の2007年、カザフスタンでウラン開発を進める国営企業「カザトムプロム社」の関連会社「ハラサン事業持ち株会社」に1億2150万ドル(約120億円)を出資した。2009年にも5500万ドル(約55億円)を追加出資している。一連の投資で東芝は年間600トンのウランを獲得することになっていた。

電機メーカーの東芝がウラン開発に手を伸ばした背景にも、経産省の「国策」がある。東芝がWHを買収した2006年頃、経産省は「社会インフラのパッケージ型輸出」を産業政策の中心に置いていた。日本で作った自動車や半導体を輸出して外貨を稼ぐ「輸出立国」は、円高の進行で困難になった。自動車、電機メーカーは生産拠点を海外に移し、国内では産業の空洞化が進んだ。

それを埋めるために考え出したのが、社会インフラのパッケージ型輸出である。社会インフラの代表が原発だ。原発を欲しがる新興国は多いが、日本から原子炉を輸出しても新興国は持て余す。国内に原子力工学を学んだ技術者がいないからだ。燃料となるウラン権益も、めぼしい産出国は「ウラン・マフィア」と呼ばれる国際的な資源企業が抑え込んでおり、簡単には手に入らない。

そこで登場するのがパッケージ型輸出だ。初期の構想は、「東芝が原子炉を作り、東京電力が運転し、丸紅がウランを供給する」というフォーメーションだった。しかし資源ビジネスの難しさを知る丸紅は土壇場で腰が引け、福島第1原子力発電所の事故で東電も海外事業どころではなくなった。それでも原発輸出を推進したい経産省は、丸紅に代わって東芝にウラン開発を依頼。経団連会長を目指していた佐々木則夫社長(当時)が、点数稼ぎのためこれに乗り、資源ビジネスではズブの素人の東芝が、資源の中でも難しいウランの開発に参入することになった。

福島第1原発の事故で多くの国が脱原発、減原発に向かい始めた後も、東芝のウラン開発は止まらなかった。2012年には西アフリカのニジェールでウラン開発をしているカナダの「ゴビエックス」社の転換社債3000万ドル(約24億円、当時)を引き受け、大型原発1基の年間使用量に匹敵する年60万ポンドのウラン権益を確保した。

ゴビエックスは2014年、トロント証券取引所で株式を上場したが業績はさえず、現在の株価は初値の10分の1以下に沈んでいる。同社に10%近く出資している東芝は大きな含み損を抱えている。さらに東芝はゴビエックスから年間60万ポンドのウランを14年間に渡って引き取る契約になっており、米フリーポートのLNGと同様に売り先が見つからなければ、最大で100億円近い損失を抱えることになる。

つまるところ、東芝のウラン関連の「隠れ損失」は、ハラサンとゴビエックスで総額300億円に及ぶ可能性がある。LNG事業が抱える1兆円近いリスクに比べると小さく見えるが、一般的な資源であるLNGは損切りで売ろうと思えば買い手は見つかる。これに対しウランの取引は特殊だ。東芝は経産省の国策に乗り、原発とウランをセットで新興国に売る腹づもりだっただろうが、WHが経営破綻し、海外原発事業から撤退することになった今となっては、ウランは完全なお荷物でしかない。

隠れ損失が他にも

冒頭で述べたように、メモリ事業を切り離した後の東芝の営業利益は100億円に届くかどうかの水準にまで落ち込む。そこで300億円の隠れ損失が顕在化すれば、それは綱渡りの資金繰りを続ける東芝の致命傷になりかねない。

新聞報道では、「メモリ事業が売却できれば東芝は危機を脱する」というトーンが大勢だが、仮にメモリ事業が売れたとしても、稼ぐ力を失った東芝が存続できる可能性はそれほど高くない。粉飾決算についても、東芝が雇い、東芝がリクエストした部分だけを調査した第3者委員会の「お手盛り報告書」があるだけで、まだその全貌は明らかになっていない。隠れ損失はウランの他にもあると考えるのが自然だ。

メモリ事業の売却自体も東芝の思惑通りに進む可能性は低いが、よしんば売却に成功しても、いくばくかの時間を稼げるだけである。メディカルとメモリという両翼を失った東芝が再び飛翔する日は、おそらく訪れない。

2016-04-14-1460596459-4876465-img_c79b12b47a6be4fe977e1ade365cdefe10533.jpg大西康之 経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。

関連記事

(2017年9月6日
より転載)

注目記事