歴史を弄ぶ者は歴史によって復讐され、正直者はいつもバカを見る

NHKが新会長の就任会見での「個人的見解」や保守派の経営委員の一連の発言、さらには「現代のベートーベン」騒動で窮地に立たされています。

NHKが新会長の就任会見での「個人的見解」や保守派の経営委員の一連の発言、さらには「現代のベートーベン」騒動で窮地に立たされています。とりわけ、経営委員の長谷川三千子氏が天皇を現御神(あきつみかみ)として人間宣言を否定したことと、作家の百田尚樹氏が都知事選の応援演説で、原爆投下や東京大空襲は大虐殺であり、東京裁判はそれをごまかすためのものだったと述べたことが、「不偏不党」の原則に反すると批判されています。

NHKや民放など放送事業者の業務を規定した放送法では、「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」が定められています。しかしNHKには、それ以前に不偏不党でなければならない事情があります。

放送法では、テレビ受像機を持つ全世帯に受信料の支払義務がありますが、かねてから不払いによる不公平が指摘されてきました。NHKによる都道府県別調査(2012年度末)でも、9割以上の世帯が受信料を払っている地域もあれば、沖縄県(44.3%)、大阪府(58.0%)、東京都(61.6%)のように支払率が極端に低い地域もあります。全国平均は73.4%で3割が不払いなのですから、「正直者がバカを見る」といわれても仕方のない数字です。

NHKの経営を支える受信料制度は、「特定の勢力や団体に左右されない独立性を担保するため」に必要だと説明されますが、この理屈は危うい均衡の上に成立しています。不払いは経済的な理由がほとんどだとしても、この制度では思想信条においてNHKの立場を認めないひとにも受信料の支払義務を課すことになるからです。

これはNHKにとってパンドラの箱で、受信料制度を維持するにはぜったいに手を触れてはならないものでした。特定のイデオロギーを持つ党派に加担すれば、別の党派から偏向報道との攻撃を受け、制度の根幹が揺らいでしまうからです。

NHKは2001年、ETV「問われる戦時性暴力」で、左派の市民団体が主催した「女性国際戦犯法廷」を取り上げます。従軍慰安婦など旧日本軍の戦争犯罪の責任が昭和天皇にあるとして、活動家を中心とした検事団が弁護士抜きで天皇の犯罪を裁くという民衆法廷劇で、内容の当否は置くとしても、主催者が極端に偏った立場なのは明らかです。

案の定、放映前から右派の市民団体の強硬な抗議で社会問題化し、事態の深刻さに驚愕した経営幹部によって番組は大幅に編集されて放映されました。その後、朝日新聞が安倍晋三氏と故・中川昭一氏がNHK上層部に圧力をかけて番組が改変されたと報じ、NHKがそれを否定したことで泥沼の争いになっていきます。

今回の問題の根源は、NHKがこの事件の検証を怠り、「不偏不党」の原則をないがしろにしてきたことにあります。その結果、安倍政権に報復人事的な経営委員の任命をされ、こんどは「右に偏向している」との攻撃を浴びることになったのです。

NHKに社会的批判が集まると、受信料を払いたくないひとはそれを利用して不払いを続けることができます。歴史を弄ぶ者は歴史によって復讐され、正直者はいつもバカを見るのです。

週刊プレイボーイ』2014年2月24日発売号


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