ナポリは犯罪都市か?この目で見てきたから言える。そんなの、ただの嫉妬だ!

南イタリアに位置する地中海に面した湾岸都市、ナポリ。長い歴史をもつこの町に、どのようなイメージを持っているだろうか。
view of the Gulf in Naples with the Egg Castle and Mount Vesuvius
view of the Gulf in Naples with the Egg Castle and Mount Vesuvius
marcovarro via Getty Images

南イタリアに位置する地中海に面した湾岸都市、ナポリ。長い歴史をもつこの町に、どのようなイメージを持っているだろうか。歴史や地理の授業で、イタリア南部は北部に比べて治安が悪い、と教わった人もいるのではないか。ネット上には、ナポリを旅行する観光客向けに、スリ対策法やトラブル実例集まで存在する。

一体なぜ、イタリア国内にとどまらず海外でも、「治安の悪さ」がナポリの象徴となってしまったのか。

イタリア映画『ゴモラ(Gomorra)』のせいなのか?『ゴモラ』は、ナポリ地区を本拠としている犯罪組織をリアルに描き、カンヌ国際映画祭でもグランプリを受賞したほどの人気映画である。わずかでも常識を備えた人であれば、ナポリ人であろうと、ロケ地としてナポリを有名にしてくれたこの映画に不満を抱くことはない。

「ナポリは治安が悪い」というイメージをこれほどまでに広めてしまっているのは、日々のニュースだ。イタリアの首都・ローマでは毎日のようにナポリでの犯罪ニュースが報道されている。あたかも、ナポリの町がどこもかしこも犯罪で溢れかえっているかのように。そうして、一都市で起こった犯罪に関する報道は、イタリア半島を飛び出し、国境を軽々と越え、はるか遠くの極東アジアにまで届くのだ。

スカンピアでの銃撃戦、トッレ・デル・グレーコでの殺人、フォルチェッラでベビーキラーの襲撃に遭った通行人。これらはすべてナポリの自治区である。たった一度であろうと、そこで犯罪が起こってしまえば、「その地区は治安が悪い」というレッテルを張られてしまうのだ。

日々のニュースによって、「ナポリは犯罪都市だ」という先入観が、世界中でどんどん植えつけられてきた。

(「日本人の行動は不思議」、「中国は汚職でいっぱい」、「ラテン系は怠け者」といったイメージも、ジャーナリズムがどんどん広めてしまっていることは否定できないだろう。)

ナポリの名所、デローヴォ城(Castel dell'Ovo)の胸壁からナポリ湾を見下ろす日本人男性に話しかける。スリだと勘違いされて逃げられるだろう、と予想していた。しかし、そうはならなかった。彼は怯える様子も見せずに、私に言う。

「ローマでの滞在は三日間だったんだけど、ナポリでは一日だけにしたんだ。ナポリはあんまり治安が良くないって聞いて怖くて。でも、もっと長く滞在すればよかった。後悔してるよ。」

彼がこう言った理由は、聞かずとも明らかだ。

イタリアに行ったら、ナポリとローマの両方で地下鉄に乗ってみるといい。一方は清潔で暖かくて、カラフルで芸術的。もう一方は汚くて、臭くて、落書きだらけだ。違いは実にはっきりしている。

ナポリ市内を歩いていた韓国人の女の子は興奮気味に語った。

「ナポリの人は下心なしで話しかけてくれるの。ローマでは、はるかに年上の紳士たちからしょっちゅう引き止められて、『どこから来たの?』なんて聞かれたわ。本当は出身地なんかに興味ないのに、それを口実に話しかけてくるだけ。でも、ナポリでは違うの。ナポリの人は本当に面白いし、話せば話すほど興味がわくのよ。人としての興味ね。『Facebook持ってる?友達になろうよ』なんていう、そんなニセの興味とは違うわ。」

今、私はエルコラーノ遺跡(Herculaneum Ruins)に向かっている。古代ローマの町・エルコラーノは、ヴェスヴィオ山の噴火によって溶岩に覆われ、1600年以上もの間、地中に眠っていた。18世紀以降発掘が進められ、この町は長い眠りから目を覚ましたが、ここ最近、また「溶岩」で覆われてしまったようだ。

しかし、今回の「溶岩」はヴェスヴィオ火山からやって来たのではない。強情で頑固な彼らによって撃ち出されたのだ。言うまでもなく、メディアである。彼らがどうやって「溶岩」を放ったかって?「エルコラーノで強盗を試みた男が、宝石商に銃で撃たれ、死亡しました。」というニュースによってだ。

電車から降りると、反射的に、すぐさま後ろを振り返った。私の生存本能―メディアによって作り出された危険察知能力―が、何かを捉えたようだ。そして、私の後をつけているように見える不審な男に気がついた。彼はポケットから何か取り出そうとしている。(ピストルか?!)いや、あれは...ライターだ。(ただの誤警報だったか?)一か八かに賭け...ない方がいいに決まっている。私は立ち止まって、男を先に行かせた。すると、彼は壁にもたれかかり、煙草に火をつけたのだ。(なんで立ち止まるんだ!)いきなり腕を引っ張られ、どこか薄暗い地下室に連れて行かれて、下着姿で閉じ込められやしないか。そんな恐怖におびえながら男の前を通りすぎる。ヤツは私の存在にさえ気づいていないようだ。ただただ冷静に煙をふかせていた。

