病気は、いろいろな形で災いを引き起こすが、共通していることが一つある。それは、私たちの弱点を見つけ出し、食い物にすることだ。
西アフリカでエボラ出血熱が発生したとき、世界は初期対応に失敗した。その結果、私たちがあらゆる面でいかにもろい存在かをさらけ出した。エボラ出血熱の流行した原因は、貧しい国々で医療制度が整っていなかった、先進国のリーダーシップや調整能力に欠けていたというだけではなく、私たちの価値観が間違っていた、ということだ。
もし世界中の政府が、「極度の貧困や病気と闘う」という約束を守っていれば、今回最も大きな被害を受けた3つの国は、もっと強固で国家規模の免疫体制をもっていたことだろう。
私たちが選んだ政治家は、私たちを代表して重大な約束を行う。それを履行しなければ重大な裏切りになる。私は長い間、絶望を数多く味わってきた。しかし、リベリアの首都モンロビアにある診療所のコンクリートの床で、ひとりぼっちの女の子が、訓練をそれほど受けていない医療スタッフも怖がって抱きしめたり慰めたりできないうちに、自らの排泄物にまみれて死んでゆく様子を写した画像は、私の脳裏に永遠に焼き付いている。
私は11月上旬に、この原稿を書き始め、ニューヨークのある病院で書き終えようとしている。私はバイク事故で大けがをして、手術を受けたばかりだ。医療サービスの質は非常に高い...骨はぐちゃぐちゃになったが、命を脅かすようなものではない。今まで書いてきたイメージとはまったく対照的だし、気分が悪くなるものだ。
エボラ出血熱は、約束が破られたときに発生する災禍だ。1万4000人以上が病気にかかり、5000人以上が死んだ。一部地域ではその数が下がり始めているが、私たちは幻想を抱くべきではない。エボラ熱は長期間にわたってはびこる殺し屋だ。エボラ熱から目を離したり、エボラ熱に関心を持たなくなれば、私たちは罰を受けるだろう。
アメリカのサマンサ・パワー国連大使が述べたように、エボラ熱は場所を移し、形を変えて襲ってくる。世界もそれに合わせて対応しなければならない。この場合の「世界」とは、政府だけを指すのではない。政府に説明義務を負わせる責任があるすべての人間、すなわち市民、すなわち「あなた」と「私」も指している。
貧困撲滅を目指すキャンペーン「ONE」に携わる熱心な政策提言者たちが、インタラクティブな「エボラ・レスポンス・トラッカー」を発表した。それは、エボラウィルスが拡大したときに世界の国々や企業が行った良いことと悪いこと、そして卑劣な行いがビジュアル化されている。ここでは、守られた約束、または守られなかった約束がひと目で分かる。
このトラッカーは、単なるツールではない。武器になる。とても鋭利な武器になる。そしてこの武器は政府に対して使うものだ。しかし正直言って、「エボラ・レスポンス・トラッカー」のようなものを広めるのは容易ではない。マット・デイモンに広めてもらったほうがよっぽど簡単だ。だから、「ONE」は、マット・デイモンやベン・アフレック、エリー・ゴールディング、アンジェリーク・キジョー、そして最重要人物のリベリアでエボラ熱と闘う医療従事者らが出演する短編映画を制作した。この医療従事者たちは、この戦いのヒーローだ。この映画は、エボラ熱への遅い初期対応に対して静かな怒りをみなぎらせ、この病魔の根本的な原因を解決するよう要求している。
私たちがエボラ熱に視線を向ける機会はこれだけある。自分を守る方法を教える優れたプロジェクト「アフリカ・ストップ・エボラ」、再び集結した「バンド・エイド30」、または噂されている「アフリカン・ウィ・アー・ザ・ワールド」――。こうしたプロジェクトを通じて、あるいはそうでなくても、私たちは短期的にではなく、長期的に考えなければならない。この危機を終焉させるだけでなく、次の危機を阻止しなければならない。
もちろん、エボラ熱対策に資金を出すことで、ほかの病気との闘いが犠牲になるのであれば問題だ。子供たちに予防接種をするGAVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界同盟) が来年のワクチン補給のために開く会議は非常に重要なものになる。会議の成否は、世界がこうした問題の解決で合意できるかどうかにかかっている。問題解決に向けて多くのことが進行中であり、経済的な優先事項に応じて決定されれる。細かい話や戦略、議論はさておき、このような形で重点的に投資をすれば、大きな転機を作り出せる。
私たちは、エボラ熱の危機の根本的な原因を探らなくてはならない。その原因とは、極度の貧困であり、基本的な医療や医療制度への投資不足だ。テレビに映し出される痛ましいイメージや、そこから見える現実の通り、こうした危機も同じく緊急を要するものだ。
その答えは何か。もちろんバンドエイドの歌や公共広告 (PSA) は手助けになるだろうが、それだけではない。医師や看護師がもっと西アフリカに行くことも不可欠だが、やはりそれだけではない。また、私たちは政府に対し、もっと対策に本腰を入れるように念を押さなければならないが、それだけでもない。答えは、構造的な問題、貧困という大問題、汚職、不正に取り組むリーダーシップだ。こうした問題はしつこくつきまとうものだが、私たちの努力が勝っている。極度の貧困は1990年から半減し、2030年までには「ゼロの領域」にまで近づけられそうだ。もし世界が本当に目的意識を持って動くなら、現在最も貧しい場所であっても、エボラ熱や死をもたらす他のウィルスを撲滅させるだけでなく、多くの可能性、良い統治、経済成長、そしてより輝かしい未来を手にすることができる。
2014年12月、国連から世界に向けてに対し、新しい「ミレニアム開発目標」(MDGs)の最新版が発表される。これまでの開発目標は、私たちにとって、過去15年間に極度の貧困との闘いがとれほど進捗したかを測る指標となった。次の15年間の目標は、2015年に合意される。各国首脳が集まる2015年のサミットは、歴史的なものとなる。ここで数値目標と最低基準が定められるが、これらの目標から伝えるべきことは、私たちの世代の価値観であり、次世代への希望だ。
世界のリーダーたちが発する派手な宣伝を目にし、言葉巧みな発言をを耳にするだろう。彼らは自分たちが歴史を作っている(むしろ楽しんでいる)と思っている。そんな彼らに愛想をつかしてはならない。その代わりに、こんなことを思い浮かべてみよう。私たちがこれまで西アフリカで目にしてきた光景が広がる世界はショッキングだ。なぜなら、そうした光景をほとんど見たことがないからだ。いっそのこと、そんな光景がまったく存在しない世界を思い浮かべてみるといい。
エボラ熱から私たちが学べるとしたら、私たちの価値観には刺激が必要だということだ。問題の元凶は、ウィルスでも細菌でもない。綿密に練られている優れた政策が資金不足に陥ったり、最後までやり通せなかったりすることだ。
このブログはハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。