関西電力「2度目の値上げ申請」のウラの「無神経放漫経営」

企業にも"遺伝子"がある。合理的に説明がつかない経営判断でも、その企業の歴史に照らし合わせれば納得できることが往々にしてある。例えば、関西電力。
時事通信社

 ヒトと同じように企業にも"遺伝子"がある。合理的に説明がつかない経営判断でも、その企業の歴史に照らし合わせれば納得できることが往々にしてある。例えば、関西電力。東京電力福島第1原子力発電所の事故をきっかけに激変した電力市場に対処する術もなく、4期連続で巨額の赤字計上を続ける森詳介会長(74)、八木誠社長(65)の首脳コンビは、この2年間で2度目の値上げを政府に申請した直後、共に留任を決めた。森は今年5月に任期切れを迎える関西経済連合会(関経連)会長の続投も宣言。値上げ申請に際して債務超過転落の危機を叫ぶ一方で、トップの財界活動は継続し、元会長ら顧問7人に少額とは言い難い報酬を払い続けている。過去のしがらみを払拭できず、抜本的なリストラに踏み切れない同社にとって何より求められるのは経営陣の刷新なのだが、歴代首脳が退き際の悪さを何度も露呈してきたこの会社に自浄作用を期待するのは確かに無理だろう。

4年で赤字が7000億円以上

「高浜原発3、4号機の再稼働時期は見通せない。このままなら2016年3月期まで5期連続の赤字となり、債務超過の恐れもある」

 昨年12月17日、臨時の記者会見を開いて昨年5月に続く電気料金の引き上げを政府に申請する意向を明らかにした社長の八木は、鬼気迫る表情でその理由をこう語った。

 経済界の常識では、経営トップが自ら「債務超過の恐れ」を口にするのは余程追いつめられている場合にしかあり得ない。周知のように、2011年3月11日の福島原発事故以降、国内の原発は定期点検入りを機に順次運転停止を余儀なくされ、発電量に占める原発の割合が44%と高水準だった関電は、代替の火力発電の炊き増しによって収益が極度に悪化した。2012年3月期~14年3月期の3年間で最終赤字(連結)は計5831億円に達していたが、これに15年3月期の赤字予想1260億円を加えると、3.11以後の4年間で7000億円を超える赤字を出すことになる。

 当然のことながら、こうした赤字の垂れ流しは財務を毀損する。11年3月期に1兆4949億円あった関電の純資産(単体)は、14年3月期には8067億円に急減。しかも、このうち5000億円は繰り延べ税金資産である。八木が指摘するまでもなく、5期連続の赤字になれば監査法人から全額取り崩しを迫られるのは必至。そもそも繰り延べ税金資産とは、将来収める予定の納税額から算出した"還付される見込みのカネ"だから、赤字で課税所得がなければ計上されない資産なのだ。

 そうなると、前期末の実質的な純資産は3000億円強であり、関電単体の自己資本比率は5%弱ということになる。昨年夏、北海道電力と九州電力は債務超過懸念が顕在化したとして、日本政策投資銀行からそれぞれ500億円、1000億円の優先株による出資を受けたが、前期末の単体自己資本比率は北電が5.4%、九電が8.1%だった。東京電力が事実上破綻して国有化された後、電力業界の「長男坊」となった関電だが、台所事情はかくも惨憺たる状況なのだ。

役員報酬は平均2100万円!

 ところが、地域独占にあぐらをかいて「超過利潤」を満喫してきた経営陣は、さっぱりアタマの切り替えができない。前述した臨時記者会見から1週間後の昨年12月24日、政府に今年4月1日からの再値上げ(家庭向け平均10.23%、企業向け平均13.93%)を正式に申請した後に記者会見した社長の八木は、「効率化でコスト増を吸収できず、断腸の思いだ」と陳謝したが、同社の経費削減の実態が明らかになるにつれ、あまりにお粗末な取り組みに地元の消費者や中小企業経営者などの間から怒りの声が上がっている。

 まず、役員報酬。前回(2013年)の値上げ(家庭向け9.75%、企業向け17.26%)の際、経済産業省総合資源エネルギー調査会電気料金審査専門小委員会(委員長=安念潤司・中央大学法科大学院教授)の査定で、役員報酬は2013~15年度を通じて平均1800万円(国家公務員指定職の俸給相当)までしか原価算入を認めないとされていたのだが、関電役員の平均報酬は昨年12月まで2100万円だった。再値上げを申請する段になり、「役員報酬の削減幅をこれまでの平均60%から5%上積みする」としてようやく1800万円に下げたというのが真相。今年1月21日に開かれた同専門小委のヒアリングで、さすがに複数の委員から「2013年度以降の報酬削減が不十分だったことをどう釈明するのか」との追及を受け、八木は「経営全般のコスト削減で補いたい」と申し開きをした。

 関電関係者によると、八木が言及した「経営全般のコスト削減」とは、来期(2016年3月期)以降に実施予定の社員への住宅手当(年3回支給)停止や、年間賞与の見送り。すでに労組に打診しており、これにより社員1人当たりの平均年収を655万円から630万円程度に引き下げるという。つまり、役員報酬のカットが足りなかった分を社員の年収削減などで補うというわけだ。