それから、信じられないことが起こった。私はすでに、あの有名なエルコラーノ遺跡に向かうメインストリート、クアットロ・ノヴェンブレ通り(Via IV Novembre)を中ほどまで進んでいた。それなのに、まだ誰も、私の足を撃ち抜こうとしてこなかった。典型的なイタリアンギャング達の警告だ。

そして、私は立ち止まった。バイクに乗ったライダーたちが、狂ったトカゲみたいに、車の間を縫って進んでいった。ナポリのライダーは誰もヘルメットを被らない、なんて言ってたのは誰だ?みんな被ってるじゃないか。

いや、ナポリでは誰も法律に従わないらしい。そこで、ようやく理解した。

そうか。やつらは法律に従ってるわけじゃないのか。ヘルメットは顔を隠すためなんだな。顔を覆って、身元を隠して、ひったくりでもするつもりなんだ。トラブル対策法でも学習済みだ。

私は覚悟を決めた。むしろ安堵して、その時が来るのを楽しみにさえしていた。ヤツらがバイクから手を伸ばして私の鞄をひったくり、次の角に消えていく瞬間を、いまかいまかと待っていたのだ。ちょっとだけ車道に近寄って、心なしか体を傾けて。この時の私ほどひったくりやすい獲物はいないだろう。

だが、何も起こらなかった。ローマではよく出くわす、歩いている私の前を横切る車もいなかった。むしろ、私に道を譲ってくれる運転手までいたのだ。

ああ、そうか、分かったぞ。これは全部、不吉なことが起こる予兆なんだろう。一旦安心させておいて裏切ってやろうっていう手口だな。そうはいかないぞ...。

露店のカフェがあった。50代ほどの店員がアメリカ人カップルにコーヒーを渡している。可哀想に。ぼったくられたに違いない。

バーテンダーみたく着飾ったその悪党店員は、海外からはるばるやってきた幸せそうなカップルを騙している。いくらのせられたのか見てやろうと思い、近づいていった。

「コーヒー2杯:1.4ユーロ」

あり得ない!私は、エルコラーノ中で唯一無二の正直な男を見つけたと思った。

20歩ほど坂を下り、遺跡の入り口とは正反対の角にあるカフェに入った。私は、典型的なローマ訛りで話し、バックパックを背負っている。どっからどう見ても観光客だ。そして、クロワッサンとコーヒーを注文する。少なくとも4ユーロくらいはかかるだろう、と準備していた。(ローマのヴェネツィア広場(Piazza Venezia)の前にあるカフェでは大体そのくらいかかる。)

いくらだったかって?もう分かるだろう。コーヒーはたったの80セント、クロワッサンと合わせても2ユーロにもならなかった。

何年間もナポリの人々に対して抱いてきたイメージと自分で経験した現実との狭間でパニックに陥った。偏見や先入観なんて、今や全く信用できない。陽の光をまっすぐに浴びた雪のように融けていった。そしてすぐに、ナポリ行きの電車に飛び乗り、市内に引き返すことにした。

ダウンタウンに行き、プレビシート広場(Piazza del Plebiscito)の近くにある、トレド通り(Via Toledo)のバーに入る。一杯のオレンジジュースを注文した。店員はジューサーからぽたぽた垂れた果汁が2センチほどたまったグラスを手に取り、それに注ぎ足して私に渡すのではないか、と疑いの目を向けた。私は、腐ったようなすっぱいオレンジジュースを飲まされるのか。

ナポリ人の彼はどうしたか。彼はそのグラスを横に寄せて、新品ピカピカのグラスに絞りたての超フレッシュなオレンジジュースを注いでくれているではないか。私は、ローマの共和国広場(Piazza della Repubblica)にあるカフェで、店員に背を向けられ、本当に欲しかった新鮮なジュースではなく、グラスに溜まった果汁と水でかさ増しされたジュースを渡されるのに慣れていたんだ。

そしてまた、何を信じればいいのか、見失った。とうとう完全に混乱してしまったんだ。

ナポリ人はみんな騙してくるぞって言ってたじゃないか。

気をつけろよ、ヤツらは所持品全部盗んでお前を素っ裸にするぞって、言ってたじゃないか。

私は、確かにナポリにいたんだ。明らかに観光客の格好をして、観光地にも行ったし市内にも行ったんだ。

でも何も起こらなかった。何も盗まれなかった。スリにも遭ってないし、詐欺にも遭ってないんだ。

私が自分に問いかけるべき質問はどっちだろう。

私が出会ったナポリ人はどんな人だったか。あるいは、メディアが語るナポリ人とはどんな人か。

ローマへの帰り道、ようやく、本当に問うべき質問はどちらなのかが分かった。それと同時に、ナポリの人々に謝りたいとも思った。何年もの間、世界で最も美しいスカイラインは香港だと言い続けてごめん。ポジリポから、メルジェリーナを通ってヴィットリア広場に向かう140番の小さいバスに乗って、ナポリ湾の景色を見るまでは、そう思ってたんだよ。

ナポリは犯罪都市か、って?ちょっと待ってくれよ。そんなの、ただの嫉妬だって。

訳 阪上みなみ(Sakaue Minami)

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