「脱原発」に走る台湾「蔡英文政権」の決意

現在の民進党政権による計画では2025年以降には、火力が同じ80%を維持し、原子力がなくなった部分を再生エネルギーで代替しようというプランである。

台湾の民進党・蔡英文政権が、「脱原発」に向かって、本腰を入れようとしている。2025年に原発ゼロを実現し、台湾をアジアで最初の「非核の島」とする決意を固めた。

中国やインド、ベトナムなどアジア各国はいま原発増設に邁進し、福島第1原発の悲惨な事故を経験した日本ですら、原発維持か脱原発かで結論を出せないまま立ち止まっているなかで、なぜ台湾があえて脱原発に踏み切れたのか。

再生エネルギーで代替

台湾の現在の電力供給割合は、火力が80%を占めており、そのうち天然ガスは50%、化石燃料が30%となっている。原子力は14.1%に過ぎない。残りの約5%が太陽光や風力の再生エネルギーだ。

これが、現在の民進党政権による計画では2025年以降には、火力が同じ80%を維持し、原子力がなくなった部分を再生エネルギーで代替しようというプランである。また、台湾では備蓄用の電力が20%以上あるとされるが、備蓄用は15%で十分とされ、その分を消費に回すことで、より原子力発電がなくなったあとの電力バランスが取りやすくなると見られる。

代替となる再生エネルギーの確保のため、蔡英文政権の行政院(内閣)は10月20日、再生エネルギー事業の民間参加を促進させる内容を盛り込んだ電気事業法改正案を可決した。年内に立法院(議会)可決を目指している。立法院も与党・民進党が過半数を制しており、成立は問題ないと見られている。今後、原発ゼロに向けた取り組みが加速していくことは間違いない。

「原発の寿命」と「核のゴミ」

2025年まではあと9年間しかない。簡単なことではない原発ゼロ化をこれほど短期間で推進しようとするのには、いくつか、原発廃止に向けた台湾独自の特殊事情がある。

1つは、原発の発電量の少なさだ。先に述べたように、原発の比率は現在14.1%。日本では、東日本大震災の前は32%を原子力発電が占めていた。台湾で原子力発電の割合が低いのは、現在3カ所6基の原発のうち、2基はすでに稼働をしておらず、新規建設計画があった第4原発も、安全性への疑問から反対運動が起きて現在工事が停止されている。

さらに、現在稼働中の原発もすべて2025年までに40年間という「寿命」が尽きるため、そのあと、新規建設をしなければ、自然な形で原子力発電が姿を消す、というわけである。

台湾北部・新北市にある第1原発は1979年に運転が開始され、2019年に40年となる。同じく新北市にある第2原発は1981年に運転開始で、退役は2021年。そして、南部の最南端・屏東県にある第3原発は1984年運転開始なので、2024年には寿命を迎える。完成間際だった新北市の第4原発は、馬英九政権が運転を始めようとしたが、2014年に数十万の民衆による反対デモなどを引き起こし、運転開始の無期延期に追い込まれた。

また、台湾では核廃棄物の処理について、日本同様、頭を悩ましながら、いまだ解決の道が見つかっていない。低レベル放射性廃棄物は、太平洋上の離島である蘭嶼島に臨時の貯蔵施設があるが、各原発に置かれているものを含めて、50万トン以上の低レベル放射性廃棄物の最終処理はメドが立っていない。

さらに、台湾では、人口密度が高くて人が住まない地域や海岸線から離れた離島も少ないため、処理方法についてはどうにもいい案がない状況だ。そうした「核のゴミ」に対する展望のなさも、台湾で脱原発が支持される理由である。

首都「30キロ圏内」の立地

もう1つの理由は、台湾社会の広範な反原発への思いだ。台湾はおそらく日本の福島第1原発の事故で、いちばん大きな衝撃を受けた外国だった。東日本大震災に対する日本への義援金では、台湾が世界で最も多い200億円の支援をしてくれたことは有名だ。一方、日本の原発事故への関心が高い分、福島県などの農産物の輸入を今日まで頑なに受け入れていないことで日本政府を悩ませている。

