医療業界と介護業界の更なる連携の必要性を感じ、介護業界へ自ら飛び込んだ田中公孝先生。そんな田中先生が活動の一つとして取り組んでいるのが「PRESENT」というイベントの運営です。このイベントでは今回、健康保険組合に効果的なヘルスケアを提案している山本雄士さんをゲストに招きました。今の日本の医療構造の中でイノベーションを起こすには、どういった考え方をしていけばいいのか、数多くの示唆がありました。
「PRESENT」は、団塊の世代が後期高齢者になる2025年に、介護業界のリーダーとなっているために、今何を学び、どうあるべきかを考えるイベント。2015年6月からスタートし、4人のゲストを呼び、「現場からイノベーションは起こせるのか?」「ダイアログで介護は変わるのか?」「地域包括ケアって、何?」「全員参加型の地域づくりって、どうやるの?」というテーマで毎回、自分たちが明日からできることを考えています。
学びを深める中で、国の大きな流れを捉えられていないと感じた運営メンバー。そこで、株式会社カカクコムの新サービス「たすケア」の運営スタッフとコラボレーションし、政策も含めた医療構造を学ぶため、株式会社ミナケアの代表・山本雄士さんをゲストに迎えました。
◆保険制度の外側に問題あり
山本雄士さんは東京大学医学部を卒業後、循環器内科や救急医療に従事するなかで、「医師が忙しくも一生懸命治療し疲弊している。でも、それに見合った形で患者さんが元気でいられるわけではない」というジレンマを抱えていました。日本の今の医療構造に問題があると考えた山本さんは、医療現場で改善を試みるのではなく、一度医療の外側から問題をよく理解しなければならないと考え、ハーバード大学でMBAを取得し、病院経営や現代の医療構造について学んでいきました。
そして、厚生労働大臣の下で「保健医療2035」を策定したり、経済産業省で「健康投資WG」のメンバーとして政策に関わったり、自らが学んできた医療マネジメントのあり方を若手医療従事者へ教える「山本雄士ゼミ」を開いたりしています。また、2011年には、健康保険組合などに蓄積された医療データの解析やそれに基づいた効果的なヘルスケアを提案する株式会社ミナケアを設立しました。
そんな山本さんから出てくる言葉とは?
◆本当に必要とされていることが、提供できているのか?
現場業務の効率化を図る目的の電子カルテの導入、論文があることを根拠にした医療用品の提供――。誰もが善意で良いことをやっていると思っています。それは間違ってはいません。しかし、大きな視点で見ると「それ、求められていることと違うんじゃないの?」と思うことがあります。
病院の中で患者さんを待ち、一生懸命高度な医療を提供することはすごく充実感がありますが、一旦外から見てみると「どうして病院の外に出て、健康を害しそうな人がいないか探そうとしないのか」と、私は考えるようになりました。
極端な言い方をすれば、「病気になるのを待っています」というスタンスの医療を変えないままで、高齢化や技術の高度化でこれからの時代は一人一人の負担が増える、どうしようと議論していても、解決すべきことが分からなくなると思います。
もちろん私も、このようなことが最初から分かっていたわけではありません。MBAを取るため米国に渡り、医療界に限らずさまざまな出会いの中で、このような視点に気付いていきました。中でも、経済学者マイケル・ポーターの「21世紀の医療技術が、19世紀型の組織構造や経営手法、支払い方式で提供されている」という言葉には、深く共感しました。
◆医療課題1〜医療費〜
さて、40兆円の医療費が高いか安いかという議論が一部で活発です。しかし、40兆円が高いのか安いのかに絶対的な基準はありません。40兆円が、日本社会に対してどれくらいの価値があるのかを考えないことには、本当に高いのか安いのかは分かりません。
仮に40兆円を20兆円に減らしても人々がますます健康になるのであれば、それは削減すべきでしょう。また逆に、40兆円を日本国民が確実に健康になるために必要だと見なせるのであれば、これ以上の公共投資、先行投資はなく、40兆円は高いと感じなくなると思います。
40兆円という医療費にどれだけの社会価値があるのかを議論しないままに、「高い、安い」と言っている、言わせているのは医療者としてあるまじきことだと思います。なぜ、当事者である医療者が自信をもって、40兆円分の価値ある医療を提供できていると胸を張れないのでしょうか?
