自分たちで「面白法人」と名乗っているカヤックの一番面白いコンテンツは社員!? 今回注目したのは2015年6月に「12月31日にカヤックを退職します」と宣言し、話題となったコピーライターの長谷川哲士さん。彼がこれまでのシゴトで大切にしてきたこととは?
ろ過装置のない壊れた蛇口、長谷川哲士
面白法人カヤックにある「コピー部」。「コピーとり専門の部署」ではなく、言葉を生み出す部署。コピー部が発足したのはいまから3年前。そこに発足当時から加わったのがコピーライター長谷川哲士(はせがわてつじ)さんだった。
フォロワーが13万人を越えるTwitterアカウント「コピーライッター @copy_writter」の中の人であり、「元カレが、サンタクロース。」というブランド品買取ショップのコピーではTCC新人賞を受賞。その他シャープのしゃべるスマホ「エモパー」の商品開発に関わる人物だ。
(ちなみにカヤック社内では、思いつくままにダジャレやボケをつぶやきながら仕事しており、「ろ過装置のない壊れた蛇口」と言われているとのこと…)
そんな彼は6月、なんと在職中にも関わらず退職を公に宣言。12月末に退職を控える長谷川さんに、コピーライターになったきっかけ。コピーライターにとどまらない仕事のやりかた。そして退職宣言を出した理由を伺いました。
言葉で人を変えられなかった経験
― まずは、長谷川さんがカヤックに入るまでの道のりを聞いてみたいと思います。そもそも、言葉を仕事にしようと思ったきっかけはなんですか?
ぼくには、言葉で人を変えられなかった経験があるんです。
18歳のとき、ぼくの母がタバコを吸っていることに気づいたんですね。ぼくはものすごい汗をかきながら一生懸命タバコをやめるよう説得しました。「お母さん、健康に悪いからタバコをやめてよ。もしお母さんが死んだら、ぼくは葬式で今日のことを思い出すよ。もしあのときタバコをやめていれば、今日の葬式はなかったかもしれないって。ぼくにそう思わせたくなかったら、いますぐタバコをやめてよ」って。
でも母は、その場でタバコを吸わないことを約束してはくれなかったんですね。ぼくは言葉の限界を感じました。この経験が、いま自分が言葉を仕事にしている原点になっているような気がします。
― それでも言葉の力を諦めなかったのはなぜでしょうか?
その悔しさが心の底にあって、忘れられなかったんだと思います。ただ、ちゃんと言葉の力を信じられるようになったのは、コピーライターになってからかもしれません。
とくに就職活動はしなかったのですが、広告業界にはなんでもできちゃうイメージがあって…なかでも、コピーライターっていちばん簡単になれそうだし、横文字でかっこいいなと(笑)はじめはそのくらい軽い気持ちでした。
もしもコピーライターが「言葉文案家」とかいう名前だったら、ぼくはコピーライターにはなっていなかった。 コピーライターという言葉自体が、世のコピーライターをぶっ刺しているネーミングなんですよね、きっと。
打ち合わせの発言もぜんぶコピー
― そこからカヤックで働くことになったきっかけは?
大学卒業後、リクルートに入社して、リーマンショックで部署が潰れたので、フリーランスになりました。とある果物の名前の企業と固定契約を結んでいたので、定期的な仕事があり安定していたのですが、ある日「今週で終わり」と言われちゃいました。そんなとき、ぐうぜん雑誌でカヤックの「コピー部、発足」の求人広告を見つけたんです。
コピー部が発足した当時の募集記事。
そもそもコピー部が生まれたきっかけは、カヤックがつくるゲームやアプリなどの自社サービスに、より力を入れていくためだったそうなんです。カードの絵を描くデザイナーは他社がどんどん採用していたので、ゲームの言葉で差別化をはかるためにコピーライターを募集しよう、と。身内ながら目のつけどころが面白いですよね。
意気揚々と自社サービスを開発・運用している「ゲームチーム」に配属されたんですが、最初の1年は言われたことをやっていただけで、ぜんぜん活躍できませんでした。きっと、いまの10分の1も仕事をしていなかったと思います。ですが、2年目から「クライアントワークチーム」の仕事もするようになり、社外の人と接する機会が多くなり、自分のキャラや見せ方を意識するようになりました。そうすると、社内でも徐々に存在感が出てきて、ゲームチームやコーポレートチームからも、信頼して仕事を頼まれるようになりました。
― コピーを書く時に気をつけていることはありますか?
