彼はコミュ障?それともストーカー?男性の心が読めなくなった【これでいいの20代?】

この人ストーカーじゃないかと思い始めた。

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

◇◇◇

四六時中、男性社会で戦う女性は若干不安症になって頭がおかしくなる。これはそういう話を書いた。

私の出身大学は定期的に東京で卒業生向け懇親会を始めた。普段はみんなで丸の内近辺のバーで集まった。飛び込み参加も途中参加も大歓迎な気軽な会だった。

2時間だけ参加した2回目の懇親会は、8割はずっとオタクっぽい人と一緒に話してた。彼は直樹さんという、私より5、6個上のエンジニアで他の参加者たちにあまり相手にされていなかった。悪い人じゃなかったけど、若干人付き合いが苦手なタイプに見えた。これから二度と会わないだろうと思ったから適当に会話に付き合うことにした。

帰りの電車の中で携帯を見たら直樹さんからフェイスブックで友達申請が届いてた。それは別に変じゃないけど、よく見たら彼が申請と一緒にメッセも送ってきてた。

だっさ!。

自分の申請が承認された後にメッセを送るのがマナーでしょ?SNS上では勇み足を踏むのは禁物。

そう思ったけど返事をするのもマナーだから適当に「申請ありがとうございます。お会いできて嬉しかったです。これからも宜しくお願いします」ってレスしておいた。

携帯で聞いていたフィッシュマンズの音量を大きくして携帯をポケットに突っ込んでドア上の電光掲示板を見上げた。

「次は新宿、新宿です。」

翌日の昼過ぎ頃にまた直樹からメッセがきた。

「こんにちは!大学の先輩が来月また懇親会を計画しているけど、綾さんは来ないですか?」

学校のイベントだからまあいっか...

「お誘いありがとうございます。ぜひ参加したいです。」

翌日にまた直樹からメールがあった。イベントの詳細送ってきたのかなと思ったら違っていた。

「今日は疲れました!綾さんの仕事はどうでした?」

こういう用がないのにただ話したいだけのメールは大体あれだよ。「あなたに興味がある」。

相手が一線を越えてくると返事をしないようにしている。それが普通だ。

他の人が相手にしてなかったから仕方なく2時間話してくれた女性をそんな早く好きになる?どんだけ友達がいないのか、と思った。

話はそれで終わると思ったけど、終わらなかった。

返事をしなくても直樹が毎日私にメールし続けた。内容は尋常なくKY。今日は仕事大変だったとか、今日はお台場に行ったとか。自分の話ばかり。一回しか会ったことない人に普段送らない内容。

これが続けば続くほどこっちは気持ち悪くなった。この人ストーカーじゃないかと思い始めた。

返事をして「メールをやめて下さい」とすぱっと注意しようかと一瞬思ったけどやめた。ストーカーは良くも悪くもリアクションだけを求めてる。火に油を注ぐのを避けたかった。

直樹のメッセが止まらなかった。6週間も。気持ち悪いという気分がどんどん膨らんで不安になり最後は恐怖になった。

だから人生で始めての対策を取った。直樹をフェイスブック友達から削除した。

20分後にフェイスブックの友達以外からのメッセージボックスに直樹からメールが届いた。

「綾さんが友達になってませんが、何かありました?大丈夫ですか?アカウントがハックされました?」

げ。

自分がわざと削除されたのが分からないのは病気に違いない。

メッセを削除して忘れようとした。

それから3週間後に海外で働いてる大学の先輩のひとみが東京に戻って一緒に食事をすることになった。ひとみは私より一個上だったけど同じサークルに入ってたのでとても仲良かった。彼女は大学の後一年だけ東京に住んでそして海外に転職した。もう一人、大学時代の男友達が東京に出張で来てたから六本木の中華料理屋さんを予約した。

