2016年8月10日に実施されたイベント「OUR VISION CAMPUS ハタチまでに学びたい未来のつくり方」で、「私たちの時代の新しい『お金』との付き合い方」をテーマに登壇いただいたのは、鎌倉投信 取締役 資産運用部長の新井和宏さん。
2008年に仲間4人で鎌倉投信株式会社を創業し、これからの社会にほんとうに必要とされる会社に投資をしています。たくさんのお金にかかわってきた新井さんが考える「会社と個人のよりよいお金の使い方」とは? 前編に続き、後編では、サイボウズ社長 青野慶久といっしょに考えます。
善意も悪意もないお金は、使い手によって善くも悪くもなる
新井:そもそもお金って「無表情」じゃないですか。
青野:そうですね。どのお札を見ても無表情。
新井:「折ると笑顔になる」みたいな説もありますが、それは置いといて(笑)。何が言いたいかというと、お金には善意も悪意もないということなんです。使う人次第で善いお金にも悪いお金にもなります。
お金とよい距離感を保ち、よい関係性を築ける人は、使うお金をよいお金として循環させられる。意思あるお金は社会を変えますが、意思のないお金は社会を善くするとは限らないんです。
青野:善悪がないから、どちらにもなり得るということなんですね。
新井:お金とよい距離感を保てない人、よい関係性を築けない人が、結果としてお金に振り回されていますよね。お金の価値だけですべて評価できる、と勘違いするわけです。素晴らしい経営者は、売り上げや時価総額だけで評価しようとはしません。
経営って、財務諸表に載る数字だけで判断できるものじゃないですよね。社員がやりがいを感じているか、社員の家族が健康かつ豊かに暮らしているか、取り引き先も健全な経営ができているかなど、お金で評価できない部分も大きな価値を占めています。
新井和宏(あらい・かずひろ)さん。1968年生まれ。東京理科大学工学部卒。1992年、住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)に入社。2000年には、バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現・ブラックロック・ジャパン)に入社。企業年金・公的年金などを中心に、株式、為替、資産配分等、多岐にわたる運用業務に従事し、ファンドマネージャーとして数兆円を動かした実績がある。2008年11月、志を同じくする仲間4人で、鎌倉投信株式会社を創業。2010年3月より運用を開始した投資信託「結い 2101」の運用責任者として活躍している。
青野:同感です。
新井:おもしろいのが、長期的なリターンと関係しているのは、財務諸表に載らない要素だということ。将来への投資や人財育成への投資は、すぐに結果に結びつくわけではありません。長い期間を経て企業価値に還元されますよね。これが鎌倉投信の基本的な考え方なんです。
青野:それでも、儲かってる会社ほど勘違いしてしまう......そんな傾向もありそうです。
新井:その通りです。「儲かっている=お客さまが満足している」と思い込んでしまうんでしょうね。規制によって得られている利益かもしれないのに......。
青野:怖いですね。
新井:儲かっていても勘違いしている会社よりは、儲かっていない会社のほうがいいくらいです。後者だと「どうすればもっと優れた製品を出せるのか」「お客さまに満足してもらうにはどうすればよいか」と考えて、改善に向けた行動に移しますからね。
だからぼくたちは原則的に規制の強い業種には投資しないと決めています。官がつくった既得権益の中で成功している可能性が強く、一企業として見たときに、本当に強いかどうかは判断がつきませんから。
青野:規制の有無という軸で会社を見ているとは。興味深いお話です。
新井:ぼくらが知りたいのは、その会社に長く続く実力があるかどうか、社会から必要とされる会社であるかどうか、なんです。いい会社とダメになる会社はそこで見極められます。
お金以外の価値にもフォーカスしないと、人は間違ってしまう
青野:ダメになる会社の特徴って、どういったものでしょうか?
