1月20日、「イスラム国」が日本人2人を人質に2億ドルを要求する脅迫動画をウェブ上に公開した事件は、米国でも大きく報道されました。まさにその直後、一時、米国政府を震撼させた事件が起きました。26日、ホワイトハウスの敷地内に無人航空機「ドローン(drone:Unmanned Aerial Vehicles=UAV)」が墜落したのです。大統領警護を担当するシークレットサービスには瞬時にして緊張が走り、ホワイトハウス内には緊急警報が鳴り響き、敷地内は即座に封鎖されました。時期が時期だけに、何者かによるテロ攻撃かと思われたのです。
が、ほどなくして、事件性はなく単なる事故であることが判明しました。シークレットサービスの関係者によると、お酒に酔った男性が女性に見せるためにドローンを操縦していたところ、コントロールできなくなり、たまたまホワイトハウスの敷地に墜落したとの話です。
それにしても、最近米国ではドローンに関する様々な話題を耳にします。そもそもドローンの存在に一般の注目が集まるようになったのは、2001年の同時多発テロ以降、米軍が中東地域で偵察や攻撃に使用していることが明らかになってからです。ただし、誤爆や民間人の巻き添えなどを伝えるニュースによってでした。
一方で、米国では現在、ドローンは一般の人がネット通販や店舗などで簡単に購入することができます。ですので、趣味や娯楽としてドローンを飛ばしたいという人が急増しています。さらに、企業や公共団体がビジネスや業務用として利用する動きも加速しています。実際、昨年12月には米国の大手通販サイト「Amazon.com」が、ドローンによる配送サービス「Amazon Prime Air」を早ければ2015年にも開始したいと発表して話題になりました。
ただし、そうした民間利用の面でも、ドローンには様々な問題が横たわっています。その実情や問題点、展望について考えてみたいと思います。
商業用には厳しい規制
もともと米国におけるドローンの開発は、軍事用として始まりました。『CNN』によるとその歴史は意外と古く、米軍はすでに1世紀近く前の1917年にドローンの研究と使用を開始しています。そして2013年の報告では、米国の軍需メーカー『ジェネラル・ アトミックス(General Atomics Aeronautical Systems Inc.)』社製の軍用ドローンが、米国のドローン市場で最大シェアの20.4%を占めています。また、シェア第2位(18.9%)も米軍需メーカー『ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman Corp)』社製です。
が、前述した通り、最近は非軍事用のドローンが急増しているのです。
ただ、入手自体は手軽になったとはいえ、ドローンは誰もがどこででも、どんな目的ででも飛ばせるというわけではありません。
現在、米国でのドローンの使用については、アメリカ連邦航空局(FAA=Federal Aviation Administration)により、主に以下のような規制がされています。
(1)趣味や娯楽のドローン:個人的に写真やビデオを撮影する目的で飛行させる場合は、特にFAAの許可証は必要ではありません。ただし、もしそれらの写真やビデオを販売するのなら「商業用」になります。また、飛行させる際は、高度400フィート(約122メートル)以下、目視できる範囲内、飲酒時禁止などの規定があります。
(2)商業用のドローン:土地調査、不動産や結婚式の写真撮影、映画やテレビ番組制作のための撮影などの目的で飛行させる場合は、FAAの許可証が必要になります。
(3)公的資金が提供されている大学、その他の政府機関などの公共団体が使用するドローン:FAAの許可証が必要になります。
経済波及効果は97兆円
ただし、実際には(2)と(3)のケースでFAAから許可を受けるのは非常に困難です。現時点でFAAは、商業用としては、342社の申請に対して24社にしか認可を与えていません。規制の緩い欧州ではすでに商業用ドローン業者が数千社あると言われていますから、FAAの規制がいかに厳しいかお分かりでしょう。
とは言え、FAAもドローンの規制に苦闘しています。手軽であるなど非常に有用である反面、非常に危険でもあるドローンは、そのバランスをとることがとても難しいのです。米国上空には1日に8万7000機の有人航空機が飛び交っていますが、例えば旅客機のエンジンにドローンが吸い込まれるような事態など、誰も想像したくないでしょう。
また、プライバシーの侵害も憂慮されるべき問題です。プライバシーの問題は、FAAではなく、各州でそれぞれ規制に取り組んでいます。例えば、カリフォルニア州では、ドローンのカメラで他人のプライバシーを侵害して撮影することを禁じています。が、まだまだ全米ではそうした規制が十分なレベルにまでは達していません。
要するに、テクノロジーの発展が早すぎて、なかなか法整備による適切な規制が追いつかないというのが実態なのです。
ちなみに、米ビジネス誌『フォーチュン(Fortune)』によると、FAAの規制が緩和され、低空域の"交通整備"が整えば、ドローン産業の米国内への経済的な波及効果は、2015年から2025年の間で821億ドル(約97兆円)に達し、さらに10万件以上の高賃金の仕事を生み出すことが予想されています。
期待される「医療分野」での活用
では、ドローンの普及は私たちの健康や医療に対してどのように影響するでしょうか。具体的な可能性を考えてみましょう。
(1)食糧の供給システム
世界で最も権威があるとされるテクノロジー専門誌『MIT Technology Review』1月号の特集企画「2014年 画期的なテクノロジー10」のなかのトップで、農業用のドローンが取り上げられています。
