インドネシアの高速鉄道計画において、日本が受注競争で中国に負けたことは大きなニュースとなった。日本政府は、首都ジャカルタとジャワ島東部にある第2の都市スラバヤを結ぶ高速鉄道の導入を2008年にインドネシア政府に対して提案して以降、高速鉄道建設計画では常に先頭を走ってきた。同計画が巨額の事業費ゆえに早期の実現が不可能だということが判明すると、日本は2011年からはその先行区間として、ジャカルタと西ジャワ州の州都バンドンを結ぶ高速鉄道の建設を提案した。この計画は、日本が官民一体で協力しているジャカルタ首都圏の地域開発計画――ジャカルタ首都圏投資促進特別地域(MPA)構想――にも盛り込まれ、日本が優勢な形で進められようとしていた。それだけに、中国案を採用するというインドネシア政府の決定が日本政府に与えたショックも大きかったのである。
一貫していたジョコウィ政権の姿勢
今回の決定を伝えに来日したソフヤン・ジャリル国家開発企画相に対して、菅義偉官房長官は突然の方針変更に「理解しがたい」とコメントした。しかし、昨年10月の政権交代以降のインドネシア政府の動きを見ると、ジャワ島高速鉄道計画に対するジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権の姿勢はむしろ一貫している。そうだとすれば、日本政府は、インドネシア政府の動きを「理解していなかった」ということになるだろう。
中国案採用の決め手となったのは、技術的優位性でも価格でもなく、インドネシア政府側に財政負担が発生しないという点であった。インドネシア政府も、日本の持つ新幹線技術の高さは十分承知している。事業費は、日本案の62億ドル(約7440億円)に対して中国案が55億ドル(約6600億円)と低い価格を提示しているが、日本側はODAによる長期低金利(支払期限40年、返済利息0.1%)での融資を提案しており、固定利息2%(支払期限40年、支払猶予期間10年)の中国案と比べて必ずしも不利とは言えない。
しかし、ジョコウィ政権は当初から、高速鉄道計画に国家予算の手当は行わない、という姿勢で一貫していた。開発計画の立案を担当していたアンドリノフ・チャニアゴ国家開発企画相(当時)は、「我々は、高速鉄道を必要とはしていない。必要なのは、都市の大量輸送鉄道であり、都市間の在来鉄道である」と述べて、2015年1月には、日本が関与していた高速鉄道建設計画を中止すると発表している。国家開発企画庁(Bappenas)は、スシロ・バンバン・ユドヨノ前政権下では高速鉄道建設計画を推進する主体でもあっただけに、政権交代による方針の転換は明らかであった。
また、鉄道を主管するイグナシウス・ジョナン運輸相も、「今後5年間(=ジョコウィ政権の下で)は、ジャワ島の高速鉄道建設に国家予算は投入しない」との姿勢を示していた。ジョナンは、ジョコウィ政権で入閣する前、国鉄の総裁を務めていた際にもこの計画に強く反対し、国家予算を使うべきではないという発言をしていた。前政権下では推進の立場だった運輸省も、新大臣の就任で方針が大きく変わっていたのである。
「撤回」ではなく「再考」
ジョコウィ政権の発足に伴い、ユドヨノ前政権の開発政策は大きく見直された。ユドヨノの「ペット・プロジェクト」と呼ばれたジャワ島とスマトラ島を結ぶスンダ海峡大橋建設計画が中止されるなど、前政権下で策定された長期開発計画「マスター・プラン」に盛り込まれたメガ・プロジェクトに次々と見直しのメスが入った。日本が関与するプロジェクトでは、自動車など日系企業が集積する首都圏東部の工業団地近くに新チラマヤ国際港を建設するという計画も、事業内容の修正を迫られている。
ジョコウィ政権における開発政策の基本ラインは、国民全体に資する開発、均衡ある国土の開発である。これに沿わない開発計画は、見直しの対象となる。ジャワ島の高速鉄道も、政府の開発政策のなかでは重要ではなく、限られた国家予算はスマトラ、カリマンタン、スラウェシ、パプアといったジャワ島以外の地域において絶対的に不足している鉄道網の建設に振り向けられるべきだというのがジョコウィ政権の基本的な姿勢なのだ。仮に高速鉄道が有望なプロジェクトであるのならば、どうぞ民間でやってくださいというわけである。
9月3日にジョコウィ大統領が日中両案を却下した際も、この方針は一貫していた。インドネシアでも日本でも、メディアはこの時のジョコウィの発言を「計画の撤回」「計画の白紙」と報じたが、後に彼自身も説明しているように、ジョコウィ大統領は「撤回」とは一言も言っていない。ジョコウィ大統領は、「高速鉄道には国家予算は投入しない。国営企業に任せ、ビジネス・ベースでやってもらう。計画を再考してほしい」と言ったのである。
中国の売り込み方
これに応じたのが中国政府であった。中国側は、両国の国営企業が設立する合弁会社が高速鉄道の建設から運営を担い、中国の政策金融機関である国家開発銀行が全額を融資、インドネシア政府には財政負担も政府補償も求めない、という提案を行ったのである。