また、「医療費を下げたいなら、質が下がることを我慢しろ」という議論もちょっと極端ですよね。効率的とは言えない今の医療の中で、質を下げずにコストを下げることは可能というのが私の意見ですし、ミナケアの目指しているところです。
例えば、診断の精度を上げることで効かない医療を避けたり、回避できる病気は発症前に改善のアプローチをしたりするだけでも変わってきます。
ちなみに、ここで私が言う「コスト」とは、患者さんにとっての「コスト=支払い額」だけではなく、国や医療機関の「コスト=人件費などの経費」でもあります。両方を削減することで、患者さんの支払う価格が下がり、かつ、医療機関の利益幅をそこまで下げないことが可能だと考えています。
◆医療課題2〜分断されたサービス〜
次にケアサイクルについて。ケアサイクルは医療サービスの流れです。
「予防⇒健診⇒診断⇒治療⇒慢性期管理⇒介護⇒終末期」と続いていきます。
病態によってサイクルの様相は異なりますが、サイクルを通して一貫したケアが提供されることに価値、意義があります。しかし、日本では保険制度もそうですし、診療科や病期(慢性期、急性期など)によってケアが分断されており、提供者が都度変わっているのが現状です。
例えば、45万人分の健診データを3年間に渡って追跡調査しました。すると、健診でコレステロール値が高いと指摘された人のうち、翌年までに病院を受診した人は1割にもなりません。いかにケアが分断されて提供されているかが分かる一例でしょう。
◆課題回避に必要な考え方
ここまでの話をまとめると、我々は医療費削減や質とコストのトレードオフというレベルの話ではなくて、本当に誇るべき医療・介護サービスがいかに誤解されていたり、届いていなかったりするかということを考えた上で、話さなければいけません。
それを考える際に、保険制度の枠組みの中だけでしか考えられないのは問題です。なぜなら、解決のためには既存の発想を離れて、本来の医療の価値を考えなくてはならないからです。
例えば、医療と介護は保険の制度が違うために連携しにくい。それ自体を変えられないと決めつけてはいけません。また、制度の外側で、他業界からの医療周辺産業への参入がすごい勢いでやってきています。健康食品やフィットネスクラブなどです。結果にコミットすると言っているヘルスケアサービスも出てきました。そうしたサービスとどう付き合うか、それらによって何がどう変わるかも考えるべきポイントの一つです。
また、医療を取り巻く環境には、支払者として健康保険組合がいます。ここは年間7兆円ものお金を動かしていますが、予防や健診などの保健事業に充てているのはたったの5%です。残りは、病気になってからという後手の費用として費やされています。
あるいは、「医療のゴールは何か?」という問いに対して、医療者は「病気と闘う」、製薬企業は「病気を減らす」と答えます。しかし、現状の両者のビジネスモデルでは病気がなくなったら彼らは必要なくなります。そんな構造の中で、どうやってゴールが達成できるのでしょうか?技術の進歩とともにゴールも変えていかなくてはなりません。マイケル・ポーターが「今の医療は19世紀型のモデル」と言っている本質は、ここにあるのです。
予防や健診で先手を打てる時代にもかかわらず、医療業界は後手に回る仕組みのまま。その突破口を開くために、保健医療の位置付け自体を変えていこうと、私は提唱しています。
◆課題解決に必要なのは「破壊的イノベーション」
それに必要なのは「破壊的イノベーション」です。既存のサービスや既存の技術が、次世代のものに乗り換えられていくことを指しています。これの一番怖いのは、既存のサービスが次のマーケットではほぼ生き残れないという点です。例えば、デジタルカメラ。かつてフィルムの市場を大きく奪ったものの、今ではカメラ機能付きのスマートフォンに市場を侵食されています。
何が今のサービスを乗り越えてくるかは、簡単には分かりません。医療は診療報酬制度がそこまでドラスティックに変わりませんので、その波にさらされにくい。ただ確実なのは、今ニッチで低収益に見えて、かつ今の業界のハイエンドにいる人が「あんなのダサい」と思われているサービスや技術にやられることがほとんどだということです。
そうした現象が起きる、起こそうとするなかで、自分が心底やりたいことは何かを見据え、古典的医療の範囲を超えて誰と組まなければいけないのか、自分達のお客さんは誰なのか、求められているものは何なのかを考えることが重要です。「医療とはこういうものだ」という思い込みが出てきた時点で、考えが縛られ始めます。
◆自分のサービスの本質的価値はなにか?