 実は、今回の関電の再値上げは「電源構成変分認可制度」に基づく申請である。この略して「電変制度」とは、原発停止による燃料費の増加分を、総原価を洗い替えることなく電気料金に反映させるもの。福島原発事故後の2012年11月に新設されたこの制度が適用されるのは昨年の北海道電力の再値上げに次いで2例目であり、本来は役員報酬など査定の対象外なのだが、関電経営陣の「あまりに姑息なやり方」(消費者団体関係者)に専門小委のメンバーも不快感を抑えかねてヒアリングでの追及になったという。

 そもそも1800万円という報酬額も、経営危機に瀕している企業の経営陣としては決して安くはない。液晶パネルの過大投資で苦境が続いているシャープの役員報酬は平均1657万円だし、会社更生法申請前の日本航空の社長だった西松遥(67)は、年収960万円でバス通勤をしていたのだ。

顧問報酬は7人で4000万円

 専門小委のメンバーをあきれさせた事例はまだある。関電は社長、会長を歴任した首脳OBら7人をいまだに顧問として遇し、年間計4000万円の報酬を支払っている。詳細は明らかにされていないが、現在顧問の肩書きがあるのは小林庄一郎(92、社長在任1977~85年)をはじめ、秋山喜久(83、同91~99年)、藤洋作(77、同01~05年)ら。専門小委メンバーである東京大学社会科学研究所教授の松村敏弘(49)は、21日のヒアリングで「なぜ顧問報酬をゼロにしないのか。それで消費者の納得を得られると思っているのか」と厳しく問いつめ、これに対し、社長の八木は「今後人数は減らす方向で検討する」と返答したものの、「顧問の方々は社外活動に従事しており、人数をゼロにするのは無理」と次第にトーンダウン。社外活動には肩書きだけあれば十分だと思うが、そんな社会の常識はこの会社には通じない。

 関電首脳の非常識の極めつけは、会長の森の財界活動だろう。2010年6月に社長の座を八木に譲った森が関経連の14代目会長に就任したのは11年5月。福島原発事故発生のわずか2カ月後だった。当時すでに東京電力が破綻に瀕し、東日本の原発停止で全国的な電力不足が懸念され、「関電も財界活動どころではない」と指摘されていたが、森は敢えて辞退せず、就任挨拶を「原子力発電に携わる一員としてご迷惑とご心配をおかけして心からお詫び申し上げます」という異例の陳謝の言葉で始めて話題になった。

 あれから4年。森は今年1月6日の年頭記者会見で、5月の任期満了後も続投する意向を正式に表明した。関電の再値上げ申請の直後でもあり、記者会見では続投に批判的な質問が出たが、森は「関西に貢献し、皆様への多大なご迷惑を少しでも緩和することでお許しいただきたい」と低姿勢を貫き、逆風をかわした。

 関経連の13人の歴代会長の中で4年の任期を超えて留任したのは8人だが、関電出身の太田垣士郎(1894~1964年)、芦原義重(1901~2003年)、秋山、森の4人は、いずれも「4年超」の留任組。「黒四ダム建設の決断を下した太田垣さんは退き際も鮮やかだったが、2代目の芦原さん以降はポストに執着する経営者が目立った」と関西財界の長老は振り返る。社長、会長を歴任した実力者が人事をめぐって醜悪な争いを繰り広げた例もある。

歴代トップの人事抗争

 最も有名な関電の人事抗争は、1987年2月26日の取締役会で、代表取締役名誉会長だった芦原が側近の副社長、内藤千百里(92)とともに取締役を解任された「二・二六事件」。芦原は1959年の社長就任以来、30年近く関電のトップとして君臨しており、87年当時の社長、森井清二は芦原の女婿だった。当時の会長、小林庄一郎は85年に森井への不本意な禅譲を余儀なくされたことから芦原ワンマン体制に危機感を抱き、その社長人事の2年後、芦原と内藤が「経営を私物化している」として自ら2人の解任動議を発議したのである。

 この「二・二六事件」で小林の腹心として暗躍したのが、森井の後任として1991年に社長の座を射止めた秋山喜久。ただ、小林と秋山も後にやはり人事で対立する。99年、秋山の後継人事をめぐり、小林は自らの系譜を継ぐ副社長の石川博志(81)を社長に昇格させる。が、社長を8年務め、さらに実力会長として「長期政権」を狙った秋山は、小林の影響力排除を画策して石川を在任わずか2年で退任させ、2001年に秘蔵っ子の藤洋作を社長ポストにつけた。この藤の社長就任を発表した記者会見で、秋山が前任の石川の退任理由を「聴力が低下したため」と説明したことで、その唐突な理由付けが却って人事抗争の憶測を呼ぶ結果になった。