実は、中国の習近平国家主席は、今年3月にジョコウィが訪中した際に「国営企業主体で高速鉄道を建設する」という内容で合意しており、その後も両国間で交渉が行われていた。さらに中国政府は、鉄道の建設だけに限らず、国営企業の協力を通じた車輌製造や素材産業に関する技術移転、ローカル・コンテンツの調達、沿線の不動産開発など、国営企業を通じた戦略的産業開発を掲げるジョコウィ政権の意向に沿う提案を行って、自国案を売り込んだ。
一方で、日本側はジョコウィ大統領の発言の意図を理解できず、次の展開を待つことしかできなかった。ただし、政府補償のない海外の巨大インフラ・プロジェクトに民間企業が自主的に参入することは、いまの日本では無理であろう。その意味で、政権交代によって開発政策の方向性が変化した時点で、日本の負けはほぼ決まっていたと言えるかもしれない。
すでに途絶えていた人脈
日本はインドネシアにとって最大の援助供与国である。それゆえに、日本の高速鉄道計画も他国に比べて優位にあるという見方もされていた。確かに、累積額で見れば、インドネシアは日本から世界で最も多くの公的援助を受けてきた。
しかし、2000年代に入ってからは、日本からインドネシアに対する援助の金額が減少しつつあることに加え、インドネシアからの円借款の償還が増えているため、全体としては貸す金額よりも返済される金額の方が多い状況になっている。つまり単年度で見れば、日本はインドネシアにとって最大の援助国ではない。インドネシア自身も、対外依存体質から脱却するため、意図的に援助の受け入れを減らしてきている。援助は、もはや外交における梃子にはならないのである。
また、インドネシア政府に対して影響力を及ぼせる有力政治家も、日本にはいまや存在しない。かつては、インドネシアとの戦後賠償をまとめた岸信介元首相にはじまり、スカルノ元大統領のデヴィ夫人の後ろ盾であった川島正次郎・元自民党副総裁、福田赳夫元首相、渡辺美智雄元外相といった大物たちが、インドネシア政財界と深いつながりを持っていた。対インドネシアODAをめぐっては黒い疑惑が指摘されることもあったが、彼らがインドネシアの政策決定に影響力を行使できる人物だったことは確かである。しかし、彼らのようにインドネシアに強い思い入れを抱く政治家の人脈はすでに途絶えている。
「上から目線」を改めよ
インドネシア側も、それは同様である。日本の一部メディアは、8月の内閣改造で、日本留学経験がありパナソニックの現地合弁会社を率いるラフマット・ゴーベル貿易相が更迭されたことが響いたと報道したが、ゴーベルが高速鉄道計画に影響力を行使した形跡はないし、そのような力も持っていなかっただろう。リニ・スマルノ国営企業相も、現地でトヨタやホンダと合弁を組むアストラ・インターナショナル社の社長を務めた人物だったため、内閣発足時には「知日派」と日本のメディアは期待したが、高速鉄道計画をめぐっては当初から中国案を支持し、日本案については「詳細を知らない」と興味さえ示さなかった。
かつては、ギナンジャール・カルタサスミタ元国家開発企画庁長官のように、日本の政財界と密接な関係を持つ政治家がいたし、政府内でも日本の援助に期待する官僚が存在した。しかし、ギナンジャールの下で有力地場企業家として台頭したユスフ・カラ現副大統領が、日本企業との取引の経験があるにもかかわらず、上述のチマラヤ港建設計画の修正を決めたことからも分かるように、いまのインドネシアに「日本ロビー」は存在しない。
しかし、たとえそのような人物がいたとしても、日本の新幹線がインドネシアに採用されたかどうかは分からない。インドネシアは、スハルトという大統領1人の一存ですべてが決まる独裁体制から、民主体制へと大きく変貌した。また、インドネシアにとって、日本はもはや最大の友好国ではない。インドネシアと手を結びたいと考える国は、世界に数多く存在する。インドネシアは、この中から自国にとって最も有利な相手を選べるのである。日本は、今回の「敗戦」を、「最大の援助供与国」という過去の地位に甘え、いつまでもインドネシアが日本に頼ってくるであろうという「上から目線」の態度をあらためるきっかけとしなければならない。(川村 晃一)
(10月16日、すでにインドネシア、中国双方の国営会社代表らが建設の基本協定に調印した(C)EPA=時事)
独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所 地域研究センター副主任研究員。1970年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までインドネシア国立ガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。主な著作に、『2009年インドネシアの選挙-ユドヨノ再選の背景と第2期政権の展望』(アジア経済研究所、共編著)、『インドネシア総選挙と新政権-メガワティからユドヨノへ』(明石書店、共編著)、『東南アジアの比較政治学』(アジア経済研究所、共著)などがある。
(2015年10月28日フォーサイトより転載)