自らの提供する/提供したいサービスの本質的価値は何か、良く考えなければいけません。
ビジネスモデルとはもともと、お客さんに「こういう価値を提供したい」から始まります。その実現のためにリソースを用意し、業務プロセスを立ち上げ、利益を得ていきます。ここでの落とし穴は、利益モデルが一度回り出すと、何を提供したいかではなく、利益が目的になることです。その結果、利益モデルから出られずイノベーションが起こせなくなるというジレンマに陥ります。
例えば、失禁を対象としたサービス。元々は、失禁した方を何とか助けようという意味でサービスの提供が始められたはずです。しかし、それでビジネスモデルができあがってしまうと今度は、失禁してもらわないと困るようになってしまいます。技術が発展して失禁を事前に防ぐことができるようになったとしても、失禁の後始末で利益を得ているモデルを固持してしまうのです。恐ろしいのは、既存産業がこうした破壊的イノベーションの芽をつぶそうとすらすることです。ただ、それでもいずれ破壊的イノベーションにやられます。
◆医療介護のリーダーに必要な3つのこと
このような中で、どうやったらリーダーシップを取れるようになれるかというのが、最後の話です。医療介護をひっぱるリーダーになるためには、次の3つが必要です。
1)自分の今の立ち位置を見る
最終目標を見上げることももちろん大事ですですが、それよりも今自分がどのような立ち位置にいるのかを把握することのほうが重要です。何ができるのか、何を知っているのか。その「現在」と「理想」のギャップがキャリアになるからです。
2)自分の意見を言えるようにする
日本人は「あなたならどうしますか?」という質問に「こういうものですよね」と期待されそうな答えをしがちです。そうではなく、「私ならこうします」と言えるようにならなければなりません。
3)なぜあなたがやるのかを考え抜く
「私ならこうする」という意見を言えるようになることと同じくらい、他ならぬ自分がやる理由を考え抜くことが重要です。
この3点を考えて初めて、一歩を踏み出すことができます。その次に、「なぜそういうことをやろうと思ったのか」の経緯をある程度説明できるようにしておくと、チームを作ることができます。
人によって、年齢や経験の有無などさまざまなので、他人を羨んでも仕方がありません。客観的に自分の今の場所を見たうえで、今の医療介護制度やイノベーションのルールを理解して、本当に自分は何がやりたいのかを突き詰めましょう。そして、未来の誰が喜ぶのかということが、クリアであればあるほど、そのビジネスは確実に回っていきます。
医療構造の大枠の話、そしてその中でイノベーションを起こせるリーダーとなるために必要な要素を、数多くの例を示しながら、お話くださった山本先生。参加者の中には医療者も多く、数多くの例に共感を持って聞いていました。
このイベントではただ聞いて終わりではなく、話を受けて明日から自分はどう行動するかまで考え、それを参加者同士で共有します。今回の講演は、リーダーとなるための要素が直接的に示されていたので、医療介護のリーダーになるための学びを深めるいい機会になったのではないでしょうか。
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医師プロフィール
田中 公孝 家庭医
2009年滋賀医科大学医学部卒業。2011年滋賀医科大学医学部附属病院にて初期臨床研修修了。2015年医療福祉生協連家庭医療学開発センター (CFMD)の家庭医療後期研修修了後、引き続き家庭医として診療に従事。医療介護業界のソーシャルデザインを目指し、「HEISEI KAIGO LEARDERS」運営メンバーに参加。イベント企画、ファシリテーターとして活躍中。