世界の市場を襲った中国発「異常寒波」の正体

身震いの根っこにあるのは、米国に次ぐ世界第2の経済大国の中身が信用できない点に尽きる。

〈2016年を迎えるいま、内外でブラックスワンの不気味な羽ばたきが聞こえる。2012年末の政権復帰から丸3年を経過した安倍晋三首相は「桃栗3年」の成果を誇った。が、今は申年の世界に待ち受けているリスクにこそ、身構えるときではないのか。〉

前回はこんな書き出しだった。実際のマーケットで今起きているのは、この記述を地で行く天下大乱の光景だ。爆弾はまさに中東と中国で炸裂し、全世界へと広がった。サウジアラビアによる政治犯の大量処、サウジとイランの外交関係断絶、水爆と称する北朝鮮の核実験、中国株の全面取引停止、人民元の下落、世界的な株式相場と原油など商品相場の底抜け。

今さらのようにメディアの喧騒を繰り返すのはやめよう。ハッキリ言えるのは、「2016年は参院選の年だから、選挙前までは株価は強いはず」などといった、したり顔の解説がちゃぶ台返しに遭っている事実である。経営者への新年株価アンケートをみても、2016年の日経平均株価の安値予想は1万8000円がほとんどで、最も弱気の回答でも1万7000円。

年初来の株安で株価は1月第3週には1万6000円スレスレまで下落し、安値予想の下限を大きく割り込んだ。株式相場が直近の高値から2割以上下落することを「ベア・マーケット(弱気相場)」入りする、と言う。昨年12月初めの日経平均は2万円ちょっとを付けていたから、1万6000円を割り込めば、完全な「弱気相場」入りとなる。

「オイルマネー」の韓国株売り

同じような株式相場の値動きは、ドイツやフランスなどの欧州諸国でもみられている。先進国のなかで、米国株は相対的にはましな方だが、それでも年初来の下げは1割強に達した。ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁が1月21日の理事会後の記者会見で、3月の追加金融緩和を示唆したのは、景気先行指標である株価が底割れし、実際の景気にも後退シグナルが出るのを恐れたからだろう。その心象風景は、黒田東彦日銀総裁にも共通するだろう。

中国経済の失速懸念が中国株の下げを招き、原油など商品価格の底割れを招いているのは分かる。ではなぜ、先進国の株式相場まで道連れにされなければならないのか。答は簡単。

原油安で懐具合が窮屈になった産油国が、保有株式の売却を余儀なくされているのである。そのメカニズムは想像に難くないが、東京市場での株式売買の手口が分かるまでには時間がかかる。隔靴掻痒の感が拭えないところだが、天網恢恢疎にして漏らさず。お隣の韓国で、オイルマネーによる火砕流のような売りが確認された。

「オイルマネー引き潮......34日連続『セール・コリア』」。そう題した韓国紙『中央日報(電子版)』の記事である。それによれば、サウジアラビアによる韓国株の売越額は昨年6~12月の合計で4.5兆ウォン(約4380億円)。その間の外国人投資家の売越額全体の約30%を占めたという。

韓国株式市場の時価総額は昨年末時点で5300億ドル強と、日本の3.2兆ドルの約6分の1。4300億円強の売り越しでも、相当にこたえているはずだ。サウジの売越額は昨年12月だけで7700億ウォン(約760億円)余りにのぼった。油の切れ目が縁の切れ目と言える。

日本株で目立つ「先物売り」

韓国でオイルマネーの売りが際立った昨年12月以降、日本株についてはどうだったのか。財務省統計で、外国人投資家の現物株の売買動向(買越額、▲は売越額)をみると、以下のようになっている。12月第1週=1048億円、第2週=▲4901億円、第3週=▲2258億円、第4週=▲884億円、第5週=1357億円、1月第1週=▲7464億円、第2週=▲3583億円。

確かに外国人投資家だけでも、1月の最初の2週間で1兆円余りの日本株の売り越しとなっている。日本株の場合、こうした現物の売りに加えて、先物、なかでもTOPIX(東証株価指数)先物の売りが目立っている。「日本株を保有するオイルマネーが先物の売りに出て、その動きをみてヘッジファンドなどがチョウチン売りに走ったのだろう」。ベテランの市場関係者はそう推察する。

日本株については、アベノミクスが登場した2012年末以来の上昇率が、主要市場のなかでは最も高かった。グローバルな運用で損失を被ったファンド勢などが、損失を埋め合わせるために「益出し」の売りに動いた面もあるだろう。それにしても、株価の上昇を経済政策の成功の証としてきた現政権にとって、年初からの市場の乱気流は、暖冬のはずなのに猛烈な寒波に襲われた日本列島のようなものだろう。

「中国は資本流出を規制すべし」

では、どうやって中国の底割れを止めるのか。「私見だが」と断ったうえで、黒田日銀総裁は「中国当局による資本流出規制」に言及した。1月23日、スイスで開かれたダボス会議の席上である。「よりによって、金融当局者が資本規制を勧めるなんて」と思ったからだろうか。日本のメディアの多くは黒田発言の直後、腰の引けた報道に終始した。

米欧のメディアの反応は全く違った。『ロイター』や『ブルームバーグ』など通信社が敏感に反応したばかりでなく、英紙『フィナンシャル・タイムズ』は26日の社説で、「唯一の合理的な選択肢」との評価を下した。中国からの資本流出が加速するなか、中国人民銀行による元買い・ドル売りの介入を繰り返しても、埒が明かない。資本流出規制という禁じ手も「背に腹は代えられない」と言う。

