報道で川崎中1殺害事件の被害者の母親のコメントを読みました。(毎日新聞 川崎中1殺害:母コメント全文「残忍...涙が止まりません」(2015年3月2日掲載)。胸がしめつけられる想いでした。
「遼太が学校に行くよりも前に私が出勤しなければならず、また、遅い時間に帰宅するので、遼太が日中、何をしているのか十分に把握することができていませんでした。」
「私も学校に行かない理由を十分な時間をとって話し合うことができませんでした。」
母親の無念さが伝わってくる同時に、母子世帯のおかれた子育て状況を如実に物語っており、これまで出会って来た沢山の若者とその親御さんの顔が重なりました。この機会に、母子世帯の若者を支援してきた立場から、これまで感じてきたこと、大切にしたいことをお伝えしておきたいと思います。
母子世帯の母親と若者の暮らし
シングルマザーの8割は働いています。シングルマザーはそうでない女性に比べ勤労時間が長く、平均睡眠時間が短いという調査結果がありますが、母子世帯の若者の話から垣間見える母親の生活は、そのような調査結果と感覚的にも一致します。
こうした世帯で生活する子どもや若者は親が不在の中で昼夜が逆転しがちであったり、淋しさから居場所を求めて彷徨っているような印象を受けることもあります。先日ブログでご紹介した高校内カフェを実施している学校では、生徒たちが学校からなかなか帰らず残っているという状況がありました。学校が居心地の良い居場所になっている若者は学校に残っていますが、そうでなく居場所のない子ども若者なら不良グループに取り込まれていって今回のように被害者になったり、あるいは加害者になることもあるでしょう。繁華街に出てトラブルや犯罪に巻き込まれるようなことにもつながっていきます。親も問題行動や、小さなSOSに気づいていても実際に向き合う時間的体力的余裕がなく、そのまま日々の仕事に忙殺されてしまうことも多くあります。
もっと具体的なところでは、「まともな食事」を摂っていない子ども若者もいます。母親に食事を作る時間的、体力的、さらには金銭的余裕がないからです。「食べていないから元気がなく学校に来られない」という不登校の若者が居たほどです。コンビニやスーパーでお弁当を買う程度の食費が渡されているのはまだ良い方です。中には「毎日私が妹弟の分まで家族の夕飯を作っています」という子もいます。食事に限らず、下の子どもの面倒をみている若者は多くいます。
高校生ともなればアルバイトをしますが、学校に通いながら最低賃金ギリギリの高校生のアルバイト代では神奈川では月に4万円程度が良いところです(月に8万程稼いでいた高校生も居ましたが、アルバイトが忙しく学校を休みがちになっていました)。学校までの交通費と携帯代を差し引くと食費はあまり残りません。育ち盛りの男子生徒が菓子パン1個やポテトチップス1袋でお昼ご飯をすませる姿を目にしてきました。
これは、母親の責任とは言いきれません。なぜなら現状経済的自立を優先するならば働かなければならないからです。中には、パートの仕事を掛け持ちしてダブルワーク、トリプルワークで長時間働いていて家族を養っている母親も居ます。あるいは賃金を優先して深夜や、夜勤のある仕事に従事する母親も居ます。
シングルマザーへの自立支援の残念な現状
このような現状に対し、シングルマザーへの支援はどのようなものでしょうか? 特色ある支援をされている民間団体もありますが、ここでは公的な支援について考えてみましょう。現在、ひとり親世帯の公的支援は「就業・自立に向けた総合的な支援」へと強化されたと言います。しかし、その支援の中身を現場でみてみると必ずしも「総合的」とは言えず、「就労支援に偏った」「一面的な」支援に出会うことも多々あります。
数年前のある研修会でのことです。生活保護を受けるシングルマザーを正社員で就職させ、生活保護から脱却させた「成功事例」だというので発表を聞きました。保育園に通う幼児と、0歳の乳児を育てる母親が、夜勤のある介護施設に正社員で就職した事例でした。私はびっくりして「夜勤の間、幼い子どもたちは?」と尋ねましたが、あまり考えていないようでした。私が活動する神奈川県内の事例ではないため、その地域の保育事情は分かりませんが、それほど公的な夜間保育が充実しているとは思えません。子どもたちは家に置き去りにされるか、認可外の安価な保育施設やベビーシッターに預けるか...となってしまうのではないでしょうか。こうしたサービスが必ずしも悪いわけではないかもしれませんが、昨年のベビーシッターによる幼児殺害事件を思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか? これではまるで公的支援による事件・事故、ネグレクト推進です。
