午前7時にスタートという時点で、集まってくる人たちは本気です。昨年12月12日。まだ暗い中、東京・新宿の高層ビルの一室をのぞくと、大企業の社員や投資家ら250人が、顔を紅潮させながら「モーニングピッチ グランドフィナーレ2013」というイベントに出ていました。
師走の朝の異様な熱気。彼らの前に立つのは、まだ知られていないベンチャー11社の経営者たち。1人5分間のプレゼンをおこなって事業のユニークさや将来性をもとに「2014年を代表するベンチャー」の座を競うのです。LINEの森川亮社長や経済産業省の石井芳明新規事業調整官ら審査員から、「どうしてサービスをつくったのか」「どうマネタイズしていくつもりなの?」といった質問が飛び、来場者はメモや写真を撮りまくります。
審査の結果、1位に選ばれたのは「ラクスル」。全国の印刷業者をネットワーク化し、ネット上での印刷物の発注を安くする会社です。
2位は「八面六臂」でした。iPadアプリなどITや物流を駆使し、海産物を市場から寿司屋、割烹、居酒屋などに簡単に納める仕組みを作りました。
3位には、iPhone、Androidのアプリを簡単に作成できるサービス「Yappli」を開発した「ファストメディア」と、中古マンション探し・リノベーションを、独自のローンで安くおこなう「リノベる」が同時に入賞しました。
プレゼンのあとは企業の担当者が次々とベンチャー11社に接触し、あちらこちらで商談が始まりました。
「モーニングピッチ」 は2013年1月17日、10人の「会合」からスタートしたのが始まりです。一般的な会社の始業まえの朝7時にやるのは、「上司に言われたから」とか「お付き合い」でくるのではなく、本気でベンチャーと提携・連携したい人を呼ぶためだそうです。ベンチャーが成長して、上場する企業がふえれば、主催する野村証券やトーマツ側にも監査業務や金融支援などのビジネスチャンスが生まれるという狙いもあります。「将来大化けするベンチャーが見つかる」「マスコミの記事や調査会社の報告書に載る前のできたてホヤホヤのサービスや企業が見つかる」と口コミで広まり、今では毎回ベンチャーが4、5社プレゼンし、参加者が80人。大阪、福岡、静岡など地方でも毎月1回のペースで開いているそうです。2013年の参加企業は計200社、参加者は計2500人にのぼりました。
朝っぱらから、このような会合があることを知っているのと、知らないのでは大違い。大企業の社員は、ベンチャー企業だけではなく、おなじ大企業の新規事業の担当者とも知り合えるというメリットがあります。
オフィス家具・文具製造販売の「プラス」(東京)で新規事業を担当する幹部の伊藤羊一さんは2013年4月から約25回も参加してきました。「ここに来るようになってから、事業のネタに困らなくなった」と話します。同社は落とし物情報を検索できる「落し物ドットコム」との販売提携など複数のベンチャー企業と提携の検討をすでに始めています。
企業の経費節減や事業所の統廃合にくわえ、今後は国内の働き手の人口減少で、オフィス用品市場は厳しい環境にあります。プラスは全国の販売網や、切れ味を高めたハサミや世界トップクラスのシェアを持つ修正テープなどの独自商品を生かした新しい事業、経営を支える画期的なビジネスを模索しているそうです。伊藤さんはモーニングピッチに社員を連れてくることで、「新しい取り組みをスタートアップと組んでガンガンやろう、というムードが高まった」と話します。同社の代表取締役もモーニングピッチに参加して、ベンチャー企業のヒリヒリとした熱気を肌で体感したそうです。
1990年代からのバブル崩壊、その途中のITバブルの消滅や2008年のリーマンショックを経て、日本の大企業は財務体質の改善やリストラなど「守りの経営」に追われてきました。アベノミクスで株価は上昇しましたが、若者の働く場が増えて地方の消費がぐんぐん上がるような景気回復はまだまだ遠い。