1分で説明できるようなものしか書かないことかな。あたり前といえば、あたり前のことなのですが、お客さんにうまく説明できないようなコピーは書かないようにしてます。
あとは「打ち合わせのムードメーカー」になること。ぼくは打ち合わせの発言もぜんぶコピーだと思って臨んでいて、発言の量も多いです。
言葉は伝わらないと意味がない。分かる人にだけ分かればいい、という世界もあると思うけど、ぼくはコピーライターなので、それではつまらないんです。興味のない人にいかに興味を持たせることができるか。それが気持ちよいところ。だからぼくの喜びは、ひとりでは永遠に完結しないんですよ。
だから、仕事でいちばん楽しい瞬間は、自分の考えた言葉がTwitterでつぶやかれているのを見たとき。顔見知りの友達ではなく、自分となんの接点もなかった人が反応してくれていると、届いているな、と実感できます。
TCC新人賞を受賞したコピーも、打ち合わせの最中に生まれたもの。
在職中なのに退職&独立宣言!
― 長谷川さんはコピーライターでありながら、商品企画などにも携わりどんどん職域を広げている印象です。
わかりやすくいえば、水を売るためのコピーを考えていたのに、水の開発から関われるようになった、ということですかね(笑)。
こういう仕事ができるのは、カヤックが自社サービスをつくっているから。商品をゼロから生み出す根幹から知っている。ほかの制作会社や広告代理店では、なかなか味わえない仕事だと思います。
シャープのスマートフォン・AQUOSに搭載されている「エモパー」という、スマホがしゃべる機能のキャラクター設定やセリフを考えるという依頼は、プロダクトの開発から関われた仕事。
いちばん嬉しかったのは、スマホ本体を落とすと「痛っ!」としゃべるのはどうですか?と提案して通ったことですね。あれこそ、自分の痕跡が残せた瞬間だったなと思います。
― 仕事の領域も広がってきたなか、6月には「カヤック退職宣言」をブログで発表しました。退職してからブログを書く方は多いですが、在職中の宣言にはすごく衝撃を受けました。
「◯◯を退職しました」という退職ブログって、ぼくがいままで見たものはすべて過去形で語られたものだったので、未来形の退職ブログがあったら面白いんじゃないかと思って書きました。自分の宣伝にもなりますし、カヤックが自由な会社だという雰囲気も伝わるんじゃないかなと。
独立して、話し相手がいなくなるのは不安です(笑)。いまは周りに話し相手がたくさんいて、しゃべることがストレス解消になっているんですが、独立したら今度はお客さんがぼくの話し相手になってくれるんでしょうかね…。
カヤックが合同説明会をしたとき、ぼくは「面白法人カヤックの、いちばん面白いコンテンツは、仲間です。」というコピーを書いたんですね。本当にカヤックの仲間はおもしろい。最高の福利厚生でした。
ぼくが立ち上げる会社のサイトをつくってくれたのは、カヤックのエンジニアとデザイナーでしたし…独立の準備がカヤックだったといってもいいかもしれません。
カヤック社内のエンジニア、デザイナーの協力のもと制作された「株式会社コピーライター」のHP
「自分がない人」
― コピーライターといわずとも、情報発信に携わる人たちにとって大切なことはなんだと思いますか?
Twitterのフォロワーが1,000人以上いるかどうか、ここは大事なポイントだと思っています。そういう人は話題にしてやろうとか、RTしてほしいとか、ちゃんと考えている人だと思っていて。
あとはいい意味で“自分がない人”。5分後に自分がそれまで生きてきた人生を変えられる人がいいと思います。ぼくも「自分」ってないんですよ。だから、飲みの席とかで自分の話をするのが苦手なんです。自分の考えとかこだわりって、コピーを考えるときのジャマになる。ある意味、みんなに振り向いてもらえる「言葉」が、ぼく自身なのかもしれません。
― コピーは自己表現じゃない、と。その中でもあえて伺うのですが、コピーを通じて長谷川さんご自身が実現したいことなどはあるのでしょうか。
…ぼくは、自分のつくるコピーをすべて「自殺防止」につなげたいと思っています。なぜそう思ったかというと、東京都医師会のコピーのお手伝いをしたときに、日本の自殺率について調べたんです。4年前に、東日本大震災がありましたよね。
てっきり大震災の後って自殺は減ったと思っていたんですよ。命は尊いものだと思う人が増えたんじゃないかなと想像して。でも、2011年の3月、4月、5月と自殺者は増えていました(※参考)。
統計なので地域や期間や年齢の絞り方によって変わってきますが…、命を救っているお医者さんの立場からしたら、自分で命を投げ出してしまう人が増えているというのはとても悲しいことだと思うんです。その仕事以来、どこかでそのことを意識するようになりました。
死にたいと思った人が、ぼくのコピーを見て「くだらねぇ」とか、何でもいいんですけど、もうちょっと生きてみようかな、と心のどこかで思ってくれてたら嬉しいですね。
― 何のために働くか、仕事をするか、コピーライターだけではなく、いろいろな職種に共通する大切なコトが伺えたと感じました。本日はありがとうござました。
取材:笠原名々子
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