60年後にばれた米「砂糖業界」の大陰謀(上)「低脂肪ダイエット」のウソ--大西睦子

ダイエットのためになぜ脂肪の摂取だけを制限しなければならないのでしょうか?
'sugar/salt on teaspoon, sideview isolated on white'
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craftvision via Getty Images

 昨年、プロ野球「横浜ベイスターズ」の親会社でもある大手IT企業「DeNA(ディー・エヌ・エー)」が運営する医療系キュレーションサイト『WELQ(ウェルク)』で、他のメディアから無断で記事を転用したり、多くの記事が科学的根拠の検証がまったくなされていないものであったことなどが問題となりました。結果、DeNAは11月末、同サイトを含めて運営する10のキュレーションサイトのサービス停止に追い込まれました。

 このWELQというサイトは非常に人気だったそうですが、それだけに、科学的、医学的に誤った情報を氾濫させていたわけで、社会的にも大きな問題であり、責任も重いと思います。

 これはメディアの質と責任が問われる問題ですが、実は同時期、米国では同じように「健康」に関することで社会的な騒動に発展している問題が起きています。問題の構造はより単純です。そしてそれは、私たち日本人にとっても非常に重大な影響がある問題です。

ハーバード大を抱き込んだ砂糖業界

 約60年も前から米国で始まり、今や世界中で大流行している「低脂肪ダイエット」。日本でも、ヘルシーなダイエットとして、あたかも新興宗教のようにのめり込んでいる人も少なくないようです。しかし実際のところ、健康への効果はどうなのでしょう? そもそも、ダイエットのためになぜ脂肪の摂取だけを制限しなければならないのでしょうか?

 実は1960年代、米国の砂糖業界は、ハーバード大学の研究者らに資金を提供し、「砂糖と脂肪の心臓病への影響」について調査を依頼しました。そして研究者らは、あろうことか、砂糖業界にとって都合の良いように結果を操作し、心臓病の責任を脂肪だけに押し付けるような結論を導き出したのです。その結果、脂肪は心臓病にとっての悪者となり、そればかりか肥満についても諸悪の根源のごとく見なされ、以来、低脂肪ダイエットが大流行したのです。

 この衝撃的な事実は、60年を経た2016年9月12日、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のクリスティン・カーンズ博士らが『米国医師会雑誌』(JAMA Internal Medicine)に発表した調査論文によって初めて明らかになりました。この論文を中心に、半世紀以上も前にゆがめられてしまった栄養学と、いまも混乱しているダイエット事情について検証してみます。

「市場拡大」のための4カ条

 1950年代、米国では心臓病による男性の死亡率が増加しました。当時のドワイト・アイゼンハワー大統領も深刻な心臓発作に苦しんでおり、米国民は、大統領の回復を願いつつ、闘病の様子をじっと見守っていました。こうした時代背景もあり、米社会では、心臓病を予防するための「健康的な食生活と運動」が新たなスローガンとなりました。

 そんな中、1954年、甘味資源作物の生産者団体や製糖メーカーなどが設立した「砂糖研究財団(The Sugar Research Foundation)」(現「米国砂糖協会」=The Sugar Association)のヘンリー・ハース会長(当時)が、アメリカ甜菜(てんさい=砂糖の原料作物)研究会(ASSBT)で、砂糖業界関係者向けに「砂糖の研究における最新情報」と題した講演を行いました。その際ハース会長は、以下の4点を世間一般に強調していくべきであり、そうすることで米国人が「低脂肪ダイエット」をどしどし採り入れるようになれば、それがひいては砂糖業界の市場拡大のチャンスになるのだ、ということを熱弁したそうです。

(1)一流の栄養士らが、高脂肪の摂取によってコレステロールの形成が促進される化学的因果関係を指摘している。これをさらに強調し、コレステロールが多量に形成されると動脈や毛細血管を塞いで血流が悪くなり、高血圧や心臓病を引き起こすと喧伝する。

(2)中年男性が低脂肪ダイエットを実行すれば、たった5日で血液中のコレステロールが正常値に戻ると喧伝する。

(3)米国人の食生活では、脂質から摂取するカロリーが40%だと言われている。しかし、かつてはこの半分の20%は、炭水化物から摂取していたのだから、この20%を取り戻すべく炭水化物食品にかかわる業界は努力すべき。これを実現でき、なおかつ砂糖が炭水化物市場での現在のシェアを維持できれば、1人当たりの砂糖消費量が3割増える計算になる。そして、そうすれば健康が著しく改善するのだと喧伝する。【筆者注:炭水化物とは「糖質」と「食物繊維」からなる化合物のこと。このうち「糖質」には、「多糖類」(オリゴ糖、でんぷん、デキストリン)、「二糖類」(麦芽糖、ショ糖、乳糖)、「単糖類」(ぶとう糖、果糖)などが含まれる。「砂糖」はこの「二糖類」に含まれる】

