「ゴルフ外交」で発揮されたトランプ大統領の「アンバサダー」効果--舩越園子

アメリカの歴代大統領にはゴルフ好きが多い。

11月5日に来日したドナルド・トランプ米大統領と安倍晋三首相が松山英樹選手をまじえ、埼玉県川越市にある名門「霞ヶ関カンツリー倶楽部」でラウンドをともにした「日米ゴルフ外交」は、国際的にも大きな話題となった。

ただし、今年2月の安倍首相訪米時は2つのゴルフコースをハシゴまでしたというのに、今回はゴルフ場で顔を合わせるにもかかわらず、米国側から「来場時はあえてスーツ姿で」という要請を受け、ゴルフそのものも9ホールのハーフラウンドだけにとどまった。

「お楽しみゴルフ」の色合いをできるだけ抑えようとしていたことが、あちらこちらから感じ取れ、せっかくのゴルフ外交も、大統領訪日行事の「前座」か「刺身のつま」のように思えなくもない。が、たとえそうだとしても、ゴルフ外交が行われたことは、少なくともゴルフ界にとってはプラスであろう。

「ルーツ」と「自慢」

今回のゴルフ外交は、トランプ大統領による2月の「ハシゴ・ゴルフ」もてなしに対する安倍首相の「返礼」でもあったと言えると思う。

振り返れば、あのときは、ホワイトハウスのあるワシントンD.C.からわざわざ大統領専用機エアフォース・ワンでフロリダへ移動し、トランプ大統領所有の2コースをハシゴするという力の入れように世界中が驚かされた。

あの日の米国は、SNS上でも2人のゴルフ外交の話題で賑わっていた。舞台となった2コースはメディアを完全シャットアウトしたにもかかわらず、大統領就任前に安倍首相から贈られた日本メーカー「HONMA」製の50万円の黄金ドライバーをトランプ大統領が練習場で実際に振っている写真がSNS上にアップされ、一気に拡散された。

そうかと思えば、ゴルフ外交ラウンドの御供を急きょ務めることになった元世界ランク1位のアーニー・エルスがトランプ大統領とクラブハウス前で談笑している写真も、SNS上に出回った。

トランプ大統領が安倍首相を招いたのは、世界17カ所に所有する自身のコースの中でもとりわけ自慢に思い、そして意味のある2つのコースだった。

最初にラウンドしたのは帝王ジャック・ニクラス設計で戦略性が高い「トランプ・ナショナル・ゴルフクラブ・ジュピター」。2002年開場と新しく、施設は近代的で豪華。トランプ大統領の自慢の新作と言えるコース。

そこで18ホールを回った後、さらなるおもてなしということでハシゴしたのは、1999年開場の「トランプ・インターナショナル・ゴルフクラブ・ウエストパームビーチ」。ここは、かつての「不動産王トランプ」がゴルフビジネスに参入し、初めて所有したゴルフコースで、いわばトランプ大統領にとってゴルフ場ビジネスの出発点だ。

つまりトランプ大統領は、ゴルフ場ビジネスにおける「自身のルーツ」と「自慢の新作」の両方を安倍首相に披露し、そのハシゴに安倍首相が快く応じてプレーを堪能したところに、日米ゴルフ外交の成功を見たというわけだ。

「差別発言」で夢破れ

トランプ大統領とゴルフ界とのつながりは、実は政界とのつながりより歴史が長い。

前述の通り、「不動産王トランプ」は自身のゴルフ好きが高じ、18年前から「ゴルフ王」を目指し始めた。ゴルフビジネスに参入し、米国内のみならず世界中の有名コースを次々に買収していった。

「トランプ」の名を冠したコースは、瞬く間に世界17カ所へ拡大。「我がコースで男子のメジャー大会を開くのが夢だ」と公言するようになった。

安倍首相が2ラウンド目に回ったトランプ・インターナショナル・ウエストパームビーチは2006年から8年間、米女子ツアーLPGAの「ADT選手権」の舞台になり、同じフロリダ州のマイアミにある「トランプ・ナショナル・ドラル」では、世界ゴルフ選手権シリーズの「キャデラック選手権」が開催されていた。

そして、2020年の「全英オープン」が「トランプ・ターンベリー」で開催されることも決定済みだった。過去4回開催されたこの名門コースをトランプ氏が買収したのは2014年。当初の予定通り、同大会が開催されれば、「我がコースで男子のメジャー大会を」という夢は叶うはずだった。

しかし、2015年の暮れから2016年春にかけて発せられたトランプ氏のメキシコ不法移民やイスラム教徒に対する一連の差別的発言を受け、英国ゴルフの総本山「R&A(ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ)」は、トランプ・ターンベリーを全英オープン開催コースのローテーションから外した。

他のゴルフ関連団体もそれに追随する姿勢を見せ、トランプ・ナショナル・ドラルが舞台だったキャデラック選手権は2016年限りとなった。「トランプ・ナショナル・ゴルフクラブ・ベッドミンスター」での開催が決まっていた今年の「全米女子オープン」も、1度は開催場所が保留された。