母子世帯における経済的自立は育児時間等との融合を前提にしたものでなければならないことは既に言われていることです。しかし、実際の支援現場では経済的自立だけが優先され、子どもの養育は置き去りにされがちです。子どもの育ちを保障するために家族全体を見据え、育児時間を確保することを自立支援の必須要件とすべきです。
低所得子育て世帯への住宅施策や現金給付の必要性
育児時間を確保した結果、収入が足りなくなったら公的給付を利用することが必要です。現状では児童手当や児童扶養手当、就学援助等を活用しても足りなければ、生活保護を利用するしかありませんので、私たちは子育てに無理のない働き先に変える提案と支援をし、足りない部分は生活保護の申請を勧めています。こういう話をするといつも「生活保護を増やすのか」とお叱りの声を頂きますが、子どもの育ちを保障するためには、今はこれしかないのです。
母子世帯に限らず、低所得の子育て世帯が生活保護を活用せずに育児と仕事を両立するとなれば、現在の給付では不足です。若い世代の非正規雇用の広がりや、低賃金、年功序列による賃金上昇が見込めない等の現状を鑑みれば、少子化対策として低所得の子育て世帯向けの住宅施策の拡充や、児童手当等現金給付額の引き上げがなされるのが良いと思います。こうした子育て世帯への保障が充実すれば、生活保護を利用せず、育児と仕事を両立できる世帯が増えるでしょう。
全ての子育て世帯にワークライフバランスの実現を
子育て中の読者の中には「ひとり親世帯でも、低所得世帯でもないけれど、子育てと仕事の両立は大変」「自分はちゃんと子どもと向き合えているだろうか?」と感じている方も多いと思います。男性は働き、女性が家事を担うという性別役割分業がまだまだ前提の社会の仕組みの中で、両方を一手に引き受けるひとり親世帯の過重な負担は言うまでもありません。しかし、共働きの世帯でも子育てと仕事の両立は大変です。日本の働く女性の睡眠時間の短さは世界一とも言われ、ワークライフバランスは何もシングルマザーにだけ課題となっている訳ではありません。働く女性、そして働く男性全てが望むワークライフバランスを実現できる働き方と子育て支援の充実が図られる必要があります。
現状では、子育て世帯への社会保障の脆弱さ、子育てと両立できる働き方の実現の難しさを、個々の世帯の負担と努力でなんとかやりくりしています。しかし、母子世帯等持ちこたえられない世帯では、結果として一番弱い立場の子どもたちにしわ寄せが来てしまいます。充分に養育できない罪悪感を感じながら無理を続ける親が減り、子どもたちが十分な環境で育つことができるよう、シングルマザー等貧困世帯の親の自立支援に育児時間の確保が必須要件となり、その前提となる就労支援以外の子育て世帯へのさまざまな給付や支援策の充実が図られることを強く願っています。
*1 厚生労働省 「ひとり親世帯の支援について」
*2 労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書No.140「シングルマザーの就業と経済的自立」
*4 厚生労働省 「ひとり親世帯の支援について」
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<国谷裕子 プロフィール>79年に米ブラウン大を卒業。外資系生活用品メーカーに就職するが1年足らずで退社。81年からNHKで英語放送のアナウンサーなどを務める。その後、NHKのBS でニューヨーク駐在キャスターとなり88年に帰国。BS「ワールドニュース」のキャスターを経て、93年より『クローズアップ現代』のスタートからキャスターとなり、2016年3月まで23年間、複雑化する現代の出来事に迫る様々なテーマを取り上げた。長く報道の一線で活躍し、放送ウーマン賞、菊池寛賞、日本記者クラブ賞など受賞。
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