(4)砂糖業界として、生化学の知識がない一般の人に、「砂糖は人間の生命を保ち、日々直面する問題への活力になる」というイメージを喧伝するために、年間60万ドル(2016年の貨幣価値では530万ドル)費やす。

黙殺された「砂糖の問題点」

 同じ頃、生理学や栄養学の研究者らが、コレステロール、過剰なカロリー、アミノ酸、脂肪、炭水化物、ビタミンなどの食事因子が心臓病に与える影響について、それぞれ調査・研究を始めていました。そして1960年代までに、2人の著名な生理学者が、冠動脈性心疾患の原因について、それぞれの説を発表しました。

 1人は、英国クイーン・エリザベス大学栄養学教授のジョン・ユドキン博士。ユドキン博士は、過剰な糖の摂取こそが冠動脈性心疾患の原因と指摘しました。後に『純白、この恐ろしきもの――砂糖の問題点』という著書も書いています。そしてもう1人は、米ミネソタ大学のアンセル・キーズ博士。キーズ博士は、飽和脂肪酸やコレステロールの摂取が、冠動脈性心疾患の原因と指摘しました。

 ところがその後、ユドキン博士の説は学会や業界からまったく無視され、キーズ博士の理論が受け入れられるようになります。冒頭で紹介したJAMAの論文の共著者、カリフォルニア大学サンフランシスコ校保健政策教授ローラ・シュミット博士は、CNNの取材にこういう趣旨で答えています。

「もし私たちが1965年に戻ってシナリオを書き直すことができれば、心臓病のリスクは脂肪だけではなく、炭水化物、特に砂糖にもあるのだと、社会全体に注意を促します。そうしていれば、その後の状況は全く違っていたでしょう」「炭水化物が心臓病において深刻な影響を及ぼすというユドキン博士の説を無視していなければ、今日のように心臓病や肥満が蔓延している状況は異なっていたでしょう」

 それではなぜ、あの当時、ユドキン博士の説は無視されたのでしょうか?

「5万ドル」で研究結果を操作

 カーンズ博士やシュミット博士らは、1959 年から1971年までさかのぼり、砂糖研究財団(当時)の幹部と様々な科学者との手紙のやりとりを収集しました。その過程で、1967年にハーバード大学公衆衛生大学院栄養学科マーク・ヘグステッド博士らにより『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』誌に発表された「炭水化物、脂肪とアテローム性動脈硬化症」と題する論文の総説に関して、衝撃的な証拠書類を発見しました。

 それによると、砂糖研究財団は、ハーバード大学の3人の研究者らに、今日の貨幣価値で約5万ドルを支払い、砂糖業界に都合の良いように結果を操作するよう依頼していたというのです。

 総説では、「食事中の飽和脂肪酸とコレステロールの割合を減らし、多価飽和脂肪酸の割合を増やすことが心臓の健康のためになる。一方、炭水化物の関与はわずかである」と結論づけました。つまり、心臓病に対する悪影響という点で、砂糖に"甘い"評価をつけていたのです。

 医学会のトップジャーナルであるNEJM誌で発表されたその論文は、その後の科学的な議論に決定的な影響を及ぼしました。そして実際に、この論文の発表後、砂糖と心臓病を因果づける議論はぱったりと消えていったのです。その因果関係をいち早く指摘したユドキン博士の説が無視され、闇に埋もれてしまったのも、そうしたことが原因だったのです。

公開されなかった「利益相反」情報

 しかし、問題のNEJM誌の論文には、砂糖研究財団から金銭的支援を受けていた事実が開示されていません。現在では信じ難いことですが、実は1984年まで、NEJM 誌は、論文発表者に「金銭上的な利益相反」に関する事実開示を要求していませんでした。

 今回、JAMA誌の調査論文が明らかになった直後、米国砂糖協会は次のような声明を発表しています。

「我々は、すべての研究において、透明性が必要であることを認めます。ただし、この研究が発表された時代は、金銭的支援の開示と透明性の基準は、今日と異なっていました。さらに、60年前に起こった、私たちが1度も見たことがない(証拠書類とされる)文書に関する問題に私たちが応じることは難題です」

 こうした対応に対して、ニューヨーク大学の栄養学と公衆衛生学の教授マリオン・ネスレ博士はこう強く非難しています。

「1967年の総説のように、砂糖ではなく飽和脂肪酸だけを問題視したことで、その後数十年の間、心臓の健康について医療関係者が一般の人々に行う食事のアドバイスに、極めて深刻な影響を及ぼしてきたのです」

 実際、ネスレ博士のコメントの通り、1967年のNEJM誌の総説は、後年、米連邦政府が策定する『アメリカ人のための食生活ガイドライン(DGAs)』に大きな影響を及ぼすことになるのです。(つづく)

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大西睦子

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。

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(2017年1月20日フォーサイトより転載)

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