新大統領マクロンはフランス「脱原発」を加速できるか--杜耕次

国民戦線のマリーヌ・ルペン率いる極右勢力との闘争に勝るとも劣らず「難題」とされているのが、エネルギー・電力問題。

5月14日にフランス第25代大統領に就任したエマニュエル・マクロン(39)は、パリ・エリゼ宮(大統領府)での就任演説で「経済的、社会的、政治的な分断を克服しなければならない」と訴えた。

所得格差や移民問題が増幅させた国民の亀裂を修復し、フランス国内のみならず、Brexit(英国の離脱)で軋む欧州連合(EU)全体の「融和」を実現するのがこの若きリーダーが自らに課した使命だが、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン(48)率いる極右勢力との闘争に勝るとも劣らず「難題」とされているのが、エネルギー・電力問題。ドイツや北欧で急拡大する再生可能エネルギー発電の余波で、欧州電力市場に昨年来"価格破壊"の波が押し寄せ、フランス政府が出資する巨大企業の経営が揺らいでいるのだ。

争点にならなかった「エネルギー・電力」

選挙公約でマクロンは、オランド前政権が2015年に制定した「エネルギー移行法」の踏襲を宣言した。この「移行法」とは、2030年に温室効果ガスを1990年比で40%削減する一方、再生可能エネルギーの発電比率を40%に上昇させ、さらに2025年には原子力発電比率を従来の75%から50%に引き下げる、といった内容だ。

同法制定時にマクロンはオランド政権の閣僚(経済・産業・デジタル相)だったのだから、当然のスタンスといえる。

これに対し、決選投票の対立候補ルペンは、「近代化かつ安全性を強化」した原発の維持・推進を主張した。ただ、この問題が大統領選の大きな争点となっていたわけではない。対EU政策や移民問題などに比べ、エネルギー・電力分野については討論会でも議論が白熱することはなく、ルペンの原発維持・推進方針も、あくまで原子力産業の「雇用重視」を主眼とするものだった。

「エネルギー・電力が大きな争点にならなかったのは、問題が複雑になり過ぎて両候補とも明解な回答を持ち合わせていなかったからではないか」と、欧州のエネルギー事情に詳しい外資系コンサルタント会社幹部は指摘する。

「アレバ」再建を主導したマクロン

フランス政府にとってエネルギー・電力分野で悩ましい問題の1つに、国策企業の原子力大手「アレバ」の経営危機がある。東京電力福島第1原子力発電所(フクイチ)事故が起きた2011年以降、アレバは世界的な原発需要後退による売り上げ不振に、各国規制当局の安全基準強化がもたらした原発コストの上昇が重なって赤字に転落。以後6年間積もりに積もった最終赤字累計額は、105億5400万ユーロ(約1兆3000億円)に達している。

この事態を受けて2015年、持ち株会社「アレバSA」の発行済み株式の87%を保有していた仏政府は、同じ国策企業であるフランス電力公社「EDF」をスポンサーとするアレバの再建計画を始動させた。ただ、当初からEDFの腰は重かった。当時の最高経営責任者(CEO)アンリ・プログリオ(67)は、オランド政権が打ち出していた「移行法」に執拗に反発していたのに加え、EDFが発注しアレバが建設中のフラマンビル原発3号機がトラブル続きで完成のメドが立たず、アレバへの不信感が募る一方だったからだ。

そこでオランドはプログリオを解任し、後任にメディア企業「ビベンディ」や航空・鉄道システム会社「タレス」などのトップを歴任した友人のジャン=ベルナール・レヴィ(62)を送り込んだ。

そしてレヴィと連携しアレバの再建計画を主導する役回りとなったのが、当時担当閣僚(経済・産業・デジタル相)だったマクロンである。だが、オランドの信任が厚く、若手政治家として存在感を高めていたマクロンをもってしても、再建計画はなかなか進展せず、EDFの「アレバNP」(原子炉製造会社)への51%出資や、三菱重工業、「中国広核集団(CGN)」による資本参加が固まってきたのは、大統領選出馬に向けてマクロンが閣僚を辞任した昨年8月以降のことである。

巨額の原発新設に反発してCFOも辞任

EDFにとって、9割弱の同社株式を握る仏政府の要請を撥ね返すのは至難の業のはずだが、それでも自社の存立基盤を揺るがす事態になるのなら安易な服従は禁物だ。同社の英国子会社「EDFエナジー」が進める原発新設計画「ヒンクリーポイントC」(英南西部サマセット州)は、出力170万キロワット級のアレバ社製EPR(欧州加圧水型原子炉)を2基建設するプロジェクトだが、総事業費が180億ポンド(約2兆5200億円)に達する見込みで、英マスコミからは「世界で最も高価な原発」と揶揄されている。

