ブラインドサッカー日本代表は、8月15~17日の3日間にわたり、約2週間後に迫ったリオデジャネイロパラリンピックの予選を兼ねて行われるアジア選手権に向けて、強化合宿を行った。2012年から魚住稿監督とともに積み上げてきたチームに、誰もが手応えを感じているのだろう。キャプテンの落合啓士(おちあい・ひろし)が「自分たちの力さえ出せれば、勝つ自信はある」と意気込みを見せれば、エース黒田智成(くろだ・ともなり)も「全員が同じビジョンで戦えるチームに仕上がった。プレッシャーよりも手応えの方が大きい」と語るなど、選手たちの表情や言葉からは確かな自信がうかがえた。
クーパー・フットボールパーク八王子(東京)で合宿するブラインドサッカー代表
悔しさとともに再スタートを切った"魚住ジャパン"
2004年のアテネ大会からパラリンピックの正式種目となったブラインドサッカーだが、日本はこれまで一度も出場を果たしていない。4年前の2011年に行われたロンドン大会の予選は、同年3月に起きた東日本大震災の震災地のひとつ、宮城県仙台市で開催されたこともあり、日本代表の意気込みは強く、実力的にも十分に可能性はあった。
しかし、結果は残酷なものだった。4カ国での総当たりで行われたリーグ戦、1勝1敗で、最後のイラン戦に臨んだ。引き分けでも上位2カ国に入り、初出場が決まるという大一番で、日本は前半を0-0で凌いだものの、後半に2失点を喫し、つかみかけた切符を逃してしまったのだ。
その後、当時コーチだった魚住監督が指揮官に就任し、日本は新たにスタートを切った。今回のアジア選手権では、約3年間かけてつくりあげてきた日本のサッカーをすべて出し切り、今度こそパラリンピックへの扉をこじ開けるつもりだ。
最大の武器は"世界一美しいひし形"
日本の最大の武器と言えば、組織的に機能した守備だ。フィールドプレーヤーの4人が相手のボールを持った選手に対し、1-2-1とひし形のかたちをつくり、ドリブルやシュートコースを消す。たとえ相手が左右にドリブルやパスで動いてきても、そのひし形のかたちは崩れにくい。ボールの音、相手の足音、そして味方のゴールキーパーからの指示を聞き、瞬時に4人のうち誰がトップ(一番前)に立つかを判断し、それに対してお互いに声を掛け合いながら1-2-1のひし形のかたちをつくりあげる。それは視覚からの情報が一切ない彼らにとって、並大抵のことではない。だが、くり返し練習を積み上げることで、今や世界に誇れる武器となった。魚住監督は「世界で一番美しいひし形」と自信をもつ。
昨年11月、国内で初開催となった世界選手権では、このシステムが機能し、日本は過去最高の6位という成績を残した。全6試合で失点はわずか1(PKを除く)。いかに世界の強豪を翻弄したかがわかる。
今回の合宿では、そのシステムの精度をさらに高めようと、50センチ単位で距離を修正するための練習が繰り返し行われていた。
高いボールキープ力でしかける波状攻撃
世界選手権以降、守備以上に重視して強化を図ってきたのが攻撃だ。実は世界選手権で挙げた得点は、全6試合で3にとどまった。そこでテーマとして取り組んできたのが「マイボールの時間を長くすること」。自分たちがしっかりとボールを支配する時間を長くすることで、得点を狙おうというものだ。
そのためにはひとりひとりのボールキープ力を上げることはもちろん、一度攻めに行った選手が相手守備に止められた際には、強引に行くのではなく、味方に一度戻して、改めて組み立て直すという選択も必要だ。つまり一度で終わらずに次から次へと波状攻撃をしかけることで主導権を握り、突破口を切り開いていく。
そのためには常に味方同士で声を掛け合い、どこに誰がいるのかを把握していることも重要だ。やはり、攻撃でも「チーム力」が大事なカギを握るのだ。今回の合宿でも、「もっと声を出して!」「お互いに声を掛け合って状況を教え合おうよ」などと、声かけに対するやりとりが選手の間で活発に行われていた。
アジア選手権は9月2~7日の6日間、東京・国立代々木競技場で行われる。6カ国総当たりのリーグ戦が行われ、決勝に進出した上位2チームがパラリンピックの出場権を獲得する。日本は初戦で世界ランキング5位の中国、そして2戦目には世界ランキングこそ12位と、9位の日本よりも格下だが、昨年のアジアパラ競技大会で中国、日本を破って優勝したイランと対戦する。いずれも強豪国だ。
厳しい戦いとなることは間違いなく、初戦からトップギアで入らなければならないという難しさもあるだろう。だが、日本は相手がどこであれ、力を尽くして戦う準備は整っている。"世界一美しいひし形"、そして新たに獲得した"波状攻撃"で、アジアの強豪に挑む。日本ブラインドサッカーの歴史に新たな1ページを刻む日はもうすぐそこだ。
(文/写真・斎藤寿子)
<ブラインドサッカーとは>
全盲の選手がプレーする5人制のサッカー。ピッチのサイズはフットサルよりもひとまわり小さい40メートル×20メートル。4人のフィールドプレーヤーはアイマスクをつけてプレーし、ボールをもった選手に近づく際には衝突を防ぐため、「ボイ」(「Voy」=スペイン語で「行く」という意味)と言わなければならない。ボールはフットサルと同じ大きさで、中に入っている鈴の音を聞き分けてプレーする。ゴールキーパーのみ請願者または弱視者が行い、守備に対しての指示を行う役割も果たす。5人のほか、敵陣のゴール裏には「ガイド(コーラー)」が立ち、フィールドプレーヤーにゴールの位置や距離、角度、シュートのタイミングなど、攻撃に関わる情報を伝える。健常者と障がい者が一緒にプレーすることのできる唯一のパラリンピック競技。