台湾の街角の個人経営の書店や喫茶店では、あちこちの店の前や店の外に、たいてい「反核、不要再有下一個福島(核はいらない、ノーモア福島)」という布地のポスター=写真右=が掲げてあるのに気付くだろう。あまりにもあちこちにあるので、反原発のメッセージであると気付かないぐらいだ。

台湾において、知識人や中産階級では、原発を止めようという考え方は、100%とは言わないが、私の肌感覚では3人に2人ぐらいは共有している。

それは、日本の原発事故によって、近接する台湾にもその影響が及びかねない恐怖感が広がったことも関係しているだろう。同時に、台湾という九州ほどの面積の島において、「万が一、事故が起きたら、逃げるところがない」という恐怖感は強い。

こうした地理環境であるにもかかわらず、台湾の原発は建設中の第4原発も含めて、第1、第2原発とも台北から30キロ圏内という常識外れの立地になっている。かつての台湾は国民党による1党専制の長い時代が続いたが、民衆の心情を無視して事故を想定せずに立地を決定した過去の政権の思慮の浅さが、今日の脱原発にとっての思わぬ追い風になった形でもある。

また、台湾では日本と違って「エネルギー族議員」のような存在はなく、台湾で原発を運営する台湾電力は、日本の東京電力などの電力会社に比べて、政治家に働きかける力が弱い。特に現在の民進党政権には強いパイプがないため、原発ゼロに対する産業界の抵抗も強くない。

「3.11」直後に「脱原発宣言」

与党内でも野党内でも意見が分かれてまとまらない日本に比べて、脱原発に向けた政治環境も、民意の後押しの部分も含めて台湾は有利な状況にあることは間違いない。しかし、それでも脱原発を実行に移せたのは、蔡英文総統の強いリーダーシップがあったからに他ならない。今年1月に総統に当選し、5月に就任した蔡英文総統にとって核のない社会を目指す脱原発には強いこだわりがあり、看板公約の1つでもあった。

蔡英文総統が脱原発について明確に決意を表明したのは、いまから5年以上前に遡る。2012年の総統選挙の候補になった蔡英文氏(選挙では馬英九氏に敗れて落選)は、福島第1原発の事故の直後である2011年3月24日、「2025年非核家園計画(2025年非核の家計画)」を発表した。

そこで蔡英文氏は2025年に当時稼働中の原発のすべてが退役することを機に「台湾の電力構造を改変し、原発の稼働時期が終わる前に原発依存から脱却しよう」と呼びかけた。

ここで蔡英文氏は「世界に564の原発が過去を含めて建設され、うち6カ所で機体損傷の事故が起きている。確率は1%を超えている。日本も台湾も地震地帯に属する。日本で起きたことは台湾でも起こり得る。さらに原発事故の問題は確率の問題ではなく、いったん起きてしまえば、我々はその被害に耐えられないということだ。

第1、第2、第4原発で事故が起きれば、台北だけで数百万人の避難が必要になり、首都機能が停止し、汚染による人民と経済の損失、復興の膨大な支出など、その代償はあまりにも大きい」と書いている。

アジアのモデルケースに

この考え方を、蔡英文氏はその後の総統選を戦ったときも当選したあとも貫いているということになる。民進党政権の立法委員は筆者の問い合わせに対して、「蔡総統は着任後、いちばん早い時期に、ほぼすべての官庁の閣僚たちに、脱原発に向けたプランを提出するように求めた。蔡総統が本気であることは党内のコンセンサスであるし、この点で異論は多くはないと思う」と明かした。

いま欧州ではドイツやスイスが脱原発に動いている。経済成長を終えた国家が次に目指すのは、環境や安全・安心である。経済原理で原発維持を押し通すことは、世論の逆風のなか、次第に難しくなってくる。台湾初の女性総統が掲げた野心的な脱原発方針。その成否は、これからのアジアのモデルケースになるだろう。

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野嶋剛

1968年生まれ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。

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(2016年10月31日フォーサイトより転載)

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