台湾「国民党歴史的惨敗」の衝撃:「筆頭戦犯は馬総統」

まさに「変天」(世の中がひっくり返る、という意味)という言葉がふさわしい。思えば、民進党が「歴史的敗北」を喫した2008年の立法院選挙から6年。あのときと同様、再び、台湾のメディアは、台湾政治におけるこの地殻変動を「変天」という言葉で言い表すしかなかった。

 まさに「変天」(世の中がひっくり返る、という意味)という言葉がふさわしい。思えば、民進党が「歴史的敗北」を喫した2008年の立法院選挙から6年。あのときと同様、再び、台湾のメディアは、台湾政治におけるこの地殻変動を「変天」という言葉で言い表すしかなかった。

 11月29日に投開票が行われた台湾の統一地方選の結果を受け、同日夜に記者会見した馬英九総統は、「人民の声は、聞き届けた」と苦悶の表情を浮かべながら、絞り出すような言葉で、こうコメントするのが精一杯だった。

 国民党主席を兼務する馬総統は数日内の党主席辞任が伝えられる。馬総統に忠実な「政策の執行長(CEO)」と目された江宜樺・行政院長(首相)はすでに辞任を表明。ほかにも国民党陣営の幹部クラスが相次いで辞表を出し、国民党は大揺れに陥っている。

 翌30日の台湾の各紙の見出しには、こんな文字が躍った。

「国民党大潰走」「藍(国民党陣営を表すカラー。民進党陣営は緑)大崩壊」「人民は投票で馬英九に厳しい教訓を与えた」

 そう、国民党はまさに雪崩のような負けっぷりだった。

 22市・県の首長ポストのうち、民進党は選挙前の6から13に大躍進。うち、人口の7割を占める台北、新北、桃園、台中、台南、高雄の6大直轄市でみても、国民党は4市のポストを有していたが、今回、辛勝だった新北市以外の5市で敗北を喫し、ポスト数は15から6に激減。特に、国民党の地盤である事実上の首都・台北を失ったのは1994年に党内分裂で民進党の陳水扁に敗れて以来のことである。

 しかも、敗れた相手が、立候補当初は泡沫扱いだった外科医で政治素人の柯文哲という無所属候補で、楽々当選と見られた国民党長老・連戦元副総統の息子・連勝文は25万票という大差をつけられてしまった。

 国民党の劣勢は事前の情勢判断から明らかではあったが、ここまでとは誰も予想していなかった。事前に不利が伝えられた台北市や台中市だけでなく、国民党が有利と見られた桃園市、新竹市、嘉義市などでも民進党候補が勝ち、圧勝を期待された最大人口の新北市でも2万票差の大接戦。いろいろな意味で台湾政治の想定を超えた現象が起こり、選挙の恐ろしさに国民党は震え上がっただろう。

大敗した「3つの理由」

 国民党大敗の原因について、現状で言えるポイントはいくつかある。

 最大の原因は、馬総統の不人気である。「筆頭戦犯は馬総統」という声は、すでに党内でもあちこちから上がっているが、馬政権の支持率低迷は2009年の水害対応の失敗以来、4年間も続いてきた。その間、支持率回復に有効な手を打てず、数々のスキャンダルや政策の失敗で徐々に生命力を削り取られてきた。党内の融和に背を向けて王金平・立法院長との不仲を解決しようとせず、選挙応援でも党内に一体感や明確な方向性が見られず、国民党全体を窮地に追いやった形である。

 もう1つは、基本的に反国民党勢力が中心となった3月のヒマワリ運動の「成功」によって、それまではまとまりを欠いていた民進党や市民団体の反国民党陣営が結束し、勢いを得たということだ。馬政権が学生たちの要求に屈した運動の結末が敗北の導火線になったことは明らかである。