飲み会当日ひとみからメッセがきた。

「空港に着いたよ!日本の匂いがするww レストランの予約ありがとうね。もう一人大学の先輩連れてきてもいい?」

「いいよ!7時半に待ってまーす!」

お客さんとの打ち合わせが少し早めに終わったから飲み会まで六本木ヒルズでちょっと時間を潰して20分も早くお店に向かった。

ゆっくり一人でビールを飲んで彼氏にLINEしていたら、目の端から人がテーブルに近づいているのに気づいた。

見上げたら直樹だった。

放心状態になった。

「綾さん!こんばんは!ひとみまだ着いてないですか?」

返事せずに座って携帯を見た。

この人がひとみの友達?彼が私が来るのを知って来たのか?

喉がこわばった。

ウェイターが直樹におしぼりを渡した。

「この間フェイスブックで友達じゃなくなってたけど、何かありました?フェイスブックまだ使ってますか?イベントに誘ったけどそのあと綾さんから一言も来てなかったから心配してましたけど...」

私が爆発した。

「あなたバカなの?私があなたを削除したからよ!毎日毎日あんな気持ち悪いメッセージ送られたから!一回しか会ってないのに毎日毎日メールするのって気持ち悪いと思わないんですか?今日あなたが何でここにきてるか分からないけど気持ち悪い。帰ってくれない?帰ってよ!」

直樹が驚いて立った。

「は、はい。帰ります」

私が椅子に泣き崩れた。顔をおしぼりに隠してしくしく泣いた。

直樹が怖かったことよりあんな人に怒鳴る自分が怖かった。 いつから私、そんな人になったの?

10分後にひとみが着いた。

おしぼりで涙を拭いてる私を見て彼女が私の席に駆けつけた。

「どうしたの?」

直樹のことを全部話した。

ひとみがとなりに座って私の肩に手を置いた。

「大丈夫。直樹さんは私にもメールたくさんしてるよ!数回大学のイベントでしか会ってないのに。彼はアスペルガー障害だからあまりコミュニケーションが上手じゃないと先輩から聞いた。だから悪意はないと思うよ。軽く流せばいい。本当にごめんね。知らなかった。」

「だけど、彼はなんで今日来たの?」

「今日東京に着いてすぐにフェイスブックで「東京に着いたよ!遊びたい人いる?」と書き込んだらすぐに彼から「今日空いてる」ってメールが来た。今日の飲み会はみんな同じ大学出身だから誘ってもいいと思った。綾とのこと知らなかった。本当にごめんね。」

その瞬間にもう一人の参加者が現れた。

「友治!こんばんは!」とひとみが何もなかったのように明るく挨拶した。

私も何もなかったのように飲み始めた。

ほんとはもう帰りたかったのに。

食事が終わったらひとみが女性だけでもう一杯飲みに行こうとしつこく誘ったから一緒に近くのバーに行った。二人でハイボールを頼んだ。

「直樹さんのことは本当にごめんね。彼はコミュ障だからちょっと変だね。」

ひとみは彼を誘ったせいで私が泣いたことをすごく申し訳なく思って、自分が悪かった、綾のせいじゃない、大したことじゃないから、って言おうとしていた。だけど私にしてみると、障害のある人をストーカーかと疑った自分が悪いとしか思えなかった。会話を恋愛の話に変えた。

彼はアスペルガー障害なのかもしれない。コミュ障なのかもしれない。だけど、私は広大なネットの海を超えてくるSNSからそれを知るすべがない。私が知っているのはいっぱいメールをしてくる男は大体危険。自分を守るためにそういう気持ち悪いやつに返事しない。実際それまでいろんなことがあったから。

だけど、だからって、今日のこと、自分のしたこと許せる?仕方なかったって軽く流す心になれる?自分で自分の心になんどもきいた。

携帯でテーム・インパラの音量を大きくして電車の電光掲示板を見上げた。

「次は新宿、新宿です。乗り換えのご案内です。都営大江戸線、JR線、京王線、小田急線、西武新宿線はお乗り換え下さい。」