福島県南相馬市で国際保健の研究をしている関係で、共同研究に向けた話し合いをする機会があり、カトマンズのトリブバン大学教育病院を2016年1月に訪問することになりました。トリブバン大学はネパールで最も歴史のある大学で、その教育病院は国内最大の病院でもあります。
普段の福島での仕事では、災害が人々の健康に及ぼす影響について評価するための研究を行っています。ネパールでも2015年に甚大な地震災害が発生したことから、私たちのチームでは震災後の健康問題を明らかに出来るような同様の研究に取り組むことで、復興に向かっている同国の支援になればと考えています。
ネパールは美しい国でした。迎えてくれた方々も親切に私たちを厚くもてなして下さり、地元目線でカトマンズを見る機会に恵まれ、多くの珍しいものを目にすることが出来ました。色とりどりの建物も美しく、目の前にはご馳走が山盛りで出てきました。
けれども、地震の爪痕がまだまだ残されていることにも驚きました。瓦礫になった建物はそのままで、住民はテント生活をずっと余儀なくされています。
最もショッキングと言えるであろうことは、ネパール政府の震災への対応方法を知ったときのことでした。というのも、被災者にとって、より良い健康と幸せに繫がるような取り決めがなされるよりも、自国の政府の怠慢に多くの人が苦しんでいるように見えたのです。
まず、その背景を説明します。
2015年4月25日、ネパールをマグニチュード7.8の地震が襲いました。その2週間後にはマグニチュード7.3の余震までありました。それに伴う被害は非常に大きく、死者8千人以上、傷害者2万2千人、そして8万8千人以上が家を失いました(1)。
当然、救援のための国際的な募金キャンペーンも直ちに始まりました。ところが、その次に起こったのは違う種類の悲劇だったのです。
首相による救援基金創設の後、政府はネパールに入る救援基金のコントロールに着手しました(2)。最初の地震の5日後の4月30日、震災救援に使われる銀行口座は差し押さえになり、基金は首相による救援基金の方に振替えられました(3)。
ほぼそれと同時に、政府への不満が高まりました。全ての支援が厳格な関税規制を経るようになり、空港には物資の山が積まれることになってしまったのです(4)。
さらに6月からは、同国に入って来る支援に税金まで課せられるようになりました(5)。
最初の地震から5ヶ月後の2015年9月には、震災救護のために国際的に集められた41億米ドルものお金が、政府によって全く使用されていなかったことが報じられました(6)。この不使用は復興のための行政機関がないせいだという非難が集まり、2015年12月によって漸くその創設に至りました(7)。
震災一周年になるという2016年4月になって、被災住居の再建に着手される予定ということです(8)。
残念ながら、復興までの活動がこのように長引いたため、被災者の方々は深刻な困難に直面する事態となりました。
地震の直後で最も深刻になった案件の一つは、ホームレス問題です。地震の結果、8万8千人以上が家を失ったと見積もられています(1)。零下になる冬でも仮設住宅はテントしかない状態が続いており、凍死も含め数々の問題が生じています(9)。不幸なことに、震災でホームレスになった方々に、より安全な住居は提供されて来ませんでした(10)。
さらに、テントの配給においてさえ問題が生じました。8名の政府職員、うち2名は都市開発大臣の秘書が、被災者のテント購入の際に金銭的な不適切行為があったため不正告発されたのです。
架空請求金は個人の懐に入ったようで、テントの質はとても使用に耐えるものではなかったと報じられています(11)。
一般市民によると、テントの配給を待てるだけ待っても他に選択肢がないため、ついには地滑りの危険もあって居住不可能に近い村々に、危険な再建活動を始めてしまったということです(12)。このように、テント生活を続けている人々は、政府の不作為により健康被害のリスクが上昇しただけでなく、将来的な危険性まで抱えることになりました。
もし次の地震が発生したとすれば、このような危険極まりない建て替えは、より多くの死亡に繫がりかねません。つまり、防ぎ得たはずの死になってしまうのです。震災復興基金の非効率な使用というよりも不使用によって、無自覚に失われた人命をどう数えたらいいのでしょうか。
1933年から1945年にアメリカ大統領だったフランクリン・D・ルーズベルトは、当時このように書き記しています。「どんな政府であっても、最終的にその成否を判断するには、その国民の幸福度を測る必要がある。国家にとって一般市民の健康こそ重要なものはない。国家の最も重要な関心事は、人々の健康にこそあるべきだ。」
人々の現状をみると、ネパールの場合は残念ながら申し分ない政府だとは言い難いでしょう。
市民がテントの中で凍死しかけているのに義捐金が使われず眠ったままという事態は理解し難く、政府の健康に対する責任というものとは真逆な姿勢です。このような状況にどう対処すればいいのかは知る由もありません。
ネパールでの汚職は目新しい話題という訳でもなく、トランスピアランシー・インターナショナルの2015年の報告によると、南アジアで汚職のある国の第三位として格付けされており(13)、汚職はネパールでの生活には付き物と昔から言われています( 14)。
2001年には王家が虐殺される事件があり、その後は体制がずっと揺らいできたという政治的な大混乱に直面し、ネパールにとっては大変な時期が続きました(15)。この変動のせいで、市民のための震災後の援助を適切に行うことが困難だったということはあるでしょう。
しかし、ネパールの復興と将来のために、政府や国際機関の関係者がこの失敗を教訓にし、困難を抱える市民にとって透明性の高い支援を保証できるよう立ち上がることが出来ればと考えています。
地震のような大災害は、死傷者だけでなく家を失う人々も生じるため、甚大な健康リスクを引き起こします。けれども、人災によって、人々が家を失い、傷つき死んでしまうということが起こりうるのです。
2015年のネパールの災害は、沢山の教訓が得られた出来事として記憶に留められるべきでしょう。途方も無い健康被害に対して、私たちは何故そのような結果に至ったのか、政府の果たした役割を明らかにする必要があるでしょう。
震災後の対応の中で、ネパールでの汚職が認知され始めているというのは良いことだと思います。汚職があって、それがどのような結果をもたらすのか周知されるようになり、市民のためにもっと良く対処すべきという必要性が明らかになったことは、今回の悲劇から得られた教訓と言えるでしょう。
惨事の後には、必ず創造の可能性が生まれます。
この創造の機会に際し、「より良く復興する」過程の中で、ネパールでの汚職に適切な対処がなされることを願っています。新たな始まりなのですから、ネパール政府が前途ある将来を創る責任を持つよう期待し、基金が全ての市民の健康と住居を保証するよう使われるようになればと思います。
トリブバン大学との共同作業を進める中で、ネパールの実際の状況や人々の健康に役立つことを伝える作業を通じ、私たちはこのような気持ちを持ち続けたいと考えています。
参考文献
1. World Health Organization (WHO) (2015). Nepal Earthquake 2015, Situation Report #9. May 26 2015. Available online at: http://www.who.int/hac/crises/npl/sitreps/en/ [Accessed: Febraury 14th 2016]
