離島やへき地で戦う医師を育てるため、タフな環境を求めて、世界の医療を見る旅に出た。過酷な環境で悠々と働く医師の威厳と人を安心させる落着きは、どこからくるのだろう。
突然緊張が走った。「バギー! 子供の意識がないから早く来て!」
息を切らしながら、近所のおばさんが病院に駆け込んできた。バギーはすぐに家に往診に行った。一時的な意識消失だった。
バギーはこの村で生まれ育ち、モンゴル国立大学の医学部に進んだ。現在2年目の医師であり、2,000人の村人を医師である妻と2人で診ている。リゾート地であるため、夏の人口は倍の4,000人になるという。
内科や小児科はもちろん、落馬や交通事故の初期治療にも対応する。緊急のお産も年に数件あり、助産師と一緒に対応する。患者が動けず緊急手術が必要な場合は、外科チームを要請し、この病院で手術をするという。もちろん、ドクターヘリやフライングドクターシステムはない。
へき地医療の問題点は多々あるが、この過酷な環境で悠々と働くバギーの貫録や落着きはどこからくるのだろう。村人の健康を一手に引き受ける責任感なのだろうか? それとも地元に貢献するという使命感なのだろうか?
この土地に20年近く住み、へき地医療に貢献している女性医師。診療の幅はもちろん広い。失礼を承知で「今までで一番困ったことは?」と聞くと、やはり緊急対応とのこと。特にお産の緊急対応と事故の対応が大変だとか。この環境でお産や交通事故の対応をしろと言われても、考えただけでぞっとする。
日本の離島やへき地で戦う医師を育てる、いわゆる「ドクターコトー養成プログラム」の構築を目指し、国内外のへき地を回っている。日本にはない、タフな環境を求めて世界のへき地医療を見てまわる旅を始めた。
そこでは、2つの疑問が常によぎる。
「医療の近代化とは何なのだろう?」
もちろん日本とモンゴルのギャップを埋めることではない。
「医師としての使命とは何なのだろう?」
置かれた環境で最善を尽くしながら、環境改善を図ることなのだろうか。
ここ、モンゴルで働く医師は、そんなことはもうとっくに知っていて、日々最善を尽くしているのだろう。だからこの威厳と人を安心させる雰囲気を醸し出しているのだろう。
モンゴルの田舎を見て頭が真っ白になった。日本でもっと頑張らなくてはと、背筋が伸びた。
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医師プロフィール|齋藤 学 救急医
1974年千葉県生まれ。2000年順天堂大学卒業。救急専門医、プライマリケア連合学会指導医。救急医として沖 縄県浦添総合病院で勤務した後、真の総合診療である離島医療に従事。生半可な技術では離島には通用しないと、再修業の後、2015年ゲネプロを起業。世界 トップレベルのへき地医療を展開するオーストラリアとタッグを組み、日本初の試みである『へき地医療専門医育成プログラム』の構築に向けて、国内外の離島 やへき地を東奔西走している。