北朝鮮が3月6日に行った4発の弾道ミサイル発射は、様々な衝撃をわれわれに与えた。
朝鮮中央通信は翌日7日、「有事の際に在日米軍基地への攻撃を担う朝鮮人民軍戦略軍火星砲兵部隊の訓練だった」とし、「米国と韓国が(北朝鮮に対し)ただ一点の火花でも散らすなら、核弾頭を装塡(そうてん)した火星砲で侵略と挑発の本拠地を焦土化する決死の覚悟を固くした」と報じた。
つまり北朝鮮は「在日米軍基地攻撃用部隊を保有」しており、その部隊は「有事の際は核を搭載する」と意図を公表したのだ。更にその訓練内容が「日米の弾道ミサイル防衛を意識した発射訓練」という恫喝だったことだ。
安保理は緊急会合を開催して対北朝鮮経済制裁を順守することなどで合意し、終了後には日米韓の国連大使がそろって北朝鮮を非難した。特にアメリカのヘイリー国連大使が「今回のミサイル発射を受け、アメリカがどう行動すべきか再評価している。あらゆる選択肢が検討されている」と述べたことで、アメリカによる軍事オプションが行使されるのではないかとメディアをにぎわしている。
果たしてそうなのか? 以下詳細に分析検討してみたい。
ミサイル「同時着弾」という脅威
まず多くのメディアは、北朝鮮がミサイルを「同時発射」したことを、彼らの技術の進展として大きく取り上げているが、スカッドERとみられるミサイルは、既に2006年7月にも数発発射しており、ミサイル本体の技術そのものは既に完成されたものだ。
因みに、北朝鮮によるミサイル発射を非難し、弾道ミサイル計画に関わる全ての活動停止を北朝鮮に要求するいわゆる「北朝鮮のミサイル発射に対する国連非難決議」が初めて出されたのは、この発射によるものだった。
そもそも移動式といわれる、輸送起立発射機(transporter erector launcher=TEL)を使った陸上攻撃用のミサイルは、旧ソ連時代に完成した技術である。ミサイルの発射は、TELの乗組員が発射スイッチを起動するだけのことだから、無線で各TELの乗組員に指示を出せば、同時に発射することくらいは訓練を積めば可能なことだ。
だが「同時着弾」は違う。「同時発射」に比べるとはるかに高度な訓練が必要だからだ。日米の弾道ミサイル防衛(BMD)システムは、発射されたミサイルを飛翔中に破壊するシステムだが、いくら優秀なシステムでも、多数のミサイルが1カ所に集中し同時に着弾する場合は、センサーとプラットフォームの選択が「飽和」状態になり、その破壊が非常に困難になってしまうのだ。
剣道でいえば、「かかり稽古」のように1人1人順番に向かってくるならば、受け手としては1人ずつに対応すればよいが、例えば5人に取り囲まれ、同時に「面」とやられたらどうなるか、と考えてもらえば理解しやすいかと思う。
つまり、昨年9月の3発の発射と今回の発射は、日米のBMDを「飽和」させることを意図的に意識した発射訓練、「射法」の訓練だったということだ。日米の防衛網を十分に意識して「恫喝」したことが新たな段階であるといえるのだろう。
「在日米軍攻撃部隊」の存在が明らかに
さらに重要なのは、発射後の北朝鮮の対応だ。朝鮮中央通信は発射翌日の3月7日、「最高指導者金正恩(キム・ジョンウン)元帥が、朝鮮人民軍戦略軍の各火星砲兵部隊の弾道ロケット発射訓練を現地で指導した」と報じ、「訓練には、有事の際、在日米帝侵略軍基地を打撃する任務を受け持っている朝鮮人民軍戦略軍の各火星砲兵部隊が参加した」と説明した。
この文言の持つ意味は重大である。まず、在日米軍基地の攻撃を目標とする部隊の存在が明らかになったことだ。現役当時の筆者のように、各国の情報機関は当然その存在については認識していたが、在日米軍基地を標的とする「火星砲兵部隊」なる専門のミサイル部隊があることを、北朝鮮が自ら発表したのには正直驚いた。
しかも金正恩氏は「党中央が命令さえ下せば即時即刻、火星砲ごとに敵撃滅の発砲ができるように機動準備、陣地準備、技術準備、打撃準備を抜かりなく整えることを命令した」という。標的である在日米軍基地はいつでも核攻撃できるのだ、と宣言したわけである。
安全保障の理論では、「脅威とは能力と意図の掛け算」といわれる。どれだけ危ない武器等の能力を持っていても、意図がゼロならば、脅威はゼロになるのだが、その「意図がある」ことを明確に示したということは、安保理決議違反のみならず、国連憲章による「武力による威嚇の禁止」という戦後秩序そのものに対する挑戦であり、政治的な意味でも脅威レベルが上がったと言うことができよう。
こうした状況は、昨年あたりから出始めていたアメリカによる「北朝鮮先制攻撃論」に拍車をかけることになった。国際社会のルールに従わない「ならず者国家」北朝鮮を膺懲(ようちょう)すべし、化学・核物質関連施設に限定した空爆を行うべし、という議論が米国内外で湧き上がっているのだ。
9.11を在米国防衛駐在官(防衛班長)として国防総省と協議してきた筆者からみれば、ヘイリー国連大使がいう「あらゆる選択肢」に軍事オプションが含まれているのは当然だと考える。だが、アメリカはほんとうにそれを実行する可能性はあるのだろうか。