 そして3つ目は、中国との関係において、一貫して「対中融和」と経済関係の強化を唱えてきた馬政権の路線に、有権者が待ったをかけたことだ。ヒマワリ運動の問題とも通じるが、対中関係の急速な進展は台湾に利益ももたらしたが、反作用として台湾が中国に飲み込まれるとの不安が広がり、対中関係により慎重な民進党に票を集める結果となった。

総統選は五分五分の戦いに

 いずれにせよ、いったん背を向けた民意を振り返らせるのは大きな難題である。台湾の有権者の志向性は、過去を振り返ってみると、およそ10年ごとに変動してきている。1990年代後半から2004年の総統選(民進党の陳水扁が勝利)までは、民進党の優勢、国民党の劣勢というトレンドであった。一方、2005年に入ってからは、陳水扁総統の資金疑惑などもあって民進党の退潮傾向が強まり、一方で、歴史的な「国共和解」を演出した国民党の声望が高まり、馬英九というスターの登場とあいまって、国民党優勢の時代が2012年の総統選までは明確だった。それがこの2014年をターニングポイントに、今後国民党は再び低迷期に入る可能性がある。

 目前の政治スケジュールは、予定としては、多少時期が前後する可能性があるが、2015年末には立法院選挙、2016年初頭には総統選挙という2つの大きな選挙が控えている。残り1年あまりで国民党が立て直しを図ることは、常識的には相当に至難の技だろう。

 しかも、日本の統一地方選と違って、台湾の統一地方選は国政に直結する要素が大きい。「行政中立」があまり要求されない台湾においては、市・県長のポストを握ることで動員される行政リソースは、国政選挙においても大きな得票の原動力になることはかねてから言われている。

 また、得票率についてみると、民進党陣営が47%の得票率で、国民党の40%を大幅に上回った。親・民進党である無所属候補の台北市の分を加えればゆうに5割を超える。今後はこの数字を下地に総統選の動向が占われていくが、国民党は政権喪失を目前の現実として受け止めざるを得ない状況であり、逆に言うと、民進党の政権復帰がぐっと現実味を帯びた。ただ、組織力や地方議員の数など地力の面では国民党はなお民進党を上回っており、これで五分五分の戦いになったと見ておく方がいいだろう。

民進党は「蔡英文」体制か

 それでは、この統一地方選の結果は、これからの台湾政治にどのような影響を及ぼしていくのだろうか。これから短・中期的に予想される事態をいくつか並べてみる。

・ 党主席として選挙に敗北を喫した馬総統は、後継指名を含めて、「馬英九後」に向けた発言権を大いに弱めた。支持率回復は絶望的で、今後は対中関係を含めて、重要政策の遂行はまず難しくなった。

・ 国民党の総統候補選考は今後、この選挙でかろうじて生き残った朱立倫・新北市長と、無傷で力を温存してきている呉敦義・副総統の2人を軸に進んでいく。下馬評に上がっていた江・行政院長はこの辞任でレースから外れた。馬総統の党主席辞任などに伴う求心力・発言力の喪失によって、今後の党内選考がもつれる可能性もある。

・ これまで改善局面にあった中台関係は今後調整期に入り、現状よりマイナスになることはないだろうが、当面進展も期待できない。また中国も台湾と距離を置き、次の総統が決まるまでは「観察」を基軸とする対応になるだろう。

・ 民進党の総統候補は今回の選挙で党主席として勝利を導いた蔡英文になる蓋然性が高まった。もちろん今回の選挙で圧勝した台南市の頼清徳市長や高雄市の陳菊市長などの名前は上がるだろうが、蔡氏のこの選挙での的確な戦略立案や精力的な選挙応援が評価されており、今後は将来の組閣も睨んだ「チーム蔡」の体制構築を含めた総統選への準備が焦点になりそうだ。

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野嶋剛

1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長、国際編集部次長。現在はアエラ編集部。著書に「イラク戦争従記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)。

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(2014年12月1日フォーサイトより転載)

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