瀬谷ルミ子さん=朝日新聞社撮影
■海賊が人気の職業
「ソマリアで人気がある男性は......国連職員か、海賊かな」
日本紛争予防センター(JCCP)の理事長の瀬谷ルミ子さんが、紛争地だったソマリアで武装解除のため働く女性と、何げない話をしていた時のことだ。
気さくに話せる人となりが、時に現地の情勢をとらえる貴重な情報を得ることにつながる。
大きな国際問題となっているソマリアの海賊問題。だが、「海賊を海の上でどれだけつかまえても、その職業へのあこがれが女性にまで浸透している状態では、もぐらたたき状態で希望者は増えるばかりだ」と瀬谷さんは著書「職業は武装解除」(朝日新聞出版)で語っている。
海賊や武装勢力に参加する若者たちには仕事がない。意識を変えて新たな雇用を生み出す場を作らなければならない、と瀬谷さんは考えた。
■一枚の新聞写真が紛争予防の道へ導く
高校3年生の時、何げなく新聞をめくっていた時、ある写真が目に飛び込んできた。アフリカのルワンダで発生した民族間の大量虐殺だ。
「その母親は、ひどく衰弱していた。傍らで泣き叫ぶ我が子を抱き寄せることもできない。もう長くはないだろう。
高校三年生の私は、お菓子を食べながら、死にゆく彼女を眺めていた。
この瞬間、私の中で、たくさんの『なぜ?』という思いがあふれ出てきた。お茶の間でお菓子を食べながら、紛争地の現場を眺める私という構図。死にゆく人々は、レンズの向こう側で、数十億の人々が眺めていることすら知らずに、息絶えていく。なぜ?」(「職業は武装解除」より)
瀬谷さんには、小学3年の頃、脳内出血で助かる見込みはないといわれながら、一命をとりとめた弟がいる。 弟と家族が乗り越えてきた困難な状況を考えると、「やらない言い訳をしない」ことをポリシーにしているという。いい訳をする時には、やらない理由を自ら作り出し、どんどん難しく見えてくるのだという。
予想しないトラブルが現地で次々に起こっても、「絶対解決してやる」という気持ちが瀬谷さんを支える。
A-portより
■ケニアの紛争跡地でアートセラピー
2008年、ケニアで大暴動が起きた。住民たちが殺し合いをしたスラムに入った。一番大きなスラムのキベラには、外国のNGO団体が入ったが、第2のスラムのマザレ地区は支援が届かないエアポケットになっていた。
「ケニアにはうつという言葉すらない、心の問題というのを知らない」。現地で心のケアのシステムを作ることにした。 現地には、人を殺しにかかる友達を止めようと思ったができなかったといって落ち込む青年たちもいた。「こういった志がある子供たちに平和の担い手の核になってもらおう」と決めた。
現地には無数の悩み事がある。
「民族間で対立した今回の紛争で友人を殴ってしまった。仲直りしたいが、自分から言い出せない。謝る場を設定してくれないか」
「家財道具をどさくさにまぎれて盗んだ。返したいのだが」
といった人がJCCPを頼ってくる。
外国から来た支援団体ではなく、現地の若者たちが活動することが事業継続のためには重要だ。瀬谷さんによると、JCCPが育てた若者は「地域の中であこがれられる存在になりつつある」という。
彼らは別のスラムなどにも働きかけ、住民の相談を受ける。また、セラピールームで子供たちを遊ばせて、傷ついた心を癒やすアートセラピーの技術を学んでもらった。
5歳になっても話せない子供がいた。母親にも理由は分からなかった。だが、あるときJCCPのセラピールームで、人形をおもちゃの銃で撃ち続けている遊びをしているのを現地のスタッフが気づいた。その後、子供は父親が目の前で殺されたのを見たことが、話せない遠因になっていることが分かり、1年ほどの間に少しずつ話せるようになってきた。
紛争地で使うこともある鉄板の入った重い防弾チョッキを手に持つ瀬谷さん(左)=朝日新聞社撮影
■日本だからこそできる支援も
「外国から来た支援団体の中には、現地の人から『自分たちをダシにして国連などから資金を引き出し、自分たちの組織を潤わせている』と思われるものもあります」と瀬谷さん。ただ、日本はアフリカの支援国として受け入れられやすいという。
日本はアフリカの国々を植民地とした歴史がないため、わだかまりがなく受け入れられやすいという。また、現地の人にとっては、第二次世界大戦後に奇跡の復活を遂げ、トヨタなど世界的な企業を生み出した日本として、あこがれられている面もあるという。
パリのテロ事件、トルコ軍によるロシア軍機撃墜、チュニジア首都での爆発事件。数え切れない衝突が世界で絶え間なく起きている。
元国連事務次長の明石康さんは、こういっていた。紛争の芽を摘み取ることは人に評価されない。なぜなら紛争が起きていない平和を作り出すことに人は無関心だから。だから紛争予防は難しい。
瀬谷さんは、紛争の後、武装解除をした上で、負の連鎖を起こさないよう地道な紛争予防に努めてきた。紛争や暴力で傷ついた子供たちの心を回復させるために絵筆や画材を届け、絵を思い思いに描いてもらうアートセラピーのための支援をA-portで集めている。そして今日も、黒い絵の具だけで描く子供たちが、色とりどりの絵の具で鮮やかな絵を描く未来へ向かって活動を続けている。
日本紛争予防センターの事務所で話す瀬谷さん=朝日新聞社撮影
A-portで支援を募っている