1000ドル未満と低価格でも、農業用ドローンは高度なセンサーと簡単に使えるカメラを装備しています。そのため、広大な農地であっても農作物を厳重に監視でき、適切な水の利用や害虫の管理が向上します。そうすることで結果的に農薬や肥料の使用が減り、収穫は増加し、害虫や天候などによる被害が軽減します。地球の人口増加による深刻な食糧難の問題をドローンが克服する可能性があると、同誌の記事では指摘しています。
実際、米オハイオ大学では、すでにドローンを農業プログラムに使用する予定です。
さらには、農作物だけではなく漁業にも活用できそうです。米メリーランド大学は、ワシントンD.C.の東にあるチェサピーク湾で魚を監視するために、ドローン技術を開発しています。ドローンのセンサーは、魚の群れやサイズを測定できる可能性があります。さらに研究者たちは、水質の状況を把握できる可能性にも期待しています。
こうしたドローンのシステムは、狩猟や家畜などの畜産分野にも応用できるのではないでしょうか。
(2)救急医療システム
オランダのある大学院生は、ドローンを救急医療現場で活用することを提案しています。オランダの名門、デルフト工科大学の大学院生アレック•モモント氏が、ドローンをAED(自動体外式除細動器)に利用することを考えたのです。実際にモモント氏は、修士号プロジェクトで、AEDとカメラ、マイク、スピーカーを備える「救急ドローン」の試作品を製作しました。実験によって、ドローンは搬送にかかる時間を平均10分から、12平方キロメートルの範囲以内なら、1分以内に短縮することができるといいます。これにより、心停止後の生存の可能性が、8%から80%に上昇します。
(3)医療物資の配達
ドローンは、災害に苦しむ地域、あるいは僻地や貧困な地域に、ワクチンや薬などの医療支援物資やその他の必需品を提供することでも活用できます。
『ロイター』の2014年8月15日付の報道によると、2011年にシリコンバレーで創業された小規模なドローン製造会社『マターネット(Matternet )』社は、2012年、ドミニカ共和国とハイチ共和国を通じて、最初の試験に取り組みました。ハイチでは2010年、30万人以上の死者が出た大規模な地震災害が発生しましたが、同社はその首都ポルトープランスで、災害時を想定したドローンによる小さな荷物の搬送に成功したそうです。さらに同社は最近、ブータンでもドローンによる緊急物資配送のテストを行いました。
麻薬の密輸にも
このように、ドローンには様々な可能性が期待できますが、もちろん、まだまだ問題点が多いです。
まず、前述した安全性の問題。米国では現実に、旅客機など有人航空機とドローンとのニアミス事例が少なからず発生しているのです。そのため、FAAは昨年11月末、2014年だけで確認されたニアミス事例や禁止されている区域での違法な飛行事例など、200件近い事例リストを公開することで注意喚起しています。リストは、以下の米紙『ニューヨーク・タイムズ』に掲載されています。
リストによれば、例えば救助ヘリに大型のドローンが直進していったため、衝突を避けようとしたヘリが急遽、通常は飛行しない高度2400フィート(約732メートル)まで急降下せざるをえなかったケースもあったそうです。常に"大渋滞"の状態である米国上空では、一歩間違えば即座に大惨事につながりかねません。
さらに、ドローンの悪用という問題も深刻です。とりわけ米国で最も懸念されているのは、麻薬の密輸にドローンが使われている実態なのです。つい最近も、メキシコの国境付近の町ティワナで麻薬を載せたドローンが墜落しているのを発見されたというニュースもありました。米麻薬取締局(DEA)によると、2012年以来、メキシコ国境付近で約150台のドローンが麻薬密輸に使われたと推定されるといいます。
日本でもすでに2000機飛行
では、日本の場合はどうなのでしょうか。実は日本でも、すでに10年ほど前から産業用としてドローンの活用が始まっています。しかも最近では、個人の趣味・嗜好品として組み立てキット販売のテレビCMも流れているようです。
ただし、日本では航空法第99条の2の第1項で、航空機の飛行に影響を及ぼす場合は、ドローンの使用が禁止されています。さらに民法207条では、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」とあり、事実上、いわゆる"空中権"が認められているため、他人の土地の上空で勝手にドローンを飛行させることができません。
このような法律の規制によって、米国同様に、ドローンの使用が難しい状況です。それでも、農薬散布など農業関連や火山、地質、地滑り観測などの災害関連、あるいは警備といった分野などで、着々と応用が進められています。2004年には、富士重工業株式会社、川田工業株式会社、ヤマハ発動機株式会社、ヤンマー農機株式会社が集ってドローンに関する日本最初の業界団体『日本産業用無人航空機協会』が設立されました。同協会の公式サイトによれば、現在日本では2000機近いドローンが飛んでいるそうです。
また、昨年7月には、ドローン関連の研究機関などが中心となって、一般社団法人『日本UAS産業振興協議会』も設立されました。ドローンの研究・開発においては"後進国"と言われる日本ですが、欧米などの技術に遅れないように、企業やアカデミアなどを集結させ、ドローンの活用を推進しています。
近年、携帯、インターネットなどによる通信システムの技術革新は驚くべき速さで進んでいます。次の技術革新として、ドローンによる搬送システムの発展は「空の産業革命」とも言われ、今後ますます大きく期待できます。ただし、ここまで見てきたように、安全性の確保や悪用の防止など、問題は山積みです。規制すべき点と緩和すべき点を国として十分に議論し、技術の発展と応用を考えていくべきでしょう。
大西睦子
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。
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(2015年2月12日フォーサイトより転載)