大企業による新しい事業が不可欠ですが、2013年12月の「月刊 事業構想」では社内ベンチャーの難しさとして、(1)エースをアサインしない問題=エース級の人材を社内ベンチャーに置く必要があるが、現場が手放さない(2)尖ったものを通せない問題=役員たちが合議で判断すると無難なアイデアしか通らず、必然的に競争上混み合ったところに出て利益がでない、などの問題を挙げています。
ならば、エース級の人材やとんがったアイデアを持つベンチャー企業と組むことで、大企業の停滞感を打破しようというムードが高まっているのかもしれません。もちろんベンチャーの世界は甘くはありません。中小企業白書のまとめによると、1980年から2009年にできた会社のうち、創設から10年後には約3割、20年後には約5割の企業が撤退しているといいます。しかし、大企業とベンチャー企業、両者が組むことでお互いの強みを生かし、ともに生き残っていけるのではないでしょうか。
朝日新聞は1879年(明治!12年)創業の古い会社です。ニュースを取材して報じる事業を支えようと、あるいは会社が成長できる新規事業を始めるため、昨年9月にメディアラボが本格スタート。ぜひベンチャー企業の力を借りたいと思っています。
微力ながら、今回はベンチャー企業の情報発信に少しでも協力するべく動画を作成してみましたが、今後もモーニングピッチに参加して、新しい技術やアイデアを持った方々と一緒に事業を始めたいと思います。2014年の「モーニングピッチ」の1回目は1月16日。もちろん早朝です。
「モーニングピッチ グランドフィナーレ2013」登壇の11社・サービスは次の通り。
・「BASE」
ネットショップを簡単に、無料で開設できるサービス。
・「Yappli」(ファストメディア)
簡単にiPhone、Androidのアプリを作成できるサービス。
・「ココナラ」(ウェルセルフ)
物ではなく、個人の得意なことや技術をネット上で売り買いできるサービス。
・「クラウドワークス」
個人と企業が仕事を気軽に受発注できる日本最大級のクラウドソーシングサービス。
・「Creww」
起業家やスタートアップしたい人を支援するコミュニティサービス。
・「PlugAir」(Beatrobo)
専用デバイスをイヤホンジャックに挿すと、動画や音楽などを再生・共有できるサービス。
・「八面六臂」
iPadアプリなどITや物流を駆使し、海産物を市場から寿司屋、割烹、居酒屋などに納品。
・「ラクスル」
全国の印刷業者をネットワークし、ネット上での印刷物の発注を安価に実現。
・「リノベる」
中古マンション探し・リノベーションを、独自のローンで安価に実現。
・「SlideStory」(ナナメウエ)
写真を使って簡単に、オシャレな32秒の動画を作れるアプリ。
・「リボルバー」
ブランドや有名人などが、SNSやファンサイトを安価に作成・運営できるサービス。
林亜季
1985年、福井県出身。福井県立藤島高校、東京大学法学部卒業、同大学院情報学環教育部(旧東大新聞研究所)修了。
2009年朝日新聞社入社。記者として香川県の高松総局、兵庫県の宝塚支局長を経て13年9月から朝日新聞社メディアラボ。
文章・写真・動画を使った新しいニュースのあり方を模索中。
ラボのFacebookページも運営。https://www.facebook.com/AsahiMediaLab
竹下隆一郎(ツイッター:@ryuichirot Eメール:takeshita-r@asahi.com)
1979年生まれ。幼少期から米国東部コネチカット州やニューメキシコ州に滞在。成蹊高校、慶応義塾大学法学部卒業。2002年朝日新聞社入社。経済部記者としてユニクロなど流通企業取材、金融庁などの経済政策取材を担当。12年12月の衆議院選挙で、日本の大手メディアで初めて、ツイッターを使った選挙の世論観測を実施し、ウエブや紙で報じた。13年9月から朝日新聞メディアラボ。