2. Weiß RR. Nepal's mammoth tasks after the earthquake. Our World, United Nations University. June 24th 2015. Available at: http://ourworld.unu.edu/en/nepals-mammoth-tasks-after-the-earthquake [Accessed February 14th 2016]
3. Kathmandu Post. Govt to take all bank deposites meant for disaster relief. May 1st, 2015. Available at: http://kathmandupost.ekantipur.com/news/2015-05-01/govt-to-take-all-bank-deposits-meant-for-disaster-relief.html [Accessed: Febraury 14 2016]
4. New York Times (2015). Nepal's Bureaucracy is blamed as earthquake relief supplies pile up. May 3 2015. Available at: http://www.nytimes.com/2015/05/04/world/asia/nepals-bureaucracy-is-blamed-as-quake-relief-supplies-pile-up.html?_r=0 [Accessed February 14 2016]
5. Reuters. U.N. says Nepal's customs and taxations are delaying aid to quake survivors. July 9 2015. Available at: http://www.reuters.com/article/us-nepal-quake-aid-idUSKCN0PJ1GT20150709 [Accessed February 14 2015]
6. Reuters. Four months after quakes, Nepal fails to spend any of $4.1 billion donor money. Sep 2 2015. Available online: http://www.reuters.com/article/us-nepal-rebuilding-idUSKCN0R20GU20150902 [Accessed February 14 2016]
7. Ghimire B (2015). Reconstruction Bill passed unopposed. The Kathmandu Post. Dec 17 2015. Available at: http://kathmandupost.ekantipur.com/news/2015-12-17/reconstruction-bill-passed-unopposed.html (Accessed: 18 February 2016)
8. Sharma B (2016). Much-delayed rebuilding campaign inaugurated. The Kathmandu Post. Jan 17, 2016. Available at: http://kathmandupost.ekantipur.com/news/2016-01-17/much-delayed-rebuilding-campaign-inaugurated.html (Accessed: Febuary 18 2016)
9. The Himalayan Times (2015). Govt told to supply winter clothes to quake survivors to prevent deaths, illnesses. Dec 31st, 2015. Available at: http://thehimalayantimes.com/nepal/govt-told-to-supply-winter-clothes-to-quake-survivors-to-prevent-deaths/ [Accessed February 14 2016]
10. Uprety A, Leppold C, Ozaki A, Higuchi A, Tanimoto T (2016). Post-earthquake Nepal: lessons from Fukushima. Lancet Glob Health. 2016 Feb 3. pii: S2214-109X(15)00289-2. doi: 10.1016/S2214-109X(15)00289-2. [Epub ahead of print]
11. No author (2015). Eight including 2 under secys charged with corruption. Republica. September 6 2015. Available at: http://myrepublica.com/society/story/27666/ciaa-files-complaint-against-7-on-tarpaulin-purchase-irregularities.html (Accessed February 18 2016)
12. Poudel A (2016). Slow govt response forced quake displaced to rebuild in risk zone. Republica. February 15, 2016. Available at: http://www.myrepublica.com/feature-article/story/37130/slow-govt-response-forced-quake-displaced-to-rebuild-in-risk-zone.html (Accessed February 18 2016)
13. Transparency International. Corruptions Perceptions Index 2015. Available at: https://www.transparency.org/cpi2015 [Accessed 14 February 2016]
14. Wills T. Corruption, Society and Politics in Nepal: a series of discussions. Transparency International Nepal. 7 September 2014. Available at: http://www.tinepal.org/?p=159036 [Accessed February 14 2016]
15. BBC (2015). Nepal profile - Timeline. 27 September 2015. Available at: http://www.bbc.com/news/world-south-asia-12499391 (Accessed: 19 February 2016)
(2016年3月23日 「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)
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