そのヒンクリーポイントを巡り、EDFでは昨年2人の幹部が「リスクが大きすぎる」と事業参加に反対を唱えて辞任。そのうちの1人は、最高財務責任者(CFO)トマ・ピケマルだった。

CFOの立場にあったピケマルは、巨額の投資を余儀なくされるヒンクリーポイント計画の危うさだけでなく、この数年の再生可能エネルギーの普及とそれに伴う電力価格の急低下で、原発依存度の高いEDFの収益悪化を深刻に懸念していたに違いない。実際、2016年12月期のEDFの業績は、売上高が前期比5.1%減の712億ユーロ(約8兆7900億円)、純利益が同15.3%減の41億ユーロ(約5000億円)と減収減益だった。

しかし、支援先であるアレバにとって、ヒンクリーポイントでの新規受注は再建に不可欠の大型プロジェクト。オランド政権はEDF経営陣に圧力をかけ続け、その結果、昨年7月に開かれた取締役会で、10対7の僅差でヒンクリーポイントの事業継続が決まった。当然のように、マクロンもEDFに圧力をかけた閣僚の1人だった。

こうした経営の独立性を侵害する政府の介入は、1990年代以降の日本のバブル処理を振り返るまでもなく、やがて大きな反動を伴って報いを受けるのが自由経済の常である。原子力発電を「国策」としてきたフランスでも、もはや「脱原発」にシフトする企業が出現している。欧州エネルギー大手「エンジー」である。

中断された「100マイル送電線」計画

『ナショナル・グリッド社、カンブリア地方の100マイル送電線計画を中断』(原文はNational Grid puts hold on 100 miles of Cumbrian power lines)

5月17日付英『フィナンシャル・タイムズ(FT)』にこんな見出しの記事が掲載された。「ナショナル・グリッド(NG)」社とは、1990年に国営電力事業を独占的に担っていた旧中央電力庁(CEGB=Central Electricity Generating Board)が分割・民営化された際、送電事業を全国一括で手がける企業として発足。英国全域の送電網を担うこの会社が、28億ポンド(約3930億円)を投じて100マイル(約160km)に及ぶ送電線を建設する計画を「中断させた」、というのが記事の骨子なのだが、問題はその場所である。

カンブリア州には、英政府が計画する一連の原子力発電所リニューアル計画の中で、東芝を筆頭株主とする電力事業者「ニュージェネレーション」社(略称ニュージェン)が米「ウエスチングハウス(WH)」社製の第3世代型加圧式軽水炉(PWR)「AP1000」を3基新設する予定だった「ムーアサイド原子力発電所」が立地する。そしてこの100マイルの送電線は、本格稼働(2025年以降の見通し)すれば英国内電力需要の7%を賄うといわれるムーアサイド原発のために、敷設されるものだ。

ちなみに、カンブリア州のセラフィールドには、1956年にマグノックス炉(黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉)方式で世界初の商用発電を開始したコールダーホール原発(2003年までに4つの原子炉すべてが運転終了)や、1957年に英国史上最悪の原子炉事故(死者10人から100人強との説あり)を起こしたウィンズケール原子力工場(現在は核燃料再処理工場)があり、ムーアサイド原発はセラフィールド近郊に位置する。

周知のように、東芝の経営危機で傘下のWHが3月末に米連邦破産法第11条(チャプター・イレブン)の適用を申請。事業主体ニュージェンの親会社(東芝)の危機で、ムーアサイド原発計画そのものに不透明感が漂ってきたことが、今回のNG社の送電線計画中断の理由だが、その判断を最後に一押ししたのが、仏エンジーのプロジェクトからの離脱とされている。実は、エンジーは東芝よりも早い時期からこの原発新設計画に参画していた。

欧州の「肩代わり」を務める「東芝」

ムーアサイドでの原発新設プロジェクトの事業主体として、ニュージェンが発足したのは2009年。当初の株主構成と出資比率は、スペインの電力大手「イベルドローラ」と仏エンジーの前身である「GDFスエズ」(社名変更は2015年)がそれぞれ37.5%、英電力大手「スコティッシュ&サザン・エナジー(SSE)」が25%となっていた。

しかし、フクイチ事故の半年後の2011年9月にSSEが「計画当初から乗り気でなかった」と撤退を表明し、保有株を大株主2社に売却。この時点でニュージェン株の持ち分はイベルドローラとGDFスエズともに50%となったが、さらに2013年12月にはイベルドローラも、プロジェクトの先行きを見切って撤退を決めてしまう。

欧州の電力大手が相次ぎ逃げ出した後、肩代わり役を務めたのが東芝である。イベルドローラの保有全株に加え、翌2014年1月にはGDFスエズから10%のニュージェン株を追加取得する。一連の株式取得に投じた費用は、1億200万ポンド(約143億円)。この結果、東芝はニュージェンの発行済み株式の60%を保有する筆頭株主となった。