確かに、中国株の下落の背景には、資本流出がある。人民銀がドル売り介入を続ければ、外貨準備の取り崩しに歯止めがかからない。人民銀が外貨準備を保有する中国の場合、人民銀の資産である外貨準備の減少は、意図せざる金融の引き締めを招く。2014年6月末には4兆ドルに迫っていた外貨準備が、2015年12月末には3.3兆ドルまで枯渇したのは、ただごとではない。これだけ外貨準備を減らせば、意図せざる金融引き締めを招いてしまう。景気悪化局面で金融を緩和しなければならないのに、あべこべの方向ではないか。

「王様は裸だ」

問題は中国1国にとどまらない。元安の進行に伴って、輸出市場で中国と競合するアジア諸国の通貨にも、下落圧力が加わる。大不況下の1930年代の世界を襲ったような、中国発の「通貨切り下げ競争」が再燃しかねないのだ。元財務官である黒田氏は、こうしたリスクを踏まえて、中国に資本流出規制を提案したのだ。

それはアンデルセンの「裸の王様」で、少年が「王様は裸だ」と叫んだようなものである。問題なのは、裸の王様が行進を止めるかどうかだ。アンデルセンの童話では、少年の「雑音」に惑わされぬように、というお側用人の忠告に従って、王様はますます「威風堂々」と歩き続ける。習近平皇帝の中東訪問に際しての言動を見ている限り、事態はアンデルセンの王様の後をなぞりそうだ。

サウジ、エジプト、イランの3カ国を訪問した習主席。『人民日報』など官製メディアによる「意義づけ」によれば、メソポタミア、エジプトという古代文明の発祥地を中華文明の指導者が訪ね、「文明の交歓」をする。21世紀のシルクロードの道中に当たる中東に、中国の足跡を刻むというのだ。ウィットフォーゲルの言う「オリエンタル・デスポティズム(東洋的専制)」を好むかどうかは、趣味の領域に属するので、文明の交歓の是非を論じることはすまい。

中国経済の「実像」

それにしても、原油安で財政と経常収支が「火の車」になっている産油国や、アラブの春以降の経済悪化に直面するエジプトに、気前よく餅を配る。そんな習主席の旅姿をみて、「原油安の元凶はどなたなのか」という疑問を抱くのが人情というものだろう。中国需要の停滞→原油底割れ→産油国経済の悪化という将棋倒しは、裸の王様に出てくる少年ですら(ならばこそ)、明らかなはずだからだ。まさか「原油安を招いた迷惑料」として、餅を配っている訳ではあるまいに。

日本の「識者」のなかには、「中国は奥が深い。経済危機だと言われるが、餅を配る余裕があるじゃないか」などという向きもある。贔屓の引き倒しとはこのことだ。母屋が焼けているのに、旅に出てお大尽ぶりを発揮している姿にこそ、市場関係者は身震いしているのだ。身震いの根っこにあるのは、米国に次ぐ世界第2の経済大国の中身が信用できない点に尽きる。

鉄道輸送、発電量、銀行融資ではじいた「李克強指数」によれば、足元の中国の経済成長率は2%程度。そんな「実像」が指摘されて久しい。この李克強指数に対しては、「製造業中心の指標だ。実際の中国経済はサービス化が進んでいる」との反論も出ている。

中国を足しげく訪れているジャーナリスト近藤大介氏の近著「中国経済『1100兆円破綻』の衝撃」をみると、「サービス化」なるものはにわかには信じがたい。それでも、2015年10~12月期の中国の実質成長率は、前年同期比6.8%と7%近い。そんな気休めを言う向きも少なくないが、問題は同時期の名目成長率がどのくらいだったかだ。名目成長率は5.8%と、実質を1%ポイントも下回っているのだ。

「デフレ」に陥った中国経済

「名目<実質」となったという現実は、中国経済がデフレ(物価下落)に陥ったことを意味する。実質と名目の差額であるGDPデフレーターでみて、1%のデフレになったのである。しかも5.8%という名目成長率は、1999年7~9月期以来の低成長である。デフレと低成長といえば、バブルが崩壊し金融危機を経験した日本そのものである。アジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクロード基金(SRF)でお大尽ぶりを発揮するそばから、中国は「新たな日本」への道を踏み出そうとしている。

その姿が見えるからこそ、株式市場は怯え、中国からの資本流出は加速しているのだ。皮肉にも、国際通貨基金(IMF)が人民元のSDR(特別引き出し権)の構成通貨入りを認めた昨年11月末から、この矛盾は深刻になった。国際金融の世界では、(1)為替の固定相場(2)自由な金融政策(3)自由な資本移動、の3兎を追うことはできない。有名な国際金融のトリレンマ(三者択一の窮地)である。

今の中国は人民元の国際化という背伸びをしたばかりに、本格的な資本流出規制に踏み切れず、元安の加速と金融政策の自由度低下という、法外なコストを払わされつつあるのだ。山頂から転がる石を山頂に持ち上げる所作を繰り返す、ギリシャ神話のシジフォスのようなものである。それを英雄の振る舞いと任ずるのは自由であるが、その結果として自らの滅びが世界を道連れにするとしたら――。申年のブラックスワンの羽ばたきに日本と世界が戦慄せざるを得ないのは、このためだ。

青柳尚志

ジャーナリスト

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(2015年1月28日新潮社フォーサイトより転載)

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