新井:目的を勘違いしてしまう、というのは多く見ますね。たとえば上場や利益増はあくまで通過点であって、最終ゴールではないですよね。
お金や利益を目的にするようになった会社は基本的にダメになります。とにかくたくさんお金が入ってくればよい、となってその先がないですから。
青野:社員としては「会社は儲かっているけど、なんか違うんだよなぁ?」と違和感をおぼえるでしょうね。
新井:うまくいっているように見えても、いずれ不協和音が出てきますよね。儲けるという目標を達成するとやる気がなくなりますし、進む方角がわからなくなってしまいますから。それに「自分はそれを目指していない」と言う人が出てきて組織がバラバラになる。
だから理念の共有が必要ですし、みんなで同じ方向を見て、遠くの目標であっても明確に持っておくことが大事。
青野:たとえ少しボロい船に乗っていても、みんなが同じ方向を向いて漕いでいることが重要ですよね。いくらパッと見沈没しなさそうな豪華船に乗っていても、みんなが違う方向を向いて漕いでいると良くない。
青野 慶久(あおの よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。2011年から事業のクラウド化を進めた。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーや一般社団法人コンピュータソフトウェア協会の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。
新井:そのうち、船に自ら穴を開け始める人が出てきますよ(笑)。目的を履き違えたときに「自分はそうじゃないかも......」と思う人が出てくると、船を壊しにかかってしまうというわけです。
青野:そう言われてみると、最近は社内の不正で沈没する大企業が多いですね。お金はわかりやすいものさしのひとつですが、一方で多様性を阻害する原因になるんでしょうね。
新井:お金はひとつの軸にすぎない、と理解して使えば問題はないんですけどね。すごく便利で計りやすいものですが、残念ながら欠点があり、なんとなく計れた気になってしまうし、正しいと思ってしまうものでもあります。
今の時代、お金の欠点やお金との距離をしっかり理解できず、お金以外の価値にフォーカスすることができていない気がします。お金だけを見るのは偏差値だけで評価されている学校教育と同じく、けっこう根の深い問題だと思うんですけどね。
青野:「テストの点数が高いからいいでしょ」みたいなね。今の大企業みたいだ......。
新井:お金という軸を持って、それに強くとらわれてしまった人は、そこから逃れられなくなっている気がします。その軸でしか語れない、というか。学校教育のころからそれが培われているので、偏差値至上主義だった人であればなおさら、お金偏重主義でいるほうがラクでしょうしね。
子どもには早いうちから「お金の教育」をしたほうがいい
青野:「お金を上手に使う人は幸せになれる」という話を思い出しました。お金を上手に使うコツは、モノではなく体験に使ったり、自分のためではなく人のために使ったりすることだといいます。同じ1万円を使うにしても、使い方によって幸福度が大きく異なるんでしょうね。
新井:全然違いますね。お金の使い方でいうと、製造業の経営者は100円を使うときも真剣に考えます。なぜなら100円を稼ぐのがどれだけ大変か知っているから。
青野:誰かからぽんともらった100円だと、そこまで真剣に使いみちを考えないですね。
新井:お金は意思を持ちませんが、それをどう使うかで、その人の生き方すら変わってくると思うんです。お金によって自分自身が変えられてしまう、といっても過言ではない。だからいい加減な使い方していたら、いい加減な人間になってしまう。だからお金とは真剣に向き合わないといけない。
それなのに、日本でお金の話がタブー視されていて、お金の教育がされないのはどうかと思います。
青野:教えるべきことはたくさんあるのに。
新井:子どもたちはお金について、何の教育も受けないまま大人になります。お金があってもできないことはあるし、悪いことに使われることもある。
そういったことも説明する教育をしない限り、日本社会は豊かにならないんじゃないでしょうか。だから、ぼくたちはサイボウズさんでやっている夏の授業も含め、子どもたちに早い段階でお金について教えたい。
青野:お金というのは使い方によっては、自分の人生をつまらなくするリスクがあるよ、と。お金を持っているから幸せになるとは限らない、と子どもが幼いうちから話して聞かせたいです。
新井:親自身もお金との正しい距離感をわかっていないのは問題ですよね。近年は「将来の不安」や「お金は持っておいたほうがいい」といったあおり系の話ばかりが目立ちます。お金がたくさんあって困ることはないでしょうが、そのぶんお金との付き合い方がわからなくて困るケースもあると思います。
親世代がわからないから子どもがわからないし、子どもも教わらないから自分の子どもに教えられない......この何代にも渡って続く残念なスパイラルを改善していくことも、ぼくたちの使命だと考えています。
構成:池田園子/写真家:尾木 司
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本記事は、2016年10月11日のサイボウズ式掲載記事お金や利益が目的になってしまった会社は、基本的にダメになります──鎌倉投信 新井和宏 ×青野慶久より転載しました。