ただ、この時すでにGDFスエズは事業継続への不安感を強めており、プロジェクトに関係するデフォルト(債務不履行)問題などが発生した場合に保有全株の買い取りを請求できる契約を、東芝との間で締結していた。つまり、将来の情勢変化に備えてリスク・ヘッジを行っていたのだ。今回WHのチャプター・イレブン申請を機にその権利を行使したわけで、東芝は4月4日、契約に従ってエンジーが保有するニュージェン株(発行済み株式の40%)を約153億円で買い取ることになったと発表している。

エンジーのムーアサイド計画からの撤退は、これまで懸念材料の多かった英原発リニューアルプロジェクトを何とか支えていたフランス勢までがついに逃げ出した、と受け止められている。前述のように、エンジーは旧フランスガス公社(GDF)とエネルギー・環境大手の仏スエズが2008年に合併して誕生したGDFスエズが前身。電力事業では石炭火力をはじめ化石燃料依存度が高く、さらにベルギーで手がけている原子力発電を含めて施設の老朽化が進んでいる。

「世紀のM&A」実現か

そんな状況に加え、さらに再生エネ発電の普及拡大による価格下落が欧州電力市場を直撃したことから、エンジーは2015年12月期に46億ユーロ(約5680億円)の巨額赤字に転落する。その結果、2008年の合併以来同社を率いてきた会長兼CEOのジェラール・メストラレ(68)は辞任を余儀なくされ、昨年5月に後任のCEOに就任したのが、2011年からCFOなどを歴任していたイザベル・コシェール(50)である。

売上高699億ユーロ(約8兆6300億円=2015年12月期)のエンジーを率いることになったコシェールは、「フランス経済界史上最も高位についた女性」とされ、マスコミの脚光を浴びた。就任早々、2018年までに総額150億ユーロ(約1兆8500億円)の資産売却を進めるとともに、事業の軸足を再生可能エネに移すと表明。

実際、インドでの太陽光発電やメキシコでの風力発電への投資を昨年決めたのに続き、今年に入ってドイツ第2位の電力会社「RWE」の再生可能エネ部門子会社「イノジー」の買収に動いている。イノジーが昨年10月にフランクフルト証券取引所に上場した際の時価総額は、約200億ユーロ(約2兆4700億円)に達しており、実現すれば「世紀のM&A」と騒がれることは間違いない。

三菱重工も苦境に

とはいえ、エンジーは、運転開始から40年以上が経過してトラブル頻発で悪評の高いベルギーのティアンジュ原発の稼働を継続するなど、必ずしも「脱原発」を鮮明にしているわけではない。ただ、コシェールは報道機関とのインタビューで、「100%再生可能エネルギーの世界は可能だ」などと、路線転換にしばしば言及。「イザベルは原発嫌い」との観測が欧州のエネルギー業界関係者の間に広がっている。

その流れで、昨年末には仏有力紙『フィガロ』が、「エンジーがトルコのシノップ原発計画から撤退する」と報じる一幕もあった。シノップ原発には、三菱重工業と仏アレバが共同開発する次世代型中型原子炉「アトメア1」が納入される予定だが、現在トルコの政情不安や稼働後の電力価格を含む事業採算の問題がクリアできず、プロジェクトが暗礁に乗り上げている。

エンジーの撤退はシノップ原発計画の「命取り」になりかねず、破綻に瀕している国営企業アレバやそのアレバグループに計700億円の出資を表明している三菱重工業を一段と苦境に陥れる可能性もある。

そんなコシェールに対し、新大統領マクロンがどう出るかが今後の焦点の1つだ。2008年のスエズとの合併前、仏政府はGDFの80%の株式を保有していたが、いまやエンジーへの出資比率は34%。だが、オランド前政権が2014年に制定した「フロランジュ法」(株式を2年以上持つ株主に2倍の議決権を与える)によって、エンジーのような大企業は雇用問題などで政府の影響力を無視できなくなっている。

原発が作る「現行価格の数倍」の電力

ただ、現実は止められない。英NG社の100マイル送電線計画中断はムーアサイド原発だけでなく、ヒンクリーポイントC計画にも大きな逆風になりかねない。ヒンクリーポイントCが「世界で最も高価な原発」と揶揄されるのは、180億ポンドという総事業費だけでなく、原発完成後35年間にわたり、1メガワット当たり92.50ポンド(約1万3000円)と「現行の市場価格の数倍」で電力を買い取ることが固定価格買い取り制度で定められているからだ。

「なぜ、そんな高い電力を買い続けなければならないのか」

英国民のこんな疑問が高じれば、プロジェクトが見直されるのは必至。欧州の電力市場はいま大きな転換期に差し掛かっている。(敬称略)

杜耕次

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(2017年5月26日「フォーサイト」より転載)

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