基地の島・沖縄で起きていること

米軍基地問題で揺れる島・オキナワ。この小さな島に、今、新しい基地が造られようとしている。

(写真:沖縄タイムス)

米軍基地問題で揺れる島・オキナワ。この小さな島に、今、新しい基地が造られようとしている。名護市辺野古の大浦湾を埋め立て建設する「辺野古新基地」。4月25日、政府は、海中へ石材を投下した。滑走路建設の第一段階となる護岸の建設工事で、豊かな海の埋め立てが始まった。

手のひらを広げてほしい。手のひら全体が日本の国土だとすると、沖縄の面積は0.6%、小指の先っぽの先っぽほどだ。ここに、日本の米軍専用施設面積の70%が集中している。

小指の先をつねってみる。痛みがあるだろうか。戦後71年間、米軍の事件・事故に苦しむ沖縄は「小指(沖縄)の痛みは全身(全国)の痛みだと感じてほしい」と訴えてきた。

殺人、強姦、墜落事故。悲惨な事件や事故が起きるたび、沖縄の中では痛みが広がった。「痛い」との声に、果たして、日本国民の何人が自分の小指のように痛みを感じただろうか。

多くの人々は、沖縄が辺野古新基地建設に反対していることは知っていると思う。だが、なぜ反対か、その正確な理由は伝わっていないように感じる。

沖縄の基地問題をひもとき、まずは沖縄の「今」を紹介したい。

(写真:沖縄タイムス)

□普天間問題の原点

普天間飛行場移設問題は1995年にさかのぼる。その年、沖縄の少女が3人の米兵に暴行される悲惨な事件が起きた。繰り返される米軍による事件・事故に県民の怒りは頂点に達し、8万5千人規模の県民大会が開かれた。

翌96年、日米両政府は普天間飛行場を5~7年以内に全面返還することで合意した。沖縄は喜びに沸き立った。しかし、歓喜の声は深いため息に変わる。返還条件が「県内移設」だったからだ。

99年、当時の稲嶺恵一知事と岸本建男名護市長は「15年間の使用期限」「軍民共用空港」などの条件をつけ辺野古移設を受け入れた。固定化を避け、将来的に県民の財産とするためだ。日本政府は要望を聞き入れ、条件を盛り込んだ政府方針を閣議決定した。

しかし、2006年5月、日米が辺野古沿岸にV字形滑走路を造る現行計画で合意すると、政府は県や名護市と十分に調整せず、99年の閣議決定を廃止した。つまり、県が突きつけた受け入れ条件を、政府は一方的に破棄した。

稲嶺氏は昨年のインタビューで「本来なら、受け入れの条件がなくなったわけだから、僕と岸本市長の受け入れ同意もなくなった」と語った。今の安倍政権が99年の閣議決定をもって「地元は受け入れた」としていることには、「事実関係が違う。都合がいい」と不快感を示した。

□沖縄の民意

実は、沖縄で今の辺野古新基地建設計画を「容認」して当選した知事、市長は一人もいない。

06年に現行計画を受け入れた島袋吉和名護市長は4年後、反対を訴える現職の稲嶺進氏に敗れた。

仲井真弘多前知事も、初当選の06年は現行案に反対し、2期目の10年の選挙では明確に「県外移設」を訴えた。

その仲井真氏が13年12月、方針を転換して辺野古容認にかじを切り、辺野古海域の埋め立てを承認した。

県内では、仲井真氏への批判が噴出した。その怒りは保守政治家として生きてきた翁長雄志氏を知事に押し上げる原動力となった。新基地建設反対を掲げた翁長氏は仲井真氏に10万票近くの差をつけ大勝した。

沖縄は選挙のたびに、辺野古新基地建設計画に明確に「NO」の判断を示してきた。

(写真:沖縄タイムス)

□振り下ろされる権力

しかし、日本政府は沖縄の民意を一顧だにしていない。辺野古で多くの市民が反対の声を上げ続けているが、陸は機動隊、海は海上保安庁によって強制排除が繰り返されている。

昨年8月には同じ本島北部の東村高江で米軍ヘリコプター離着陸帯建設問題を取材していた沖縄タイムスと琉球新報の記者が拘束された。

記者は抗議のため座り込む市民を機動隊が強制排除する様子を取材していた。拘束された際、社員証や腕章を示して何度も取材を続けさせるよう訴えたが、拘束は約30分間続いた。

高江には全国から500人規模の機動隊が投入された。若い機動隊員は、抗議する市民に「土人」と暴言を吐いた。

辺野古や高江で抗議する市民らのリーダー役を務める沖縄平和運動センターの山城博治議長は昨年10月、器物損壊容疑で逮捕された。その後、身柄拘束は実に5カ月にも及んだ。

勾留が認められるのは主に証拠隠滅の恐れがあるときだが、山城氏の容疑はいわゆる「微罪」にあたり、国際人権法に照らしても「証拠隠滅の恐れ」を理由とした長期勾留はなじまない。国際人権団体や憲法研究者、市民団体などが相次いで即時釈放を求める声明を発表した。

沖縄では、異常な権力行使が日常的に繰り返されている。

(写真:沖縄タイムス)

□安保の応分負担

日米安全保障が重要というのであれば、当然、安保の負担は享受する全国民で分かち合うべきだ。

全国各地の新聞は辺野古新基地に反対し、安倍政権は沖縄の声に耳を傾けるべきだ、と沖縄に寄り添った論調が多いように感じる。

だが、「じゃあうちの県で受け入れよう」との話は一切出ない。なぜなのか。

根底にあるのは、「NIMBY(Not In My Backyard=私の裏庭にはだめだ)との考えだ。

2年前、東京報道部に所属していたとき、ある地方紙デスクが酒席で私にこう語った。

「辺野古に替わる普天間飛行場の受け入れ先を県外で模索すべきだ。だが、うちの県民が受け入れ反対なら社論は基地受け入れを是とはできない」

返還合意から21年。「5~7年以内」と言われた普天間飛行場は1ミリも動いていない。

どうすれば、体全体で小指の痛みを感じられるのか。今も、考えている。

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