それを解き明かすために、まずはアメリカの先制攻撃論を分析するところから始めてみたい。
「予防戦争」と「先制戦争」
まず、2つの用語を正しく理解する必要がある。「予防戦争(preventive war)」と、「先制戦争(preemptive war)」だ。日本ではこの2つを混同して論じがちなので、この際区別をしっかりとつけておこう。
「予防戦争」とは、敵との戦争が避けられないという状態のとき、自らが攻撃されることを「予防」するために、敵地に対して先制攻撃を仕掛けるというものである。一方「先制戦争」は、相手からの攻撃や侵略といった切迫した(imminent)脅威がある場合、戦略的な優位を保持するために自衛権の範疇としてこちらが先制攻撃をする、というものである。
喩えて言うなら、自分を敵視している近所の「ならず者」に対して、こちらが襲われる前に寝込みを襲うのが「予防戦争」で、ならず者が棍棒を用意してこちらに来ることがわかった時点で、こちらから玄関先に出向いて相手の攻撃力を奪うのが「先制戦争」である。
これらの状況の違いからもわかるように、「予防戦争」は、相手国が一切攻撃の用意をしていないところを攻撃するわけだから、国際法上違法行為とされている。1967年の6日間戦争の戦端を切ったイスラエルによるエジプト空爆はこの「予防戦争」といわれ、安保理決議で国際法違反とされている。
だが「先制戦争」の考え方はこれと異なる。日本の「武力攻撃事態法」を例にとるならば、「武力攻撃事態」(武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態)や「武力攻撃予測事態」(武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態)に相当する場合、相手に対して先制攻撃できるとするものであり、基本的には自衛権の範疇にあるということができる。
因みに日本の場合、後者の「武力攻撃予測事態」では武力行使を認める「防衛出動」は下令できないようになっている。
そしてこの「先制戦争」の概念を明確にしたものが、「ブッシュ・ドクトリン」と呼ばれるものだ。
脈々と息づく「ブッシュ・ドクトリン」
「ブッシュ・ドクトリン」は2001年9月11日のアメリカ同時多発テロと、その1カ月後のアフガン戦争が発端である。その全貌は翌2002年9月20日に発表された国家安全保障戦略で明らかになった。その骨子は以下の通りである。
テロ組織の破壊のため、(1)大量破壊兵器やその前段階のものを入手したり使用しようとするテロ組織、テロリスト個人、テロ支援国家を攻撃対象とする、(2)脅威が自国境に到着する以前に、米国はその脅威を発見して破壊する。その場合は単独でも行動し、先制攻撃も辞さない。
つまりテロ支援国家を含む「ならず者国家(rogue state)」がアメリカに脅威を及ぼすことの防止を挙げ、「敵の攻撃を防止するため、米国は必要な場合、先制行動(preemptive action)をとる」「先制攻撃(preemptive strike)を侵略の口実に使ってはならないが、危険が高まっているのに何もしないでいることはできない」と説明したのだ。
もともと「先制戦争」の概念は、アメリカの国家安全保障戦略の選択肢の1つとして存在していたが、ブッシュ(Jr.)大統領はそれを明確に打ち出したことになった。そして2003年には、大量破壊兵器を保有するテロ支援国家としてイラクを攻撃したのである。ただし、結局大量破壊兵器が見つからなかったことから、「イラク戦争は『予防戦争』だったのではないか」との批判を受けているのは読者もご存じの通りである。
その後、オバマ政権が発表した国家安全保障戦略では一旦「先制戦争」は消えたものの、アメリカには、ブッシュ・ドクトリンの考え方は脈々と息づいていた。というのも、朝鮮半島有事を想定して策定された、北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃作戦を含む「作戦計画5015」が、ほかならぬオバマ政権時代の2015年6月に米韓で合意され、署名されたという事実があるからだ。(つづく)
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伊藤俊幸
元海将、金沢工業大学虎ノ門大学院教授、キヤノングローバル戦略研究所客員研究員。1958年生まれ。防衛大学校機械工学科卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。潜水艦はやしお艦長、在米国防衛駐在官、第二潜水隊司令、海幕広報室長、海幕情報課長、情報本部情報官、海幕指揮通信情報部長、第二術科学校長、統合幕僚学校長を経て、海上自衛隊呉地方総監を最後に2015年8月退官。
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(2017年3月14日フォーサイトより転載)