地道な盛り立て役も

しかし、大統領就任後はゴルフ界との距離は再び縮まりつつあり、保留されていた全米女子オープンも、無事7月にトランプ・ナショナル・ベッドミンスターで開催された。

9月末から10月にかけてニュージャージー州の「リバティ・ナショナルGC」で開催された米国選抜と世界選抜の対抗戦「プレジデンツカップ」は、その名の通り、大統領が名誉ホストを務める「大統領杯」(2017年10月13日「『新恋人』同伴で社会復帰目指すT・ウッズの『財力』と『影響力』」参照)。

とは言え、これまで実際に大会会場を訪れたのは「元」大統領ばかりで、現職大統領はビデオレターといった形で挨拶するのが通例だった。しかし、トランプ大統領は大会史上初めて、現職大統領として最終日の表彰式に登場した。

さすがに現職大統領を実際に会場に迎えるとあって、事前にオスプレイなどの軍用機が何機も周辺上空でテスト飛行を行い、当日はクラブハウスの屋根の上にも銃を持ったスナイパーたちが配置されるなど、警備の物々しさも史上稀なるものだった。

だが、初の現職大統領登場に、勝利した米国選抜チームの喜びは倍増。負けた世界選抜の面々、関係者も興奮気味にトランプ大統領を見つめ、会場を訪れていたファンも拍手喝采。トランプ大統領の登場が大会の締め括りを大いに盛り上げたことは事実だ。

「盛り上げる」と言えば、2015年のキャデラック選手権で、北アイルランド出身の元世界ランク1位、ローリー・マキロイがミスショットに腹を立て、手にしていた3番アイアンをブーメランのように池に投げ入れる出来事があった。

ところがその夜、開催コース(トランプ・ナショナル・ドラル)の所有者トランプ氏はダイバーを雇って池の底から3番アイアンを拾い上げさせ、最終日、スタート前のウォーミングアップをしていたマキロイに「はい、どうぞ」と手渡して、大きな話題を創出した。

ドラルのプロショップには、後にマキロイが同コースへ寄贈したその3番アイアンとトランプ大統領宛のサンキューレターが、今もガラスケースに入れられて飾られている。

また、トランプ・ナショナル・ベッドミンスターでアシスタントプロとして働きながら米ツアーを目指していたジム・ハーマンという選手を8年以上もの間、密かに経済的に支援し続けていたことも知る人ぞ知る話だ。そんな地道な盛り立て役もひっそりと務めてきた。

ハーマンが夢の米ツアーデビューを果たした2016年の終盤戦では、トランプ氏自身が会場に応援に駆け付け、観衆が一斉に走り寄って試合が一時ストップしたほどだった。それを「大盛況」と呼ぶべきか、「大混乱」と呼ぶべきか。

「記録」を抜くか

米国の歴代大統領にはゴルフ好きが多い。1957年、安倍首相の祖父、岸信介元首相が在任中に訪米した際、当時のドワイト・アイゼンハワー大統領と一緒にラウンドしたという。

ある統計によれば、在任中にウッドロー・ウィルソン大統領(1913~1921年)が1200ラウンド、アイゼンハワー大統領(1953~1961年)は800ラウンド、バラク・オバマ大統領(2009~2017年)は300ラウンドしたそうである。

単なるゴルフ好きにとどまらないトランプ大統領は、これらの「記録」を軽々と抜いていくのではないか。安倍首相との「ゴルフ外交」はこれで2度目だが、互いの任期中に3度目があるかどうか。あったとしたら、これも外交上の記録になるかもしれない。

首脳同士のラウンドの意味を政治や外交の面から読み解くことは、その道の専門家にお任せする。

ただ、ゴルフを媒介にしてモノゴトを進め、ゴルフというスポーツを盛り上げ、盛り立てるという意味では、トランプ大統領は現職の大統領でありながら、同時に最高の「ゴルフ・アンバサダー」役を務めていると言えるのではないだろうか。

舩越園子 在米ゴルフジャーナリスト。1993年に渡米し、米ツアー選手や関係者たちと直に接しながらの取材を重ねてきた唯一の日本人ゴルフジャーナリスト。長年の取材実績と独特の表現力で、ユニークなアングルから米国ゴルフの本質を語る。ツアー選手たちからの信頼も厚く、人間模様や心情から選手像を浮かび上がらせる人物の取材、独特の表現方法に定評がある。『 がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)、『タイガー・ウッズの不可能を可能にする「5ステップ・ドリル.』(講談社)、『転身!―デパガからゴルフジャーナリストへ』(文芸社)、『ペイン!―20世紀最後のプロゴルファー』(ゴルフダイジェスト社)、『ザ・タイガーマジック』(同)、『ザ タイガー・ウッズ ウェイ』(同)など著書多数。

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(2017年11月7日
より転載)

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