ニュース・テックの時代が来る ネットメディア20年と今後

阪神大震災が起き、野茂英雄投手が米大リーグに渡った1995年。ニュースのオンライン化が本格的に進んだ。

竹下隆一郎 1979年生まれ。朝日新聞メディアラボ・2014年-2015年スタンフォード大学客員研究員

Email: takeshita-r@asahi.com

Twitter ID:@ryuichirot

■1995年に始まった

阪神大震災が起き、野茂英雄投手が米大リーグに渡った1995年。ニュースのオンライン化が本格的に進んだ。読売新聞社が「ヨミウリ・オンライン」、朝日新聞社が「アサヒ・コム」をそれぞれ開設し、ウィンドウズ95が発売されて、ネットが社会の中で身近になった。

元NHK会長の故・島桂次氏が、時事問題などを発信する「島メディアネットワーク(SMN)」を前年に立ち上げ、「新聞や放送じゃ分からない日本、つまり霧のかかった日本、分かりにくい日本の霧を晴らす情報にウエートを置いて発信」(1995年1月3日付朝日新聞の島氏インタビュー)することに挑戦していた。

20年後の今。パソコンやスマホでニュースを読むことは当たり前になったが、テクノロジーを使ってこそ出来る報道、ニュースとデジタルの融合というのは、まだまだ始まったばかりなのではないか。先日(2015年8月11日)、ニュースアプリのSmartNewsが主催するイベント「SmartNews Tech Night」に参加して、そんなことを思った。

■「アナログだった現場」

イベントでは、まず朝日新聞デジタル編集部の奥山晶二郎記者がスピーチをした。奥山記者は「これまで新聞社は、ハード面において技術革新に対応してきたが、現場は割とアナログだった」と振り返った。

日本の新聞社は、この20年間、新聞紙面に載った記事をネットに次々と載せ、あるいはデジタル用の記事を量産してきた。携帯電話が登場すれば、1列8文字の小さな画面に文字を押し込み、動画対応の携帯電話が出てくれば、記者が慣れないビデオカメラを手に取った。血のにじむような努力を重ねてきたものの、(1)人間が人間に話を聞く(2)その内容を人間が文字や動画にまとめる(3)人間が情報を取捨選択して配信する、という新聞社の昔ながらのワークフローからは大きく外れることは少なかった。

奥山記者は、2012年に「ビリオメディア」というプロジェクトを開始。国政選挙で400万件以上のツイートを集め、それぞれが「自由民主党」や「原発」や「経済政策」について、どのようなつぶやきを発しているのかを分析した。

2013年には東北大学の乾・岡崎研究室と共同で、東日本大震災に関するツイートを集めて発生直後のつぶやきと比べた。2011年には「震災」という言葉が「阪神」という単語とともにつぶやかれることが多かったが、2013年には「復興」や「黙禱」という言葉と一緒につぶやかれ、さらに仮説住宅や風評被害への悩みもつぶやかれていたという。

■インスタグラムを使った世論観測?

私も奥山記者とプロジェクトを立ち上げたメンバーの一人だが、当時、奥山記者や杉本崇記者、守真弓記者らと話していたのは「無意識を可視化できないか」という問いだ。記者のインタビューや電話による世論調査だと、多くの人は「よそ行き」の回答をしてしまう。

人間ではなく、まるでスマホやパソコン(あるいは見知らぬ誰か)と会話をするようにつぶやくツイッターを見れば、「もう一つの本音」(霧がかかった日本の裏側)が見られると思った。おそらく今後は、より直感的な気持ちを表現する「インスタグラム」などネット上の画像を通して日本人の空気感を分析できるのではないか、とイベントに参加した東北大の乾健太郎教授が話していたのが印象的だ。

国の「智徳」を計測しようとした福沢諭吉ではないが、メディアは、世論調査、選挙、デモ、株価、若者文化の移り変わり、検索される言葉の流行などを通して何とか世論をつかもうとしてきた。テクノロジーによって、より社会の気風が可視化されるかもしれない。