 この秋山、藤の体制は長期に及ぶと見られていたが、3年後の2004年8月に起きた美浜原発(福井県美浜町)3号機の蒸気噴出事故で、関電経営陣に激震が走る。タービン建屋で2次冷却水の配管が破裂して検査会社社員らが蒸気を浴び、5人が死亡、6人が重傷を負うという重大事故だった。原子力安全・保安院の事故調査委員会は、翌年3月に出した最終報告書で、「配管の点検リストからの記載漏れによって配管の減肉を長年見落としていた。背景に社内の安全文化の綻びがあった」と指摘。配管が寿命に達していたのは秋山が社長に就任した1991年であり、14年間経営トップの座にあった秋山が引責辞任するだろうと、社内外の関係者は一様に見ていた。が、事故から1年後の2005年3月に発表した役員人事で辞任したのは、社長の藤だった(厳密には取締役への降格)。

 事故発生直後から、秋山は「労災事故でなぜ社長が辞めねばならないのか」「信楽高原鉄道事故(1991年)でも、大阪・天六のガス爆発(70年)でも社長は辞めていない」と、他社の事故の例まで持ち出してトップの引責辞任説を打ち消すのに躍起だった。そうやって表面上は社長の藤をかばう姿勢を見せていたが、社内外の多くの関係者が「会長である自分自身の保身のため」と解釈していた。この美浜事故をめぐる経営責任問題は国会でも取り上げられ、一時は秋山の参考人招致も検討されたが、「私が社長の時の事故だから」という藤の辞任で立ち消えになった。秋山は翌06年に退任するまで15年間、関電トップとして君臨したが、その功績よりも退き際の悪さで人々の印象に残った。

近隣自治体も反発

 この藤の後任の社長になったのが、現会長の森である。京都大学工学部卒で送電技術者としての経歴が長かった森は、5年後、同じ京大工学部卒で入社後のキャリアも自分とほぼ同じ八木を後任に選んだ。森、八木のコンビは、それまで秘書や企画部門の出身者が多かった歴代社長とは毛色が異なり、社内でも「経営陣の陰湿な体質を一掃できるのでは」との期待が高まったが、3.11後の電力業界の混乱に翻弄されるばかりで、代替火力発電の燃料費膨張で傷んだ財務の立て直しには全くの無策だった。

 森は2005年の社長就任後、美浜原発の地元住民からの信頼回復を経営の柱に掲げ、そのために原子力事業本部長代理として現地に送り込んだのが八木だった。八木は美浜町の3000戸強とされた全世帯を半年に1度訪問するなど、住民との意思疎通に努め、事故発生から2年5カ月後の07年1月に3号機の運転再開にこぎ着けた。

 森、八木コンビはその美浜3号機の成功体験を共有しているためか、福島原発事故後の現在の苦境下でも、原発再稼働が全てを解決すると思い込んでいるフシがある。関電はじめ電力業界では、九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1、2号機に続き、関電高浜原発(福井県高浜町)3、4号機が年内にも再稼働するとの期待が高まっている。高浜原発3、4号機が動けば年間1000億円単位で損益が改善するとされ、関電は昨年10月、津波や地震の追加対策として1030億円を投じると発表した。だが、関電本社の期待とは裏腹に、地元福井では再稼働に悲観的な見方が広がっている。理由は「司法の壁」だ。

 昨年12月5日、地元や関西の住民らが、関電高浜原発3、4号機、大飯原発(福井県おおい町)3、4号機の計4基の原発の再稼働差し止めを求める仮処分を福井地裁に申請。担当する裁判長は、昨年5月、憲法で定めた「人格権」を根拠として大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を下した樋口英明である。樋口は今年3月に福井地裁から異動する見通しで、離任前に仮処分を認める判断を下す可能性が高いと見られている。高浜や大飯の原発再稼働をめぐっては、滋賀や京都など近隣自治体も反発する動きが広がっており、前途は多難だ。

説得力ゼロの値上げ

 関電とは対照的に、元JFEホールディングス社長の数土文夫(73)が昨年4月に会長に就任して以後の東京電力は、体質転換を加速している。福島第1、第2の両原発の廃炉を余儀なくされ、柏崎刈羽原発(新潟県柏崎市、刈羽村)の再稼働もメドが立っていないが、人件費削減は言うまでもなく、子会社や不動産などの売却、工事発注の見直し(入札方式拡充)、液化天然ガス(LNG)の国際入札などにより、コスト削減を徹底。2015年3月期の2期連続の黒字をほぼ確定したほか、2022年度までの4兆8000億円のコスト削減目標を1兆円超上積みし、6兆円規模に拡大する方針を昨年末に打ち出している。

 片や関電は、通信会社のケイ・オプティコムや関電不動産など好業績、優良資産に恵まれたグループ会社がありながら、八木は「一過性の売却益になるが、構造的な問題解決にはならない」と資産売却には消極的。こんなスタンスで「企業としての存続が困難になる場合に値上げを判断せざるを得ない」(昨年11月14日の記者会見での八木の発言)と言われても、説得力はゼロだ。瀕死の電力会社に必要なのは、発想の転換ができる外部の経営者である。しがらみに囚われて無策のままでいる経営陣に値上げを認めるのは、まさにカネをドブに捨てる類の愚行ではないか。(敬称略)

杜耕次

ジャーナリスト

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(2015年2月3日フォーサイトより転載)

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