続いて話をしたNHKの小早川健さんは、視聴者のツイートが、どの番組についてつぶやいているかを当てる技術について説明。視聴率だけでは計れない生の感想が分かり、番組づくりに役立てているという。さらに、SoLTと呼ばれるチームが、24時間365日体制で事件事故につながりそうなツイートをいち早く探し出し、取材の初動に生かしているそうだ。こちらもテクノロジーを使わないと入りにくい情報を、うまく報道につなげている。「データなび」というビッグデータをテーマにした番組も好評だ。

■「上から目線」のオススメ記事は嫌だ

SmartNewsのエンジニア、高橋力矢さんの話が最も刺激的だった。高橋さんは、ネットの登場によって読者が自分の関心ある情報ばかりに囲まれる「フィルターバブル」の問題について話し始めた。私もそうだが、ニュースの入手をフェイスブックに頼り始めると、自分と問題関心が似た友人が選んだ記事ばかりが目につくようになり、興味範囲が狭まっていく体験は誰にもあるのではないか。

たとえば、金融機関で働いている30代会社員がビジネスニュースを消費するのは日常的な行為だろうし、電車を待っているときなど、読むことのハードルが低い記事を選びがちだ。しかし、高橋さんは「価値ある情報は馴染みのない情報や気に入らないコンテンツに含まれているのではないか」と問いかけた。一見仕事とは関係がない哲学や美術のニュースに触れることで、将来のビジネスや自身の生き方の改善につながる可能性があるからだ。

しかし、たとえばメディアやニュースアプリが上から目線で、「あなたが、今興味がなくても、長期的に見れば、美術の情報が役立つはずだから、この記事を読みなさい」と言われたら気分が悪くなる。

高橋さんはそうしたことを「長期的推薦は家父長的になる」と表現した。偉そうな頑固オヤジが、個人の意思とは関係なく、無理やりニュースを勧めるイメージだ。

高橋さんは、近視眼的でもなく、家父長的にもならない「第三の道」があることを熱っぽく話してくれた。SmartNewsをはじめ、新しいニュースサービスでは、人間ではなく「機械」がニュースの話題性やオリジナル性などを分析し、読者のスマホに届けてくれている。アルゴリズムの力で、読者の関心に、ストレスなき「驚き」と「成長」を与えるニュースを配信するアプリが生まれるのか。そしてそれは人間が選ぶニュースにはない体験が生まれるのかは今後の大きなテーマだと思う。

あまりにも遠い未来を考えて、まったく興味のない記事を熟読するのは、超ストイックな人間でない限りしんどい。かといって、私たちはそこまで「ネタ」だけを求めているわけでも、刹那的、短絡的に生きているわけでもない。人間の性格の「うまい案配」の記事を追求できるかが勝負だとおもう。

■「ニュース・テック」と今後の20年

SmartNewsはこのイベントで、広告に新技術を使う「アドテック」や金融とテクノロジーを組み合わせた「フィンテック」に引っかけて、「Newstech(ニュース・テック)」という概念を強調した。また、東北大の乾教授は「クックパッドのレシピのように、学者が最先端の研究を分かりやすく提示することが大事だ。報道に役立ててもらえる研究はたくさんある。具体的な課題を持ってきてもらえれば一緒に議論ができる」と話した。

今後はロボットが記事を自動的に書いたり、機械がPVとは違った指標で「良い記事」を判定したり、普通の人がコンピューターの力を借りてプロ並みの記事を書いたり、あるいは自然言語処理の技術を生かして品位が保たれるネット上の議論ができたりする時代が来るだろう。

1995年からの20年の歩みは、単に新聞記事をネット上に「貼り付けていた」だけ、あるいはネットの動きを「のぞいていた」だけなのかもしれない。テクノロジーがあるからこそ実現できる「真のデジタル報道」が来るのではないかと思っている。

注目記事